第二十三章 かすみVS千紘
ロイドは小藤弘の能力の秘密を掴んだようだ。
「カスミ、網タイツの女が復活したようだ。そちらを頼む」
ロイドはガラス玉のような目で小藤を見たまま言った。かすみは小藤の次の一手が気になったが、精神測定を使える蒲生千紘が合流すると厄介だと思い、
「わかったわ」
千紘がいる屋上へと瞬間移動した。
「どうした、ハロルド・チャンドラー? ママに似ている道明寺かすみに自分の無様な姿を見られたくないのか?」
小藤はまだ椅子に座ったままで、余裕の笑みを浮かべている。ロイドは小藤に近づきながら、
「お前の能力は、以前カスミが使ったものと系統が似ている。瞬間物体移動を更に進化させたものだ。時空を超えて物体や能力を移動させる事ができる。そんなところか?」
小藤はわざとらしく目を見開いた。
「ほお。それもわかったのかね。だが、わかったからといって、どうという事はないよ」
「それはどうかな」
ロイドは目を細めた。
かすみは、屋上から出ようとしていた千紘の背後に瞬間移動した。千紘はギョッとして振り向き、
「道明寺、私を愚弄したな!」
怒りの形相に変わり、かすみに一歩踏み出した。かすみはスッと後ろに飛び、
「貴女と理事長を合流させる訳にはいかないのよ、蒲生先生」
千紘はニヤリとし、
「なるほど。では、すぐにでもロイドはボスに始末されるね」
「そんな事はないわ。ロイドは理事長の能力の一端を掴んだから」
かすみはフッと笑って言い返した。千紘はそれを鼻で笑い、
「そんなはずないだろう? ボスの力はそんな易々と理解できるものではないよ!」
いきなり、サイコメトリー能力を使って来た。
「く!」
心に重石を乗せられたように考える事が辛くなる。かすみは千紘を睨みつけた。瞬間移動しようとしたが、意識を集中する事ができない。
「さっきは油断したから、物扱いされてここに飛ばされたけど、今度はそうはいかないよ!」
千紘は更に力を強めて来た。かすみは脳を鷲掴みされたような激痛を感じた。意識が飛びそうになる。
「長く抵抗すると、脳組織のほとんどが壊死して、死ぬよ。まあ、どっちみち、あんたは死ぬんだけどね!」
千紘は高笑いした。かすみは激痛に涙を流しながら、気絶しそうになるのを必死に堪えた。
かすみに飛ばされた風間勇太、桜小路あやね、五十嵐美由子、横山照光の四人は、手塚治子と片橋留美子の手によって、取り敢えず安全な地点まで移動していた。
「一体何が起こっているんですか?」
歩きながら、あやねが治子に尋ねた。治子は前を向いたままで、
「何も知らない方がいいわ。とにかく、今はできるだけ高等部から離れる事だけを考えて」
あやねは勇太と顔を見合わせてから、前を向き、黙って歩いた。
「このまま、警視庁まで行って。そこには、新堂先生と中里先生もいるから」
その二人の名前を聞き、あやねと美由子は苦笑いした。新堂みずほと中里満智子が同じ男性を好きらしいという噂は高等部中に広まっているからだ。
(あの二人は、ロイドさんが飛ばしたようだけど、酷な事をするわね)
治子は警視庁の森石章太郎の部屋が修羅場になっている気がした。
「お二人はどうするんですか?」
あやねが尋ねた。治子はあやねを見て、
「かすみさんを助けに行くわ」
留美子と目配せし合い、来た道を戻り始めた。
「かっすみちゃあんを助けるのなら、俺達も行くよ。な、勇太?」
事情を呑み込めていないバカ代表の横山がヘラヘラして言うと、
「足手まといよ」
治子は無情な一言を言い、留美子と駆け去ってしまった。
「怖いなあ、手塚先輩はあ。可愛い顔が台無しですよお」
横山が更にヘラヘラして言ったので、留美子が念動力で道端に転がっていた空き缶を飛ばして額にぶつけた。
「いで!」
何が起こったのかわからない横山はそのまま後ろに倒れた。
「バカが!」
美由子は軽蔑の眼差しで横山を見下ろした。
かすみは千紘の力に堪えながら、何とか打開策はないかと考えようとするが、サイコメトリーがそれを邪魔する。
「くうう……」
かすみの鼻の穴から血が滴り落ちた。どこかの血管が切れたようだ。
「あらあら、可愛い顔が台無しよ、道明寺さん。鼻血なんか垂らしちゃって、恥ずかしいわ」
千紘はゲラゲラと笑い出した。かすみはその血を拭う事すらできず、両膝をコンクリートの床に着いてしまった。床にボタボタと血が落ちていく。目も充血し、涙に血が混じり始めた。歯茎からもジワジワと血が溢れ出した。
「ううう……」
次いでかすみは両手も床に着いてしまった。制服とコンクリートを血が染め抜いていく。
「ほらほら、もう少しで気持ち良くなるよ。人間は死ぬ時に脳内物質を大量に放出して、あらゆる痛みを忘れるんだってさ」
千紘は面白くて仕方がないという顔でかすみを見ている。かすみの目には、千紘が幾人にも見えていた。
「死んじゃいなよ!」
千紘が力をもう一段階強めようとした時、フェンスの一部がいきなり引き千切れ、彼女に向かって猛スピードで飛んで来た。
「何!?」
千紘は驚愕して飛び退いた。彼女の背後にあった階下へのドアにフェンスが激突し、ドアが壊れ、ガラスが粉微塵になった。
「これは……」
千紘はかすみへの攻撃をやめ、フェンスを飛ばして来た能力者に意識を向けた。
『無駄よ、蒲生先生。貴女は私の敵ではない。抵抗するだけ無駄』
千紘の脳内に治子の声が響いた。
「おのれ、手塚治子か! 無駄だと!? ふざけるな! 私を見くびるんじゃないよ!」
その瞬間、千紘が立っている床が崩壊し始めた。
「何だと!?」
千紘は慌ててそこから逃げた。床には大きな穴が開いてしまった。
(これは手塚治子の取り巻きの片橋留美子のサイコキネシスか?)
千紘は歯切りして周囲を見渡した。
『かすみさん、大丈夫?』
治子が語りかけて来たので、かすみは、
『ありがとうございます。助かりました』
『蒲生千紘には正面から挑むと危険よ。ここは私と留美子に任せて』
治子が言うと、かすみは、
『いえ、蒲生先生には制服を汚されたお礼をしたいので、治子さんと留美子さんはロイドのところへお願いします』
『わかったわ』
かすみはふらつきながらも立ち上がり、千紘を見た。
「蒲生先生、もう誰も邪魔はしないわ。始めましょうか」
かすみは血だらけになった制服を脱ぎ、タオル代わりにして顔を拭った。千紘はその下から現れたかすみの豊満な胸を見てムッとした。かすみは上半身も血塗れだ。ブラも赤くなっている。
「見せつけてくれるじゃない、道明寺? 胸はでかけりゃいいってもんじゃないんだよ!」
千紘が怒鳴り、再びサイコメトリー能力が発動した。
「はあ!」
かすみは間髪入れずにアポーツを発動した。
「ぐえ!」
千紘は少しだけ飛ばされ、フェンスにぶつけられて呻いた。
「バカにしやがって!」
かすみは千紘の目が光ったような気がした。
(横山君を操ったのが蒲生先生なら、サイコキネシスも使えるはず)
千紘のサイコキネシスは、ロイドや留美子のように破壊力があるレベルではなく、物を動かす程度だとかすみは考えていた。そうでなければ、攻撃の仕方が変わっているはずだからだ。
「は!」
ふと床を見ると、粉々になったコンクリートやガラスが宙を舞い、竜巻のようになってかすみに襲いかかって来た。
(考えたわね、蒲生先生)
かすみは身動きが取れない千紘の秘策に少しだけ感心してしまった。
(ロイドみたいにできるかしら?)
かすみは竜巻モドキに向かって手をかざした。
「何をする気だ?」
それを見て千紘は眉をひそめた。かすみは意識をそれに集中した。するとかすみの直前で、竜巻モドキは消失した。
「何!?」
千紘は仰天した。
(まさか、飛ばしたのか? どこへ?)
嫌な予感がしたその瞬間、竜巻モドキは自分の目の前に現れた。
「くそ!」
千紘はすぐに力を解除し、竜巻モドキを消滅させた。そしてフェンスから脱出しようともがき、
「道明寺、許さないよ!」
高等部中に聞こえるような怒声をあげた。




