第四章 ロイドとチャーリー
謎の異能者であるチャーリーの攻撃を辛くも退けた道明寺かすみと手塚治子は、反異能者である森石章太郎と共に自分達だけではとても入れないような高級料亭にいた。すでに日はとっぷりと暮れている。
「新堂先生はいつもこんなすごいお店でデートしてるんですか?」
元クラス担任の新堂みずほにかすみがニヤリとして囁いた。するとみずほは耳まで真っ赤になって、
「で、で、デートなんかしてないわよ!」
慌てふためいて否定するが、その反応によって、心の中を覗く能力がない片橋留美子にもはっきりわかった。
(してるんだ……)
留美子は何故か羨ましそうにみずほを見ている。
「留美子、かすみさんがいるんだから、妙な妄想はしないでね」
治子が顔を赤らめて注意した。留美子はギクッとして治子を見ると、
「すみません、先輩」
かすみは苦笑いして二人のやり取りを見ている。
「みずほさんとはここには来た事はないよね?」
森石はみずほの努力を水の泡にするような事を言った。
「は、はい……」
みずほは項垂れて応じた。
(新堂先生はどうしてそんなに森石さんと付き合っている事を隠したがるのかしら? 誰も中里先生に告げ口したりしないのに)
かすみはみずほの行動を疑問に思った。森石が来てからのみずほの脳内は思考回路がショートしたような状態で覗く事ができなくなっていた。天翔学園高等部の保健教師の中里満智子が森石に気があるのはかすみ達も知っている。確かに中里は長身で腕っ節も強そうだから、みずほが警戒するのも理解はできるのだが、そこまで恐れる必要はないと思うのだ。
(それより、さっきのあのサイキックはどうしたかしら?)
かすみと治子はそれぞれの能力を駆使してチャーリーの動向を探ろうとしているが、彼の気配は全く感じられなかった。相当遠くに行ってしまったか、何か特別な細工をされた室内に入ったかのどちらかと思われた。
『かすみさん、あの男、私達が念動力を打ち消したのを見てかなり動揺していたわ。しばらくは仕掛けて来ないと思う』
治子が心の中に直接語りかけて来た。
『そのようですね。でも、あの人は私達ではなく、森石さんを狙っていたようです』
かすみは料亭の縁側を歩きながら応じた。
『森石さんはアンチサイキックだから、サイコキネシスは通じないはずよ』
『森石さんの能力を知らずに仕掛けたのでしょうか?』
かすみにはチャーリーの攻撃がそんな単純な思考でなされたとは思えなかった。
『見極めるのは難しいわね。そもそもあいつはどうして森石さんを狙ったのかしら?』
治子はみずほと並んで前を歩いている森石に目を向ける。
「おいおい、あまり辛気くさい顔するなよ。これからお前らが見た事もないような料理が並ぶんだからさ」
森石は部屋の障子を開けながらかすみ達を見た。
「緊張してるだけよ。こんな高級な店、来た事ないから」
かすみは作り笑いをした。
その頃、チャーリーと顔見知りらしいロイドは、天翔学園高等部の近くにいた。
(ここはカスミが通う高校だ。奴の気配が消えたのはこの辺り……。まさか?)
ロイドはガラス玉のように感情が読めない目を校舎に向ける。
(中が見通せない……。どういう事だ?)
ロイドは高等部の敷地内に張り巡らされているバリアのような障害物を感じ、眉をひそめた。
(ショウコ・テンマは間違いなく死んだ。だが、まだこの敷地内に強大なサイキックの気配がある。一体何者だ?)
ロイドは季節外れのクロックコートの襟を立て、校舎に背を向けた。
(チャーリー……。外道と繋がっているのまではわかったが、よもやこことはな……。まだあの男はカスミを諦めていないという事か?)
ロイドはチラッと校舎を見てからスッと瞬間移動した。
高等部の理事長室はすっかり改装され、白い壁紙、白い天井、そして白い絨毯を敷き詰められている。天馬翔子亡き後、理事長の座に就いたのは、日本の財界の一翼を担う若き事業家の小藤弘である。白で統一された理事長室と強烈なコントラストを放つ漆黒のスーツとシャツ、ネクタイ、靴下、靴。眼鏡も黒縁。葬儀に出席するのかと思われるような出立ちである。髪ももちろん黒で、キッチリと七三に分けられている。
「不始末だな、チャーリー」
彼はこれもまたコントラストを意識して配置されたような黒い机に着き、その向こうにある黒革のソファに座っているチャーリーに言った。するとチャーリーは肩を竦めて、
「マスターもお人が悪い。まさか、森石の周囲にあれほどのサイキックが揃っているとは聞いていませんでしたよ」
小藤はチャーリーの無礼な態度に怒る様子もなく眼鏡のレンズを専用の布で拭きながら、
「お前は千里眼や透視能力はないのだったな。ならば、彼女と行動を共にし、道明寺かすみ以外の邪魔なサイキックは始末してしまえ」
事も無げに命じた。チャーリーはわざとらしく目を見開いて長いブロンドの髪を掻き上げ、
「おやおや、マスターは血も涙もないお方ですね。少なくとも、俺は眼鏡の少女を一度くらいは味見してみたいのですがね」
そう言って舌舐めずりした。小藤はレンズを磨く手を止めて眼鏡をかけると、
「好きにしろ。それより」
不意に立ち上がり、窓に近づくと外を眺めた。宵闇に包まれた空には星が瞬き始めていたが、小藤はそれには目もくれず、
「ロイドはどうした? 奴もまた、コソコソと嗅ぎ回っている一人だぞ」
振り返ってチャーリーを見た。チャーリーも立ち上がり、
「今その辺に来ていたんですか?」
小藤の反応を見て尋ねた。小藤は椅子に戻りながら、
「そうだ。ロイドは私の理想とするオールマイティサイキックに近づきつつある。まだ遠い道のりではあるが、お前より優れた能力者なのは確かだな」
するとチャーリーは大きく肩を竦めて、
「マスター、あまり俺を煽らないでくださいよ。ロイドとは昔馴染みなんですから。奴を殺したくはないんです」
そう言いながらも、声を出さずに笑っている。小藤は眼鏡をクイと人差し指で上げてから、
「ならば、早く森石を始末し、道明寺かすみを捕えろ」
「わかりましたよ」
チャーリーはもう一度肩を竦めると、瞬間移動した。
「相変わらずふざけた男だ」
小藤がチラッとソファを睨むと、チャーリーが座っていたところに火が点き、燃え上がった。
チャーリーが移動した先は、取り壊しが決まった古い体育館の中だった。
「何の用だ、ロイド? 昔話がしたい訳じゃないよな!?」
チャーリーはヘラヘラ笑いながら叫んだ。するとロイドは演壇に姿を現した。
「お前のボスは何者だ? あの外道と繋がりがあるのか?」
ロイドは無表情のままで質問した。チャーリーはニヤリとして、
「そんな事を訊かれて、俺が素直に答えると思ったのか?」
「思わない。だから無理にでも聞き出す」
ロイドの攻撃が始まった。天井に張られたパネル板が次々に剥がれ、チャーリーに襲いかかった。
「できるかな?」
チャーリーはスッと瞬間移動でそれをかわすと、両掌に業火を出した。パネル板は床に突き刺さった。
「できる」
ロイドは姿を消した。次にチャーリーの足元の床が剥がれた。
「甘いよ!」
チャーリーはそれを業火で焼き尽くした。
「む?」
次の瞬間、頭上に平均台が現れた。
「くそ!」
距離が短かったため、チャーリーはかわし切れずに肩を負傷した。
「油断し過ぎたようだ。次は俺の番だぜ、ロイド」
チャーリーは身体中に炎を纏い、ロイドを指差した。
「そんな火では俺を焼けないぞ。かつて俺と戦った発火能力者の方が強かったぞ」
ロイドは今は亡き坂出充の事を引き合いに出した。
「そんなバカげた話はそいつに地獄で会ってからしろ、ロイド!」
チャーリーの業火が勢いを増し、周囲の床を激しく燃え上がらせていく。
「俺を殺せると思っているのか、チャーリー?」
ロイドは無感情な目でチャーリーを見た。
「殺せるさ。生卵をグシャッと握り潰すくらい簡単にな」
チャーリーはフッと笑ってロイドを睨みつけた。




