第二話
ティアレイク家から出て一週間半、時刻は夕暮れ時で西の空は赤く染まり始めている。海に沈んでいく夕日の光景はとても綺麗で、空を飛んでいるのに、思わず目を奪われた。そして北の地平線を見れば、リヴァールよりも何倍も大きな都市が現れた。まだ都市からかなり遠く離れているのに、都市の外壁と、中心にある王城が見え始め、その大きさを教える。
「エリお姉ちゃん、あれが王都?」
「そうよ。あれが王都ラグナ・セイラよ。息をのむようなすごさでしょう?」
「うわあ・・・すごい・・・」
開いた口が塞がらなかった。リヴァールも充分に大きかったけど、これは大きさの次元が全然違う。ここまで大きいと、もう圧倒されるだけだ。都市の全貌を感覚でとらえようとしても無理だった。
「いったいここに何人住んでいるの?」
「えーっと・・・たしか、80万人ぐらいだったかな。」
「80万・・・」
そんなに大きい数字だと想像することなんてほとんど不可能だ。でも、この都市にはそれくらいの人が住んでいるらしい。
その間にも二人はラグナ・セイラに近づいていて、その外壁がみるみる高くなっていく。
二人が都市の南門にたどり着いた時、その高さに度肝を抜かれた。都市に入るための検問を受けるために待っている時、壁の天辺を見ようと見上げたら首をどんどん後ろに傾けなくていかなく、傾きすぎて後ろによろめいた。
「クウリ、もうすぐ私たちの番だわ。」
どうやら壁の高さに目を取られていた間に検問の順番が回ってきたらしい。
「二人か?」
鎧を纏った検問の兵士が聞いてくる。
「はい、クーランの学生です。」
アクエリがクウリのためにも答え、兵士に自分たちの身分証明書を渡した。
「・・・問題なさそうだな。二人とも通っていいぞ。」
書類を検分し終え、アクエリとクウリを門の先へと促した。
「行きましょう、クウリ。」
杖から降りたアクエリとクウリは杖やホウキとそれに結んである荷物を横に浮かして、そのまま街の中へと歩き始めた。
門をくぐり抜けた先はよく賑わった大通りだった。その道は都市の大きさに見合った広さがあり、馬車が10台横に並んで走っても余裕があるくらいだ。
「クウリ、あまり離れないでね。ここって人の数がすごいから簡単にはぐれちゃうかも。」
実はアクエリが始めて母と一緒に王都に来た時はぐれてしまって、心細い思いをしてしまったのだけど、クウリがそれを知るはずがない。
クウリが自分の言葉に頷くのを確認したら、アクエリは王都の説明に入った。
「ここ、ラグナ・セイラはここみたいな道が他にも三つあるのだけど、どうしてか分かる?」
首を横に振るクウリ。
「ラグナ・セイラには北、東、それと南に三つの門があり、西には入り江、それに港があるの。そして王都の中心に王城があって、東西南北、それぞれの門と港から王城までを大通りで繋いでいるわ。」
興味津々に頷き、話の先を促した。
「あと、大通りにはたくさんのお店があるわ。料理屋、服屋、武器・防具屋、文房具店、装飾品店、などなど。欲しい物があれば大体の物が手に入るし、店の数が多いから多種多様な種類もあるわ。けど、西の大通りだけはちょっと違うわ。あそこは港に続く通りだから、そこの店や市は魚介類よりになっているの。」
「エリお姉ちゃんはよくここに来るの? いろんな事を知っているみたいだけど。」
「さすがに知り尽くしている訳じゃないけど、いろんな店とか知っているわ。ラグナ・セイラは学校に一番近い街だから買い物をする時や、お休みの日に遊びに来る事が多いわ。」
「じゃあ、ここの事をいろいろ教えて。一人で見物するの、ちょっと恐いから。」
照れ笑いをしながらアクエリに案内を頼む。
「ええ、まかせて。学校が始まるまでは何日かあるから、私のお気に入りの喫茶店とか全部連れ回してあげるわ。」
そう言ったアクエリの顔はとても楽しそうに笑っていた。これは藪蛇だったかな、と少し後悔してしまったクウリであった。
街に出る前に宿屋で部屋を取ろうという話になって、クウリたちはアクエリがよく使う宿に向かった。
「今私たちが向かってる宿はすごくおしゃれという訳じゃないけど、料理がおいしいからお母さんや私が王都に来る時はよく止まるの・・・さぁ、着いたわ。中に入ろう?」
宿屋は大通りから少し離れた場所にあった。宿の前は静かで、
扉を開けて、中に入りながらアクエリが宿主に挨拶をした。
「おばさーん、こんにちはー。」
ちょっと待ってから、奥から明るい感じのおばさんが手をエプロンで拭いながら出てきて、アクエリを見て笑顔を浮かべた。
「あら、アクエリ嬢ちゃんじゃないの。そろそろ来る頃だと思っていたよ。」
「おばさん、部屋に空きはありますか?」
「いつもみたいに一人部屋かい?」
「いいえ、今年は二人部屋をお願いします。」
「二人? この男の子も嬢ちゃんと一緒なの?」
「ええ、義理の弟のクウリよ。今年からクーランに通い始めるの。」
「そうかい。じゃあ、開いている二人部屋に案内するよ。あたしについてきて。」
おばさんは鍵を一つ取って二階に上がり、アクエリとクウリは荷物を持ってそれに続いた。
二人の部屋は二階の一番奥にあり、おばさんはドアを開けて鍵をアクエリに渡した後、アクエリと二、三言交わしてから下に戻った。
部屋の中にはベッドが二つあって、クウリはひとまず奥の方のベッドの側に荷物を置いてからベッドに腰をかけた。
ドアを閉めてアクエリが自分の荷物を置くと、クウリはちょっと落ち着かなさそうにアクエリに話しかけた。
「えっと、二人一緒の部屋でよかったの? 俺、男なのに。」
「姉弟なら変じゃないでしょう? 着替える時は部屋を出て行ってもらうけど、それ以外なら家にいる時とあまり変わらないわ。」
「エリお姉ちゃんがそれでいいなら、俺もそれでいいよ。」
「それに、部屋を二つ取ってお金の無駄使いをしたくないし。」
「うん。」
部屋についての疑問を片付け、クウリは他に気になっていることについてアクエリに聞いた。
「今日はまだ時間があるけど、これからまた出かけるの?」
「今日は旅でちょっと疲れてるから本格的な観光は明日にしようと思ってるんだけど、それでいい?」
「うん、構わない。」
「よかった。でも、今日のうちに王城だけは見に行こうと思うの。興味ある?」
「すごく興味ある。」
激しく上下に首を振る。
「じゃあ、宿に荷物を置いたら行きましょう。」
本物の城を生で見るのは始めてだ。それに、外にいた時から見えていたことから、すごく大きくて立派な城だと分かるのでなおさら見てみたい思いがある。
「クウリ、私は出かける前に着替えたいけど、クウリはどうする? まだ旅着のままでしょう?」
旅の服は多少の荒い扱いにも耐えられるように丈夫にできているので、普通に歩き回る時に着るには適しない。あと、ズボンは飛ぶ時に少しでも楽になるためにお尻のところに詰め物が入っているのでちょっと歩きにくい。幸いなことにマントを着ていたのであまり目立たなかったけど、もし公衆の面前に晒されていたのなら凄く恥ずかしい思いをしただろう。
「俺も着替える。でも、エリお姉ちゃんから着替えていいよ。俺は少し部屋の外で待ってるから終わったら呼んで。」
立ち上がってドアに向かうクウリ。
「ありがとう。すぐに着替え終わると思うわ。」
クウリは部屋を出て、それから五分後、アクエリに呼ばれて着替えて出て来ると、二人で宿を後にした。
二人は南の大通りに戻り、城を目指しながらクウリは物珍しそうに周りの店や露店を見回した。
「店の数が凄く多いな・・・」
感嘆の息を吐きながら思わず感想が漏れるクウリ。
「ふふ、そうね。多すぎるくらいだわ。選択肢が多いのも考え物ね。選べる店の数が多すぎて逆に迷ってしまうわ。」
クウリの独り言を聞き取ったアクエリは少し困ったような顔を浮かべながらそれに答え、続けて自分なりの解答を教えてくれた。
「他の人がどうしているのかは分からないけれど、私は基本的に気に入った店を見つけたらそこを使い続けることにしているわ。そして時々、歩いている間に目についた店に入ってみたり、友達に新しい店を紹介してもらったりしていい所を見つける事もあるわ。」
「なるほどー。」
アクエリの言葉に納得して改めて周辺を見てみると、そこが大通りより一回りも、二回りも円形に開けた場所にいる事に気づいた。前にある広場の中心には巨大な噴水があり、左右に目をくれると、その何百メートルも先まで見えた。
「うはぁあ〜〜〜〜〜。なに、ここ? 凄く広い!」
王都に着いてから驚きの連続だったけど、それでもこの光景には感銘を受ける。その広さも感激的だし、人の多さに思わず目がいく。露店の商人がいるし、他には旅芸人や店の宣伝をする者。もちろん、道行く一般人の数が一番多かったけど、とにかくすごかった。
「ここは王城の南門前広場よ。ほら、噴水の奥に城門が見えるでしょう?」
アクエリに言われて噴水の奥に視線を送ると、水のしぶきの間から城の姿が微かに見えた。
「城の各門の前にはここに似た大きな広場があって、それらを結ぶように大きな通りが城壁に沿ってぐるっと囲っているの。この城壁通りと呼ばれている道は街の門から続く通りに負けず劣らずに広くて店が多いから王都のもう一つの名物よ。」
誇らしげに笑うアクエリを見ていると、クウリも嬉しくなってきて、微笑みを浮かべながらもう一度広場を見渡した。
クウリが広場を見渡し終わるのを見計らって、アクエリがクウリに話しかけた。
「クウリ、この近くに私のお気に入りの喫茶店があるのだけど、これからそこでちょっと休憩しない?」
特に反対する理由もないのでアクエリの提案に賛成するクウリ。
しばらく二人でお茶を楽しんでから宿屋に戻って、宿屋のおばさんに食事を作ってもらい、それを食べたら旅の疲れで二人ともはすぐに寝た。眠りにつきながらクウリは翌日に待っているのであろう、さらなる王都での冒険の事を考えていた。