第三話
翌日の朝、クウリとアクエリは揃って王都の観光と買い物に出かけていた。朝ご飯を食べ終わっていて、これからどうしようかと二人で話しているところだ。
「クウリ、学校から必要な物のリストは送られた?」
「うん、ここにあるよ。」
ポケットから折り畳まれたリストを取り出してアクエリに見せる。
リストに載っているものは学校の授業に必要になる書籍、制服、杖、などなど。杖にはアクィフォーレからもらったものを使うとして、他の物はこれから手に入れないといけない。
「ちょっとそれ見せてくれる?」
アクエリに聞かれ、リストを渡すとアクエリはそれに目を通し始めた。
「ふむ・・・なるほどね。」
やがて、リストを確認し終わったアクエリが自分に言いつつクウリと一緒にリストを見ようと誘う。
「これ、私の時とあまり変わらないわ。だから、もしクウリがいいのなら、新しい本は買わず、私が使ってたものをあげてもいいわよ。ちょっと所々に私が書き留めたものがあるかもしれないけど、基本的にはみんな状態がいい物よ。」
「俺はいいよ。エリお姉ちゃんが使ってた物ならこっちから頼みたいくらいだよ。」
アクエリの覚え書きならば、それはきっと落書きの類いではなく、授業で役に立つヒントとかだろう。だったらそれを貰い受けるのに抵抗するわけがない。
「エリお姉ちゃん、この本を全部持ってるの?」
リストには歴史本、魔法理論の本、魔法実践の指導本、他にも色々、総勢10冊のタイトルが載っている。
「ええ、大丈夫よ。全部学校の部屋に置いてあるから学校に着いたら渡すわ。でもさすがに紙やペンのような消耗品は買わないといけないわ。そういうのはこれから買いましょう。」
「分かった。エリお姉ちゃんにまかせるよ。」
「後は制服だけど、これは寸法を取らないといけないから早めにその店に行った方がいいわ。」
そう言って歩き出すアクエリ。置いてけぼりをくらわないように慌ててクウリも歩き出す。
「エリお姉ちゃん、これからその制服を売ってる店に行くの?」
「ええ、そのつもりだけど。」
横に歩くクウリの顔を少し見上げながら返事をするアクエリ。
それにしても、クウリの成長ぶりにはまだ全然慣れない。一緒に過ごした時間は去年の夏より多いはずなのにいまだ去年の姿を予想して話しかけている自分がいる。それは学校にいる間中、クウリと出会ったままの姿を思い浮かべていたからだけど、もしそう言われてもアクエリはきっと赤面しながら必死に否定するだろう。
服屋を目指しながら歩いている間、二人は特に会話などしていなかった。クウリの方は昨日と違う街の様子に興味があったし、アクエリの方はクウリの制服姿を妄想するのに忙しかった。そんな時、街を見物していたクウリが何かに気づき、アクエリに声をかける。
「エリお姉ちゃん、何か同じような服を着ている子達がいっぱいいるんだけど、もしかして・・・」
周りを見ると、一般人にちらほらと紛れて同様な服装をしている、自分たちと同年代の子が見られる。男女の間に違いがあるが、基本的には同じデザインのようだ。男子は黒のズボンと深い青のシャツ、そして肩には水色のケープをかけている。女子の方は男子と同じ深い青のドレスと水色のケープ。
「クウリが何を思ったかは知らないけれど、みんなクーランの学生よ。きっと今日の内に最後の買い物を済ませてから学校に向かうのだわ。そしてみんなが着ているのがこれからクウリのために買う制服よ。」
やっぱりあれが制服なのか・・・なかなか良さそうな服だな。それにアクエリにとても似合いそうな服だ。
「みんな、もう学校に行くの? 寮とか大丈夫?」
「そうね。寮の部屋ってほとんどの場合、入学から卒業まで同じ部屋を使うから基本的にはいつ学校に着いてもいいわ。唯一の例外はまだ部屋を宛てがっていない新入生だけど、それでも寮の管理人はいるから部屋を割り当てられるまではなんとかなるの。」
「そっかあ。じゃあ俺たちもいつでも学校に行ってもいいのか?」
「なーに、クウリ。私と一緒に王都を回るのに飽きちゃった?」
僅かに拗ねた顔を浮かべるアクエリ。それを見てクウリは慌てて否定する。
「ち、ちがうよ! ちょっと気になっただけだって!」
「ぷっ・・・くっ・・・くく・・・じょ、冗談よ。クウリがそんな子じゃないって分かってるわ。」
からかわれたと分かったクウリはむくれた顔をしてそっぽむいた。
「なんかエリお姉ちゃん、アクィフォーレに似て来た。」
ぼそりとそう呟くとアクエリが見えないなにかによってダメージを受けてその場でよろめいた。
「お母さんに似て来た・・・」
クウリはちょっとした反撃が成功したのに溜飲が下がり、ちょっとしょんぼり気味に肩を落としたアクエリに案内されて服屋に赴いた。
服屋で寸法を測り、店主に制服ができるのに明日までかかるだろうと言われた二人は店を出て近くの喫茶店で休憩することにした。ちなみに、アクエリの機嫌を直すのに随分をがんばらされたが今はもうすっかりいつも通りのアクエリだ。
「制服は明日にはできるみたいだからそれを受け取った後、学校に行こうか?」
外のテーブルで紅茶を啜りながら今後の予定について話し合っていた。
「俺はそれでいいよ。王都で見てみたい物はまだまだあるけど、これからもここに来る機会はあるよね?」
「ええ、休日にこっちにでてくる生徒はかなり多いわ。後は冬休みのような、実家に帰るのに足りないけどずっと学校にいても退屈な時にはいい気分転換にもなる。」
「その時はエリお姉ちゃんも一緒に行ってくれる?」
そう聞かれたアクエリはきょとんとして、反応が一瞬遅れた。そして顔を赤らめて少々どもりつつクウリに返事をする。
「え、ええ。もちろん、いいわよ。その時は必ず一緒に行こう。」
クウリのほうは全然そんなつもりはなかったけど、捉えようによってはデートの誘いにも聞こえるのでアクエリを戸惑わせた。同時に、暢気ににこにこ笑っているクウリのことを少し憎らしく感じた。自分はこんなに動揺しているのに。
そんな会話が少し続いた時、ふと二人が座っているテーブルに陰が差した。
会話を止め、顔を上げてみると、高級そうな服を纏った若い男性が数人テーブルの横に立っていた。残念なのは中身のほうは下品な雰囲気を醸し出していた事だけど。
その人たちの顔を見たアクエリは一瞬、苦い表情をしたがすぐにそれをひっこめ、代わりに上品な笑顔を浮かべて男たちに挨拶をした。
「やあ、アクエリ、久しぶりだね。」
「ええ、久しぶりですわ、ネビア殿下。」
「こんなところで偶然会うなんて、運命を感じませんか? どうです、これから私どもと共に行きませんか? これから買い物に行くのだけど、きっとティアレイク嬢が気に入る物も見つかりますよ。」
そう言ってネビアという男は笑顔を浮かべながらアクエリの手を取り、買い物に誘い出す。これに対し、アクエリは開いている手を頬に当て、恥ずかしがっているような顔をして丁寧に断った。
「とても残念ですけど、今日は弟と一緒ですので一緒に行けませんわ。」
アクエリの返事を聞いて、ネビアは小さく舌打ちをしてから初めてクウリのほうに向いた。その顔はクウリにも見て取れるほど苛ついていた。
「弟ですか? アクエリに弟がいるなんて初めて聞きました。」
「ええ、今年からクーランで勉強を始めるわ。名前はクウリです。」
「クウリ君ですか、私はネビア・ダンスト。お姉さんと一緒に勉強させています。よろしくね。」
クウリに自己紹介したネビアの顔は一応笑っていたけど、その笑顔の向こう側には何かを隠しているようだとクウリが感じた。なので、自分が返事をした時、声が若干警戒の色を含んでいたかもしれない。
「クウリ・ティアレイクです。よろしくお願いします、ダンスト様。」
「どうぞ、ネビアと呼んでください、クウリ君。アクエリの弟なら私も仲良くしたいです。」
それ以降、クウリに興味をなくしたのか、ネビアはアクエリとの話を再開した。その間、何度もアクエリを誘おうと試みたようだが、ことごとくアクエリに断れて、やがて諦めたようで、いつのまにか座っていた席から立ち上がった。
「それでは私はそろそろ行かないと行けません。今日の事は残念ですけど、また今度機会があれば誘ってみますね、アクエリ。」
「ええ、楽しみにしていますわ。」
「では、また学校で会いましょう。」
「さようなら。」
アクエリはネビア達の背中を見送りながら笑顔で手を振り、その姿が見えなくなれば、途端に疲れた顔をして大きく息を吐き出した。
「はぁあ〜〜〜〜・・・・まったく・・・嫌なやつに会っちゃったわね・・・お茶のおかわりを頼まないと・・・」
アクエリの反応がちょっと恐かったけど、気になったのでネビアのことを聞くことにした。
「エリお姉ちゃん、あのネビアって人と仲がいいの?」
「はぁ? そんなわけないでしょう? あれは典型的なヤなやつよ。まったく、今回もあんなに近くに顔を寄せて・・・体中が怖気立ったわ。」
その時を思い出したのか、アクエリは腕を抱きしめて体を震わせた。
「あれが王子じゃなかったなら、とっくの昔にぶっ飛ばしてたわよ。」
「王子? あの人って王子なの?」
「そうよ。ネビア・ダンスト。ダンスト王家の第二王子。自信過剰で自己中心的。それなのに成績優秀で顔もいいから女子の間ではそれなりに人気がある。それだけなら、まあ、こちらから避けていれば問題はないのだけど、なぜか今は私に気があるようで、何かに付けて私を誘い出しているから毎回それを断るのにすごく疲れるのよ。おまけにしつこく粘るし。はぁ〜〜〜〜・・・」
語っている間に昔に会った事を思い出し、さらに疲れてついにテーブルの上につっぷした。
クウリはそんなアクエリの姿に苦笑しつつ、宥めようと話しかけた。
「ねえ、エリお姉ちゃん。これからは俺がいるからいつでも言い訳に使っていいよ。」
「クウリ・・・でも、そんなにクウリを言い訳に使ってクウリがあいつに目を付けられたら嫌よ。」
「そんなにって、あいつに誘われるのってそれほど多いの?」
いつのまに王子を“あいつ”呼ばわりしている二人。
「去年は毎日、最低一回だったわ。」
「うわぁ〜。それは嫌だね。」
「ほんと、嫌だわ。」
「でも、少しだけあいつの気持ちも分かるかな。」
「えぇ〜〜、クウリあんなやつの事が分かるの?」
「だって、エリお姉ちゃんってとても綺麗だし、簡単に諦められないっていうのは納得できるよ。人間性はともかく。」
「もう、何言ってるのよ! ほら、さっさとそのお茶を飲み干して、ここを出ましょう! まだまだ買うものがあるんだから!」
自分の紅茶を勢い良く飲んで席を立つと、アクエリは代金を払うために店に入った。クウリはアクエリのいきなりの急変に呆然としていたけど、もし正常だったならアクエリの頬が真っ赤に染まっていたのに気づいただろう。
その後、アクエリはしばらくクウリと口を聞かなかったからクウリは何か怒らせるような事を言ったのかと思ったけど、なにも思いつけなくて困惑していた。
それでも残りの買い物を無事に済ませたのはちょっとした奇跡だったけど、それも終わり、二人で宿屋に帰り、夕食を食べたらネビアやら、買い物やら、おまけにまだ抜けきっていない旅の疲れが出て、二人して部屋で眠りについた。
そして翌日。できあがった制服を受け取り、二人とも制服に着替えてから再び荷物を杖/ホウキに括り付け、学校に行く準備が終わった。
「おや、もう行くのかい?」
一階に降りて来る二人の姿を見たおばさんが聞く。
「うん、今年もお世話になりました。ありがとう、おばさん。」
「ありがとうございます。」
アクエリとクウリが交互におばさんに別れの挨拶を言う。
「じゃあおばさん、また来年!」
「ああ、勉強がんばるんだよ!」
それからアクエリはクウリに向き直ってーー
「じゃあ、クウリ、行きましょう。まずは東門を出て、それから一時間ほど飛べば学校に着くわ。用意はいい?」
頷く。
「よし、しゅっぱーーーつ!」
元気よく声を上げて、アクエリが杖を発進させ、クウリはそのすぐ後ろに付いていき、そのまま二人で学校まで飛んでいく。