ボンヤリとした不安(3)
蒸し暑いが曇ってるお陰で窓を開ければ涼しい風が顔にあたる。
今日は仲村もクーラーをおねだりしてこない。研究室のあるA大学は郊外にあるので渋滞もなくいいドライブコースだ。
携帯のバイブ振動だ。
「はい、石川です。」
「Sです。石川さんの予想通りよ、皆喫煙者よ。」
「ありがとう。事務の女の子達はいいけど、よく営業の新人が認めたね。」
「だって、“禁煙中です。”って答えるんだもの。」電話の向こうでSが笑う。
「石川さん、このお礼は“いづれ精神的に”お願いするわよ。」
ドキッとしながら、「モチロンだよ。じゃ。」とあわてて電話をきる。
仲村がワニ目でこっちをチラチラ見てる。
「何で、ボクの方が若くて仕事もできて背も高くて顔もカワイクて将来も有望なのに、
こんな冴えない中年に女の子から電話がかかってくるんだろう。
何でアメも配ってアピールしまくったのにメールのひとつも来ないんだろう。」涙声で仲村がゴネ出した。
「“冴えない中年”で悪かったな。Sちゃんからのは仕事の電話だよ。やっぱり全員喫煙者だって。」仲村が黙ってる。
「今度、Mちゃん混ぜた合コンやってやるよ。」とたんに仲村の顔がパァと明るくなる。
「キットですよ!」
なんでオレがコイツのキゲンを取らなきゃならんのだ。
「○○食品の石川です。入りますよ。」相変わらず開けっ放しのドアから勝手に入り込む。奥のドアが開いて仲村がチェック入れてる女の子が現れた。「どうぞ。」と言いながら仲村を見る表情が微妙だ。本部の女の子達と反応がいっしょ。仲村は小さく女の子に手を振る。
「石川さん、結果言いますね。問題の米はコシヒカリじゃありませんよ。」O先生から驚きの発言。
「だってウチのコシヒカリの米袋に…。」
「そうなんです。こうなると管理の問題になると思いますが、DNAを調べる試薬の反応はコシヒカリではありません。」
検査結果のレポートを見せながらO先生は説明する。
「じゃ、何なんですか?」「…それが、ハッキリとは言えないのですが恐らく日本で販売されてる米ではありません。」
なんて事だ、素性の知れない米を会員に配達してしまったのか。その上、本部の皆にも試食させてしまった。
血の気が失せるとはこの事か、オレは思わず近くにあった事務イスに座りこんだ。
「…先生、それでこの米は食べても大丈夫でしょうか?」
「その点は安心して下さい。残留農薬、水銀、ほかも調べてみましたが問題ありませんでした。」
「それで炊いて、試食もしてみました。」
マジで!研究者とは恐いもの知らずだ。
「おもしろいですね。石川さんがおっしゃるように感想が違ってましてね。私と助手のG君にはおいしいのに他の学生は首をかしげるんです。」
オレは昨日の試食結果と喫煙者が感じる事のできない味覚なのではないかという事を伝えた。
「タバコね。なるほど。石川さん、この米もう少し調べていいですか?」
「ええ、お願いします。」
駐車場の車の助手席にドッと座り込む。
いつもの米ではないのは解かってた。しかし、日本で販売されてない米だなんて。想定外だ。
とは言え、会員のKさんの所に配達してしまった。Kさん以外の会員にも配達されてしまったのか。
誰なんだ!こんな事、故意にしないかぎり起こりえない。何が目的なんだ。
遅れてやってきた仲村が運転席のシートベルトを架けながらオレを覗き込む。
「大丈夫ですか?真っ青ですよ。」
「事務所に帰りますか?」エンジンをかける。
「本部に報告に…。いや、Kさんの家へ向かってくれ。謝罪で済まないと思うけど…。」
車が動き出す。
今朝の夢は予知夢だったのか?
オレの後ろで海が広がる気配。気づいたら手遅れ。
そんなボンヤリとした不安。