第二十二章 ロイドの戦い
かすみ達が光明子こと錦野那菜、そして新たに登場した異能者のカルロスと戦っていた頃、ロイドはジェームズ・オニールと共に川の中州にいた。そこからすぐの距離にある大きな吊り橋には多くの車が行き交っており、そこから漏れる光で、中州は微かに照らされている。
「ここなら心置きなく戦えるね」
ジェームズはロイドに微笑んだが、ロイドはガラス玉のような無感情な目でジェームズを一瞥すると、
「俺は別にどこでも構わない」
愛想の欠片もない返答をした。
『仲が良さそうだな、ジェームズ、ハロルド』
ガイアの声が頭の中で響くと、ロイドは、
「訳のわからん事を言うな。そろそろ姿を見せたらどうだ、腰抜け?」
また挑発めいた事を言った。しかし、ガイアは、
『愚かだな、ハロルド。私はそのような品のない言葉に惑わされるような下等な人間ではない』
ジェームズはその言葉を受けて、
「ならば、そろそろお出まし願おうか、ガイア。君の顔を見たいから」
微笑んだままで告げたが、
『私は君達に顔を見せるつもりはないよ。何故なら、君達はもうすぐ死ぬからだ』
ガイアの挑発の仕返しにロイドは、
「できるものなら、してみろ」
そう言うと、念動力を使って飛翔した。
「ロイドさん!」
ジェームズも慌てて飛翔した。
「む?」
ロイドの頭上に突然大型観光バスが出現した。ガイアの能力の一つである瞬間物体移動能力である。
「無駄だ」
ロイドは落下して来るバスをギリギリまで引きつけてから瞬間移動した。
『ハロルド、悲しいぞ。同じ事しかできないのか?』
ガイアの挑発は続く。落下していたバスは空中で停止し、滑空を始めた。
「何!?」
そばにいたジェームズは慌てて瞬間移動し、迫り来るバスをかわした。
「人がいるのか?」
ジェームズはバスの後方に姿を現して呟いた。バスの中には数十名の観光客と運転手、そしてバスガイドが乗っていたのだ。彼等は何が起こったのか理解する事もできず、顔を引きつらせていた。
「ガイア、無関係な人達を巻き込むのはよせ!」
ジェームズが目つきを鋭くして叫ぶ。ところがガイアは、
『そんな事は関係ない。誰であろうと、利用できる者は利用するのが私だ』
ジェームズはバスの乗客達を気にしながら、姿を見せないロイドにも気を配っていた。
「ロイドさん、どこです?」
しかし、何の返事もない。
『腰抜けのロイドは尻尾を巻いて逃げ出したのだよ。お前もそうしたらどうだ、ジェームズ?』
ガイアが言った。その間も、バスは川の上空を滑空し続けた。
『早くしないと、さすがの私も力が尽きてバスを落としてしまうぞ、ロイド?』
ガイアが更にロイドを挑発した時、ロイドはバスの屋根の上に現れた。
『なるほど、考えたな。そこなら安心か。だが、それも間抜けな作戦だ』
次の瞬間、ロイドとバスの上に今度は大型トラックが出現した。
「何!?」
ロイドは落下して来るトラックを見上げた。ロイドは躊躇する事なく、バスの屋根から瞬間移動した。トラックがバスに衝突すると思われた時、
「だめだ!」
ジェームズがサイコキネシスでそれを押し止めた。トラックはバスの寸前で停止し、同じように滑空をし始めた。
『どこまで抗えるかな、ジェームズ?』
ガイアの嘲笑が聞こえて来る。ジェームズは歯軋りしながら、トラックを止める事に集中した。
「ロイドさん……」
ジェームズはロイドを探していた。しかし、ロイドはどこにもいなかった。
「く……」
ジェームズは顔を汗塗れにして、トラックとバスの衝突を阻止し続けた。
そのロイドは、ガイアが発しているテレパシーと力の波動を頼りに彼の居場所を探っていた。
(どこだ、ガイア?)
ロイドは小刻みに瞬間移動しながらガイアの気配を辿った。
(どこにいる?)
すると、
『無駄だ、ハロルド。お前如きに私の居場所はわからない』
ガイアが語りかけて来た。ロイドはそれによって、ガイアの位置を割り出した。
「そこか!」
ロイドは星空の向こうに見える東京タワーを見て目を細めた。
『ほお。気がついたか、ハロルド。誉めてやろう』
ロイドは瞬間移動でタワーの特別展望台の上に向かった。
『褒美として、私の正体を教えてやるよ、ハロルド・チャンドラー』
ガイアのテレパシーの波動が先程より強く近くになった。ロイドは展望台の屋根の上に降り立ち、周囲を見た。だが、視界にあるのは展望台の屋根と赤い鉄骨だけだ。
「どこにいる、ガイア? 姿を見せろ、腰抜け! そんなに俺が怖いのか?」
ロイドが挑発した。すると鉄骨の陰から何者かがヌッと姿を現した。
「そこか!」
ロイドはその発する波動でガイアだと確信し、サイコキネシスを最大出力で放った。
「砕け散れ、腰抜け!」
空間と展望台の屋根を歪ませながら進む波動を見て、ロイドは叫んだ。鉄骨の陰から現れた人物はその波動を受けた。
「ぐああ!」
その人物は悶え苦しんでいたが、やがて砕け散ってしまった。
「む?」
ロイドは眉をひそめた。
(妙だ。ガイアを引っ張り出すために放った力だ。この程度でやられるとは思えない)
彼は周囲を探った。ガイアはやられたフリをしてどこかに潜んでいると思ったのだ。だが、どこにもガイアの気配はなかった。
(瞬間移動した形跡はない。どうして奴の気配が完全に消失したのだ?)
ロイドは何が起こったのかわからず、混乱していた。
「ロイドさん!」
そこへジェームズが飛翔して来た。ロイドはジェームズを見て、
「バスとトラックはどうした?」
ジェームズは額の汗を前腕で拭い、
「何とか、河川敷の駐車場に無事に下ろしましたよ」
「そうか」
ジェームズは微笑んで、
「心配していたのですか?」
「いや、別に」
ロイドはジェームズに顔を覗き込まれたので背を向けて応じた。ジェームズは苦笑いして、
「ところで、ガイアの気配が消えたようなのですが、何があったのですか?」
ロイドは再びジェームズを見て、
「ガイアらしき男が展望台の向こう側にいたので、サイコキネシスで様子を見ようとしたら、そのまま消えてしまった。瞬間移動していないのは確かだが、どこにも奴の気配がない」
「そうですか」
ジェームズにもガイアの気配は感じないのか、彼は腕組みして考え込んだ。ロイドはガイアらしき人物がいたところに何かが落ちているのに気づき、近づいた。
「これは……?」
それはマネキン人形の首だった。ロイドの顔が憤怒の表情に変わった。彼は人形の首をサイコキネシスで粉微塵に砕いた。
「ふざけた事を!」
両の拳を握りしめ、ロイドは怒りに震えた。ジェームズが近づき、
「どうしたんですか?」
ロイドはジェームズを見て、
「すっかり騙された。奴はここにはいなかった」
ジェームズは目を見開き、
「いなかった?」
鸚鵡返しに尋ねた。ロイドは目を細めて、
「もう芝居はいい。ガイアはお前だろう、ジェームズ・オニール?」
その途端、ジェームズの笑みが消えた。そして、
「よくわかったな、ハロルド。だが、そこまでだよ」
強烈な精神測定の力が発動され、ロイドは一瞬にして意識を失って倒れてしまった。
「まだお前には利用価値がある」
ジェームズはニヤリとして、ロイドを見下ろした。




