ボンヤリとした不安(5)
「ヘビにだまされてイブとアダムが食べた“知恵の実”ですよ。」
ちょっと面倒くさそうに仲村が言った。
「なんか聞いたことある。それで神様が怒って2人を楽園から追放するって話だっけ。」
オレが答えると、ちょっと嬉しそうに仲村がいう。
「よかった、旧約聖書の話からしなきゃいけないのかと心配してたんです。」
バカにすんな。それぐらい知ってる。
「実は知恵の実はリンゴじゃなくて、五穀なんです。」
驚いた。仲村が続ける。
「小松左京の“オフー”読んだでしょ?米はヒトをステップアップさせるためにアジア地域に、麦、粟、稗、トウモロコシもそれぞれの地域に蒔きました。」
「ボクはヒトが飢えないようにそして思考に好奇心を植え付けるために五穀をヒトに与えたのです。こんなにヒトに好都合な植物が自然に生えるわけないですよ。」
「じゃ、お前ヘビ?」「違います!」
なんたる妄想。お前病院行った方がいいゾ。と言いそうになると、オレの考えを読んだように目の前を仲村の棒アメが浮遊していく。確かにコレも現実。オレは確かめるようにそのアメを掴み取る。テグスはついてない。
「マジメに聞くって約束ですよね。」仲村が睨んでくる。
「ボクの世界で昔、ある大発見がありまして…。パラレルワールドというかボクも詳しく知りませんが身体の中にもう一つの宇宙がある事がわかったんです。」
「最初は形が銀河系や星雲に良く似た何かがある位だったのですが、そのうちもっと細かく見る事のできる技術ができて“もう一つの宇宙”である事がわかりました。星によってはボクらと同じようなヒトがいる事も。」
「それは身体の細胞の中にあるので“ボクらの時間”では短時間で消えてしまいます。早送りの動画を見るようにいろんな文明が現れては消えていきました。それに目をつけたメディアがその動画を配信すると人気番組になり、それ専用のチャンネルがあるほどです。そんな中、ある科学者がその中へ行けるのではないかと実験しました。」
何、言ってるのお前。身体の細胞の中にはいる?“ミクロの決死圏”か!
「このネンリキの力でです。」
目の前にいた仲村が消えた。オレの背後に現れたかと思うと、冷蔵庫の側に立っている。
「麦茶、おかわりします?」驚くオレにドヤ顔で聞いてきた。オレは首をタテにブンブンふる。
麦茶のポットをもって近づいて来る。だんだんと仲村が消えていき最後にはポットだけがやって来てオレの目の前のコップに麦茶が注がれる。何の手品だ。気がつくとオレの目の前のソファに仲村は座っている。
「ボクらのネンリキは生まれながらの力ですが個人差があります。上級者になると自分の意識を瞬時に移動させる事ができるんです。行きたい場所を特定する事ができれば意識だけですがどこでもいけるんです。そこに目をつけた科学者が実験したんです。結果は成功でした。彼の見た映像は電気信号に変えてボクらの世界でも見る事ができる事がわかりました。」「知らない文明、人類がヒトの目線でしかも通常の速度で見えるという事で様々なシュミレーション実験やドキュメント番組に使われるようになりました。」「ボクらのようなネンリキの上級者は多数のパラレルワールドでの映像や実験、調査データを提供する事で生活しているのです。」
なんか頭ン中がグジャグジャだがオレなりにまとめた考えを仲村に聞いてみた。
「オレのいる地球はそんな観察場というか実験場のひとつというワケ?」仲村がうなづいた。
「知能があり社会性のあるヒト型の生物の集団のいる星を見つけたら、五穀を蒔きます。
彼らは五穀を植え食べる事でより豊かな収穫を得るために工夫し治水、天文。数学を習得していきます。
やがて文明が生まれます。しかし、そこへ行くためには好奇心が必要なのです。
“何故?”は科学技術を発展させる為にはなくてはならない発想です。
しかしながら“猜疑心”をもたらすので愚かな争いも起こるのですが…。」
「その好奇心を刺激するモノを五穀に混ぜた。」
「ハタ目で見れば面白いだろうよ知性があるくせに野蛮極まりない生き物なんて!」
「いいモウケになっただろ?」仲村は黙ってる。
「それで今度はオレたちに何をさせたいんだ。」