第十七章 想定外の能力
道明寺かすみは、発火能力の使い手である坂出充とクラス担任の新堂みずほが一緒の車で天翔学園高等部を出たのを知り、追跡した。それは坂出の背後にいる組織のボスと正体不明の能力者であるロイドにも知られた。そしてとうとう、三者は顔を合わせた。
(影武者ってどういう事?)
かすみはロイドが言った言葉を思い起こして考えた。
(何の事だ?)
坂出もロイドの言葉が気にかかり、歩みを止めて屋根から降りて来た平松誠教頭を見た。
「面白い事を言うな、化け物? それはどういう意味だ?」
平松はニヤリとしてロイドを見る。その表情には全く動揺の色は見えない。ロイドは相変わらずの無表情な顔を平松に向け、
「言葉通りだ、傀儡。お前はボスではないという事だ」
一瞬だが、平松の顔が険しくなった。
(くぐつ?)
かすみはロイドの放った言葉の意味がわからない。しかし、「お前はボスではない」は理解できた。
(教頭先生はボスではない? 何を言っているの、ロイド?)
かすみはロイドが意味不明の事を言っていると思った。だが、感情がまるでない彼の顔を見ても、その意図は読み取れない。
(まさか……?)
坂出にはロイドの言った意味が理解できた。
(ボスは新堂先生を操った。それと同じように平松教頭も実は操られているというのか?)
みずほの変貌を目の当たりにした坂出には、その可能性が十分あり得るのがわかる。
「なるほど。だが例えそうだとしても、お前が圧倒的に不利なのには変わりないぞ、化け物」
平松は目を細めてロイドを見る。ロイドは路地からかすみ達がいる道路へと瞬間移動した。
「傀儡如きでこの俺と戦うつもりだったとは、随分と舐められたものだな」
ロイドは坂出が間近にいるのを気に留めていないのか、彼を見もしない。坂出の敵意が平松に移転したのを感じたのだろうか? 確かに坂出はロイドに対して戦いを挑むつもりがなくなっていた。彼は平松を憎しみを込めた目で睨んでいた。
「窮鼠のつもりにでもなったか、坂出? お前など私の敵ではないぞ」
平松は哀れむような目を坂出に向けた。かすみは意識を失ったままのみずほを抱えてるので、動きが取れない。
(どうすればいいの?)
坂出とロイドが平松に敵意を向けているのはわかる。しかし、その平松が何をしようとしているのかわからないのだ。
「そうれはどうかな?」
ロイドはそう言うと姿を消した。
(仕掛けるつもりか?)
坂出は発火を止め、辺りを見渡した。いつの間にか、騒ぎに気づいたのか、たくさんの野次馬が集まり始めている。
「ぐふ……」
次の瞬間、平松の腹を工事現場にあった鶴嘴が後ろから貫いていた。先端が血に塗れている。
「終わりだ、影武者。すぐにボスも行くから、待っていろ」
ロイドがその後から平松の背後に姿を現した。
(あれは、瞬間物体移動能力?)
かすみは目を見開いた。先日、ロイドと戦った時にかすみ自身が使った能力である。
「いでえ……」
平松は呻き声をあげながら前のめりに倒れた。それを観ていた野次馬達が大騒ぎを始めたら、その隙にみずほを連れてこの場を逃げようと思っていたかすみは、野次馬達が無反応なので呆気に取られた。
(人が突然姿を消して、鶴嘴が身体を貫いたのにどうして誰も驚かないの?)
その異様な状態にロイドも坂出も気づいた。
「まさか、そこまでできるのか?」
ロイドは野次馬を見回した。その目には光がない。
「そんな……」
かすみも野次馬が無反応な理由がわかった。
「化け物、言ったはずだ。お前は圧倒的に不利なのだとな」
野次馬の中にいた腰の曲がった老人が言い放った。無表情なロイドの目が見開かれた。坂出も何が起こっているのか気づき、老人を驚愕の表情で見ている。
「お前に勝機はない。ここにお前の墓標を建ててやろう」
次に赤ん坊を抱いた若い女性が言った。ロイドはジリジリと距離を詰めて来る野次馬達に対して後退るしかない。
「逃げられないぞ、化け物」
そこに白バイに乗った警官が登場した。警官も傀儡に成り果てていた。
(バカな……。ここにいる人間全員を操っているというのか? どれほどの力を持っているのだ、奴は?)
ロイドの額を汗が流れた。坂出もあまりの事に目を見開いたままだ。
(ボスの力なのか……? 何て事だ……)
みずほを弄ばれた事でボスに反旗を翻してしまった自分の行動に後悔はない坂出だったが、勝てる可能性がないと思った。
(俺は奴の傀儡にはなりたくない!)
それが彼の最終結論だった。
「道明寺かすみ、お前もここで死ぬのだ。私の正体に辿り着いた者は全て消す」
今度は学校帰りと思われる男子中学生がかすみを指差して言った。かすみは思わずみずほを強く抱き寄せた。
「さあ、覚悟しろ」
更に大ハンマーを手にした工事現場の作業員がロイドに迫る。
(いくら影を消したところで、本体は無傷だ。消耗するのは俺達だけか……)
それでもロイドは打開策を探っていた。
(そうか、それなら!)
かすみはボスが言った言葉でヒントを得た。
(予知能力の応用で、ボスの能力を逆に辿れば!)
かすみは作業員の身体を操っているボスの力を追跡した。
「む?」
ボスがそれに気づき、作業員を操るのを中断した。
「そういう事か」
ロイドがかすみのしようとしている事を感じ取り、
「ここは共同作戦だ、カスミ」
と呟くと、かすみの予知能力に同調して瞬間物体移動能力を使った。
「何だと!?」
ボスは野次馬を操っていた力を平松に全て戻した。
「教頭が中継局の役割を果たしていたという事か」
鶴嘴で腹を貫かれても死なない平松はムクリと起き上がった。
「あなたは私達が知っている人物ね? だから正体を知った者は全て消すと言ったのよ」
かすみは平松を睨みつけて言った。平松は鶴嘴をゆっくりと引き抜いていく。
「そこまでわかってしまったのなら、尚更生かしてはおけないな。私の今後の計画にも支障を来すからな」
引き抜かれた鶴嘴の先と平松の背中から夥しい血が零れ落ちる。
「だが、もう少しお前達と遊んでみたくなった。だからここは一旦退く」
平松は血にむせ返りながらそう言い放つと、スッと姿を消した。
「え?」
かすみもロイドも、そして坂出も完全に虚を突かれた。瞬間移動されるとは思っていなかったのだ。
「そしてこれが置き土産だ」
また老人が喋った。かすみ達がハッとして老人を見た時、強烈な波動が三人を襲った。
「くう!」
「ぐうう!」
「ぬわあ!」
三人共脳に得体の知れない衝撃を受けた。何が起こったのか、三人にはわからなかった。
「時限爆弾だ。楽しいぞ」
男子中学生がニヤリとして言った。
「逃げられたのか……?」
坂出が呟いた。
「いや、見逃してくれたのだ」
ロイドは乱れたコートの襟を正しながら言った。かすみもロイドの意見に賛成だった。
(私達は助かったのだ。ボスは私達を生かしておく気になった。それだけ……)
そして三人は、確かに解明したはずのボスの正体をすっかり記憶から消されている事に気づいていない。
「思った以上に強くなっているな……」
ボスは応接室で言った。
「平松教頭なんて、見殺しにすれば良かったのですよ」
そう言ったのは、高等部の生徒会長である手塚治子だ。彼女は拗ねたように口を尖らせている。
「平松を見捨てれば、連中に大きなヒントを残す事になる。それはできない」
ボスは甘えて抱きついて来る治子を振り払ってソファから立ち上がった。
「どちらへ?」
治子が悲しそうな目で見上げるが、
「平松を治癒する必要がある。奴もまだ使い道があるという事だ」
マロンブラウンのショートカットにした髪を揺らして、天馬翔子理事長は言うと、そのまま応接室を出て行ってしまった。
警視庁の公安部では、大きな動きがあった。
「アイルーダのメンバーが日本に来ているだと?」
部長の暁嘉隆が部下の森石を見上げる。森石は大きく頷き、
「これはCIAからの極秘情報です。間違いありません」
アイルーダとは、国際テロ組織の名称である。トップのアルカナ・メディアナは莫大な富を手に入れた某国の大富豪で、世界の経済をその手で牛耳るために世界各国で爆弾テロを繰り返している。
「もしそれが確実な情報だとしたら、連中は誰と手を組むつもりなのだ? 暴力団か?」
暁の目が鋭く森石を見据える。森石は暁に顔を近づけて、
「違います。奴らが接触を持とうとしているのは、天翔学園理事長である天馬翔子です」
その名を聞き、暁は目を見開いて驚愕した。




