うますぎる米(4)
一夜明けて、午前11時。
「では、お昼前に伺いますのでよろしくお願いします。」オレは受話器を置いた。
よし、本部長の協力もお願いできたし米も炊き上がったようだし、行くか。
「仲村、仕度できたか?行くぞ」奥から出てきた仲村。なんでスーツなの?しかも伊達メガネ。
「そりゃ本部だけどさ…。不特定の社員50名集まってもらって試食してもらうだけだし。
この暑さだから本部長だってきっと作業服だぞ。オマエ悪メダチだぞ。」
「石川さん、ボクは本部では“できるルーキー”でキャラ立ちしてるんです。それに男のスーツ姿に女性は色気を感じるそうですよ。」
「これもか?」オレが昨夜のバカ写真を出す。ハハーッとすかさず仲村の土下座。
「ボクの婚活をじゃましないで下さい!」ちょっと涙目。可哀想だったかな。
「婚活って、本部に狙ってる娘いるの?」
「もちろん、Mちゃんに決まってるじゃないですか!」うわー。ド本命。敵は多いよ。
若いうちは当たって砕けるのもいいでしょ。仲村の事だから立ち直り早そうだし。
スーツ姿で10升炊きの炊飯器を運ぶ仲村の姿を目で追いながら思った。
本部では、コシヒカリを炊いていてくれた。事務所には大きな炊飯器はひとつだけなのでお願いしてたのだ。「“うますぎる米”だって?」本部長がいつもの笑顔で迎えてくれる。
「その“うますぎる”に個人差があるんです。」「50名の試食でその差が解かればいいんだけどね」「そうですね。」「とりあえず、集まってもらった50名のデータね。」
もらった資料には50名の氏名、年齢、性別、身長、体重、普段の食事回数、アレルギーなど自己申告ではあるが記載していた。見知った名前が多数だ、ありがたい。所々、偽装(体重とか)はあるけどコレだけの個人情報を記載してくれるのはオレを信じてくれてるからだ。
「仲村、準備はできたか?」「いつでも、どうぞ。」伊達メガネを上げながらクールに決める仲村。今日は悪フザケをしてこない。“出来るルーキー仲村”なのだ。
やがて、会議室に試食してもらう社員が一人、二人とやって来た。会議室入口にすまして立つ仲村を見つけた女子社員からキャーキャーと声が立つ。見ると前を通る女子にまたもやできないウインクを仲村はかましている。そういう事するからザンネンな男なんだぞ。
皆が席につき彼らの前には小さなトレイが2つ。ウチで炊いた“うますぎる米”は赤のトレイ。本部で炊いてもらったコシヒカリは青のトレイに盛っている
「○○地区担当営業の石川です。お忙しい所を集まって頂いてありがとうございます。今回、試食して頂く米ですが個人によって味に大きな差があるようなのです。ですので皆さんに食べて頂いて計数したいのでよろしくお願いします。試食終えましたら、おいしいと思うゴハンのトレイを持って仲村に渡して下さい。味の違いを感じないと思う方はそのままで結構です。その後はそのまま解散して下さい。では、よろしくお願いします。」
反応はすぐに現れた。ザワザワと騒がしくなる。“何、コレおいしい”“いつもの味よ”“気のせいじゃないか”“わからないのか?”と事務所での反応と同じ。問題はおいしいと思える人そうでない人との違いだ。「コレはコシヒカリではないだろう?」との質問もあった。オレもそう思ったもの。とりあえず50人すべて試食を終え、昼食へ行ってしまった。
「私にも味の違いは判らなかったよ。」本部長だ。
「そうですか…。協力ありがとうございました。このデータと明日の検査結果を見て考えてみます。」
「しかし、おいしいと感じる人間もいるのも事実だし。不思議な米だよ」またなという風に手を振ると部屋を出ていった。
さて、仲村はどこだ。出来る男は違うね、もう後片づけ終わってる。車の方かな?いたいた。仲村は悪メダチのスーツで歩いて来る。手に持ってるのは大量の棒アメの入った袋。まさか。
「仲村、ご苦労さま。さすができる男はちがうね。もう、片づけたのか。試食結果の方は?」
「バッチリ、ココに」先程の資料にチェックをいれたものを見せた。
「ありがとう。それで、そのアメは?」
「もちろん、婚活ですよ。」
婚活って棒アメ配りの“できないウインク”のアレ?オレは仲村の腕をつかんで車に歩き出した。
「先輩、まだ配ってない女の子達がいるんですよ。」
「ホラ、向こうでもキャーキャー言ってるじゃないですか」
「よく聞いてみろ、“仲村よ”ってお前呼び捨てだぞ。あれは、ステキー!の方じゃなくてキモイー!のキャーだろ。」
「ヒドイ!違いますよ!」
とにかく帰ろう。オレも同類にされては敵わん。