第二十四章 傷だらけの勝利
かすみは口の中の血を唾と共にコンクリートの床に吐き出した。鉄錆を舐めたような味がして、気持ちが悪くなる。
「はっ!」
かすみの予知能力がまた勝手に発動した。小藤弘に操られた生徒と教師達が屋上に向かっているのが見えたのだ。
(時間がないって事ね)
早めの決着にしないと、また厄介な事になりそうだと思った。
「道明寺ィッ、あんただけは、私が殺してやるよ!」
フェンスにめり込まされた蒲生千紘は自身の念動力でフェンスの金網を歪ませ、抜け出そうとしていた。
(どうすればいい?)
かすみは対処法を求めて屋上を見渡した。しかし、千紘をつなぎ止められるような物はそこにはなかった。
「また這いつくばりな!」
千紘はかすみが何かに気を摂られているのを察知し、精神測定の能力を発動した。
「く!」
かすみは反撃の間もなくまた床に膝を着いてしまった。
「くう!」
身体中の血管が浮き上がって来るような感覚に囚われ、かすみは眩暈に見舞われた。
「今度は逃げられないよ。手塚治子と片橋留美子はボスのところに向かったようだからね」
千紘は金網から抜け出しながらニヤリとしてかすみを見る。
(蒲生先生がサイコメトリーに集中したらまずい……)
千紘がサイコメトリーとサイコキネシスの両方を使っているうちに反撃の糸口を掴まないと、今度こそ止めを刺されてしまうと考え、かすみは大きな石を乗せられたような頭であれこれ模索した。
「うう……」
また鼻血が垂れ始めた。そして、口の中に鉄錆の味が甦る。目からも赤い涙が零れている。
(さっきだけでもかなりの出血だった。これ以上血を流してしまうと……)
意識も霞んで来た。千紘の姿がボンヤリとしか見えない。
(一か八か、ね……)
かすみは予知能力を応用し、千紘の力に対して壁を造ろうとした。だが、意識が朦朧としている中で、予知能力を変質させるのは至難の業だった。千紘もかすみが何かしようとしているのに気づき、
「無駄だよ、道明寺。今のあんたには何もできはしない」
高笑いをし、更に力のレベルを上げて来た。
「ああああ!」
かすみは絶叫した。口と鼻から夥しい量の血を流し、目からも涙ではなく血を流した。
(このまま、殺されてしまうの……?)
かすみは一瞬死を意識した。
(ダメ! この人は倒すべき相手ではない。本当の敵はあの男!)
そう思った瞬間、かすみの身体が輝き出した。
「何!?」
千紘はかすみの変化に驚き、目を見開いた。そして、
「まだ抵抗するのかァッ!」
サイコメトリーの力を増大させた。ところが、その波動がかすみの前でまるで防波堤にぶつかった波のように打ち砕かれるのが見えた。
「何だと!?」
千紘は自分の目を疑い、唖然とした。かすみの身体は輝きを増し、その光を徐々に広げていく。
「ふざけるな!」
千紘は次にガラスの破片とコンクリートの瓦礫をサイコキネシスで飛ばし、再び竜巻を作って、かすみに向かわせた。しかし、それもかすみの手前で見えない壁に止められ、消されてしまった。
「バカな……」
千紘は口を開けたままでかすみを見た。かすみは千紘を穏やかな目で見た。その目に千紘は何故か恐怖を感じた。その目に吸い込まれそうな感覚がしたのだ。
「ああああ!」
今度は千紘が絶叫した。彼女は恐ろしさのあまり、床を這ってかすみから離れようとした。
「邪魔しないで、蒲生先生。私の戦うべき相手は貴女ではない!」
かすみは瞬間移動で千紘の目の前に現れた。
「ひい!」
千紘は尻餅を突いて叫んだ。顔が引きつり、尋常ではない量の汗が顔中から溢れ出している。
「はあ!」
かすみが瞬間物体移動能力を発動し、千紘を跳ね飛ばした。千紘は数十メートル瞬間移動させられてフェンスに激突した。
「ぐう……」
彼女は口から血を吐いた。自慢の網タイツも切れ、脹ら脛や太腿から血が流れた。
「くう!」
続いて、手首と足首、そして腰の周りをかすみがアポーツで移動させた縄跳びの縄で縛られた。
「しばらく大人しくしていてください!」
かすみはまだ動こうとしている千紘を睨みつけて怒鳴った。
「このままですませるものか! 必ずあんたを殺してやる!」
千紘は目を充血させて悪態をついた。しかし、瞬間移動能力がない千紘にはなす術がないのは明らかだった。彼女のサイコキネシスでは、縄を解く事も切る事もできないからだ。
「小藤理事長には必ず償いをしてもらいます。だから、蒲生先生はもう何も心配しないでください」
かすみは千紘がどうしてそこまで自分を憎むのかわかったのだ。千紘は小藤に恐怖で支配されている。そこから解放されない限り、彼女は救われないのだ。
「道明寺……」
千紘もかすみの思いに気づいたのか、静かになった。かすみは脱ぎ捨てた制服を着直して、
「じゃあ、行って来ますね」
そう言うと、瞬間移動した。
かすみが移動したのは、治子と留美子が進んでいる廊下だった。
「かすみさん、早かったわね」
治子はかすみの血塗れの制服に驚いたが、それでも微笑んで言った。
「大丈夫なの、かすみさん?」
留美子はかすみを気遣った。かすみは苦笑いして、
「元々血の気が多いから、大丈夫です」
治子と留美子は顔を見合わせた。
「ロイドはまだ無事のようですから、急ぎましょう」
かすみは廊下を走り出した。治子と留美子もそれに続いた。
「遅かったな、カスミ」
そこは理事長室があったらしいと表現するしかない状態だった。ロイドのサイコキネシスで辺り一面破壊されていたからだ。それでも小藤は無傷のままだった。
「ほう。我が愛する翔子の仇が揃って来たね。後は森石章太郎が来れば、勢揃いか」
小藤はかすみ達を舐めるように見渡してフッと笑った。
「ロイド?」
かすみはロイドが汗塗れなのを見て驚いた。
(ロイドがここまで疲労しているなんて……)
改めて小藤を見ると、彼は全く疲れた様子がなかった。
(ロイドは小藤の力の秘密を見破ったらしかったのに、これは……)
戦いは状況的にはロイド優勢に見えるが、実際は違っていた。
(小藤理事長の力はまだ全容がわかった訳ではなさそうね)
治子は目を細めて小藤を見通そうと千里眼を発動したが、小藤の頭の中は全く見えなかった。
(まるでアンチサイキック並みの防壁ね)
治子も汗を掻いた。
「まあ、森石には後で特別なメニューを用意するとして、今は君達のもてなし方を考えるとするかね」
小藤はニヤリとしてまたかすみ達を見渡す。
「かすみ君、千紘を始末しなかったのかね? あれは執念深いよ。殺さない限り、どこまでも纏わり付いて来るよ」
小藤は愉快そうに言った。かすみはムッとして、
「貴方の恐怖で雁字搦めにされている蒲生先生は哀れだったわ。でももう心配要らない。貴方の支配は終わるから」
小藤はかすみの言葉を聞いて笑い出した。そして、
「ほお。千紘に情けをかけて、助けるつもりかね? 愚かな。あまりにも愚かな」
「愚かなのはお前だ」
ロイドがサイコキネシスを発動した。
「下がれ!」
ロイドはかすみと治子と留美子に叫んだ。三人はハッとしてその場から飛び退いた。次の瞬間、理事長室だった場所の床が全て粉微塵になり、天井が落下して来た。ロイドも素早くそこから飛び退いた。
「なるほど、そう来たか」
それでもなお、小藤は余裕の笑みを絶やさなかった。崩れて来た天井も、粉微塵になった床も一瞬にして消えてしまったのだ。しかも、小藤は消滅した床から飛び退いてもいない。彼は宙に浮いていた。
「何だと?」
ロイドはそのガラス玉のような目を見開いて小藤を見た。




