第十六話
「クウリ、どこに向かっているんだろう・・・」
アクエリは忍び足でクウリの後を付けながらクウリの向かい先が気になった。
「こっちの方は確か練習場だったかしら・・・」
練習場でどんな用事があるのかは分からない。ケレイユは部活だと言っていた。外でやることと言ったらどこかの運動部? それかもしかしたら剣術の練習?
クウリの魔法が暴走した時の危険を知っているアクエリはクウリが魔法の練習をしているとは思いも寄らない。
アクエリはクウリが何をしているのか、それとどうしてクウリが自分に言わないのだろうかを考えているとクウリは足を止めて先に待っていた人に手を振りながら挨拶をした。その場所は練習場の隅っこにあって、木などのおかげで周囲から隠されていた。アクエリはクウリともう一人から少し離れた場所で身を隠し、二人の会話を聞き取ろうとした。
* * *
「ごめん、ルミ、ちょっと遅れた?」
「ううん、気にしないで、クウリ君。アタシもさっき着いたから。・・・って言うか、一緒のクラスだし、そんなに変わる訳ないよ。」
「あはは、確かに。」
ルミヒアがそう言うとクウリは笑い、ルミヒアもそれにつられて笑い出した。
* * *
そんな二人の楽しく笑う姿を隠れ場所でアクエリが見ていた。
(あれはルミヒアさん・・・もしかしたら、これは密会・・・? クウリはずっとルミヒアさんと会っていたの?)
二人の様子から今日が初めてではないとアクエリは推測した。そして、アクエリは二人が会っていたのを逢い引きかと思い、それにショックを受けてしばらくその場で呆然とただ二人を見ていた。
アクエリがそうしている内に二人は練習を始め、アクエリは自分の誤解に気がついた。二人は勉強のために会っているだけで、そこには恋愛的な意図はないと見えた。クウリは地面に絵を書いてそれを使って何かをルミヒアに説明しようとしていた。それはルミヒアがクウリに質問をしつつ、しばらく続き、クウリの説明が終わると実際の魔法の練習に移った。
アクエリが二人を観察し始めてからそろそろ一時間が過ぎた頃ルミヒアは杖を下ろして二人は休憩を取る事にし、それを見たアクエリは帰ろうと思い始めていた。自分が見た限りではこの練習は別に危ない事ではない。ルミヒアと一緒なのは複雑だけどクウリは何も悪い事をしていないのでアクエリには何もできなかった。それに、クウリが女の子と仲良くする姿をこれ以上見て胸の苦しみを長引かせたくなかった。
アクエリは静かに立ち上がり、最後にもう一度クウリを見た。それはただの未練だったが、アクエリが見た光景は彼女を唖然とさせた。休憩が終わって二人が練習を再開しようと立ち上がったら何とクウリは練習用の杖を手に持っていた。
(まさか・・・クウリも魔法の練習をするの!? ルミヒアさんだけじゃなかったの? それに、杖を持っているってことはエレメント魔法を使うつもり・・・この前にエレメント魔法を暴走させて危険な目に遭ったって言うのに!!)
クウリがエレメント魔法を使うことにアクエリは顔を青くしてクウリが怪我をするところを想像してしまう。
「・・・っ!」
いても立ってもいられなくて、アクエリは音を立てて姿を現した。
「エリお姉ちゃん!?」
クウリはいきなりのアクエリの出現に目を開いてびっくりした。そして練習の事はまだ姉には言っていなかった事もあり、クウリはかなり気まずかった。
だがそんなクウリに構わず、アクエリはすごい形相でクウリのことを睨みつつ近づいて来た。
「クウリ、何を考えているの! こんなところで先生の監督もなくエレメント魔法の練習をしようとするなんて! また魔法を暴走させちゃったら今度は酷い怪我をしちゃうかもしれないのよ!!」
「でも・・・」
「でもとかじゃないわよ! 本当に何を考えているの!? それにどうしてルミヒアさんがいるの? どうしてクウリを止めないの? まさかケレイユ君も知っていた? なんで皆は知っていて私が知らないのよ!」
アクエリは怒っていた。半分は心配だったが、もう半分は嫉妬からだった。そのためか、アクエリの訴えは感情的で支離滅裂になっていた。
「エリお姉ちゃんに言ったら反対すると思ったから・・・」
クウリもアクエリに話していなかった事に罪悪感があって、その反論とも言えない呟きは俯きながら絞り出す。
「それは、多分反対したけれどっ! でも、せめて話し合いたかった! 私はクウリのことが心配なのよ!」
「ごめん、エリお姉ちゃん・・・」
アクエリの言う通り、練習の事を話すべきだった。クウリもそう思っていただけに、どうしても強気になれなかった。だから結局何も言わずに謝った。
だけど、アクエリの次に取った行動でクウリは講義せずにいられなかった。
「さ、クウリ、行きましょう?」
そう言って、クウリの手を取ってその場を離れようとするアクエリ。しかし腕に抵抗を感じ、アクエリは不思議そうに振り向いた。振り向いたアクエリが見たのは手を握られたまま動かないクウリの姿だった。
「どうしたの、クウリ? 分かってくれたのでしょう? 魔法の練習これまでにして帰ろう? 危ないし、今回は許してあげるからもうこんな事しちゃ駄目よ。」
「・・・だ。」
「え、なに?」
「やだ、行かない!」
「クウリ・・・」
裏切られたように感じてアクエリの顔は心の痛みで歪む。
「エリお姉ちゃんに言った方が良かったって俺も思うよ。でも、俺はちゃんと先生に練習の許可をもらったし、気をつけてるから危なくない! 俺だって馬鹿じゃないんだ! 俺は魔法を上手になるために学校に来たんだよ? なのに、練習ができなきゃそれもできない! だから俺はこの練習を止めない。エリお姉ちゃんこそどうしたの? いつものエリお姉ちゃんらしくないよ。俺の事が信用できないの?」
クウリが感じたように、アクエリはやきもちの所為で普通じゃなかった。しかし、アクエリは分かっていても、自分が惨めになってしまうから言えなかった。そのためにアクエリは何も言えず、その顔はよく分からない怒りと恥ずかしさで真っ赤になった。
「〜〜〜っ!! 分かったわ! そんなに練習がしたければやりたいだけ勝手にやればいいわ! 私はもう何も言わない! だけど、私は手伝わないから!」
「そうするよ! エリお姉ちゃんなんかどこにでも行っちゃえ! それに、ルミもいるし助けなんていらないよ!」
「クウリの馬鹿!!!!」
パシーーン!!
アクエリの平手がクウリを襲い、大きな音を立てる。ルミヒアの名前が出て、クウリが彼女を自分より決めたと感じて思わず手を出したアクエリ。そしてアクエリはそのまま身を翻し、走り去った。
叩かれたクウリは頬を押さえてアクエリを睨んだがその時にはアクエリはすでに数歩離れていて、その姿はどんどん小さくなっていた。アクエリに何も言わず、クウリはそのまま眺めたが、アクエリが去る前にクウリは彼女の目に涙が滲んでいたのを確かに見ていた。それを見たクウリはアクエリを泣かせてしまったことを後ろめたく思ったけど、アクエリの言動の理不尽さへの怒りが勝り、結局追いかけなかった。
そしてルミヒアはというと、いきなりの展開に付いて行けず、一部始終をただ呆然と見ていた。全部が終わり、アクエリが離れた後、ルミヒアはやっと我に返りおずおずとクウリに声をかけた。
「クウリ君・・・」
「ルミ・・・ごめん。変なとこ見せちゃったね。」
「ううん。クウリ君こそ大丈夫?」
「あはは、大丈夫だよ・・・でも、今日の練習はここまでにした方がいいかな。ルミはそれでいい?」
「えっ? うん、もちろんアタシはいいよ。」
「そっか。ありがとう・・・それじゃあ、また明日。」
魔法の練習を終了させてクウリが帰ろうとする。その背中にルミヒアが呼びかけた。
「クウリ君。」
「なに?」
「えっと、アタシになにかできれば相談に乗るよ・・・ほら、アタシの時もクウリ君は色々話を聞いてくれたし。」
「ありがとう・・・でも今は帰りたいかも。」
「そう。でも、いつでもいいからね!」
「うん、分かった。それじゃ・・・」
「うん。また明日。」
手を小さく振りつつ別れの挨拶を交わす二人。クウリはゆっくりと足を動かし帰路につき、ルミヒアその場に留まった。同じ寮に住んでいるので一緒に帰ってもよかったのだが、多分クウリは一人でいたいのだろうとルミヒアは思い、そのまま行かせた。
** *
「・・・はぁ〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・」
ルミヒアと別れたクウリはとぼとぼと歩きながら盛大な溜め息を吐き出した。
実は今回がアクエリとの初めての喧嘩だった。だからこそ、この事はクウリに応えた。そして今クウリはそのせいで落ち込み、頭の中にはいろんな考えが巡りぐちゃぐちゃになっていた。例えばどうしてアクエリは分かってくれないのだろうとか、いくらなんでも過保護だろうとか、アクエリの怒りは理不尽過ぎだろうとか。そうやって考えているうちに段々と怒りがぶり返し、寮に戻った時にはまたアクエリと喧嘩した時の状態に戻っていた。
「くっ!!!」
バタンと大きな音を立てて部屋のドアを開けてクウリが入り、荒々しく後ろに閉めた。
「うお、なんだ?!・・・って、クウリか? どうしたんだ?」
部屋にはケレイユがいて、戻ったクウリが興奮しているのに驚きを隠せなかった。理由を聞き出そうとしたがクウリは頑なに口を閉ざし話そうとしなかった。そんなクウリを見てそっとした方が良さそうだと思い、ケレイユはしばらくの間クウリを一人にする為に部屋を出た。ケレイユが部屋を出て一人になったクウリは何もやる気が出ずにそのまま眠り、次の朝までついに起きる事はなかった。




