第十一話
「ただいま〜〜〜〜!」
家中に元気よく響いたその声は間違いなく、約九ヶ月ぶりに聞く、アクエリのだ。
そろそろ学校から戻ってくるって手紙に書いてあったけど、思っていたよりも早かった。
部屋で本を読んで、勉強していたクウリはアクエリの声を聞いて、ガバッと顔を上げ、玄関まで急いだ。
「エリお姉ちゃん!」
「クウリ! 帰ってきたよ!」
ひしっと玄関まで出て来たクウリが大きく腕を広げたアクエリに抱きつかれた。
「エリお姉ちゃん、早かったね。あと何日か掛かるかと思っていたよ。」
「クウリ、久しぶり! 早く帰りたくて、ちょっと飛ばしちゃった。それにしても、身長、すごく大きくなったわね。」
クウリと別れた時には自分の方が10センチぐらい高かったのに、今はクウリの方が5センチ自分より高いみたい。
クウリは照れるように180センチまで成長した頭を指で掻いた。
「あはは、うん。成長痛がすごく大変だったし、おかげで身長だけ大きくなって、体の方が追いつけられなくて、こんなにガリガリになっちゃったよ。」
クウリの体を良く観察してみるが、確かに彼の体は少し痩せ気味に見えるけど、クウリの言うほど細いという訳でもない。
「気にするほどじゃないと思うわよ。もう少し筋肉をつけた方がいいかもしれないけど、それは時間が解決するわ。」
「とにかくお帰りなさい、エリお姉ちゃん。すごく会いたかったよ。」
「ただいま。私も会いたかったよ。お母さんは仕事?」
「そうだよ。けど、もうすぐ帰ってくると思う。」
「そっかぁ。じゃあ私はこれから荷物とかを部屋に置いて着替えるからちょっとリビングで待ってて。」
「うん、待ってる。」
アクエリは荷物を持って自分の部屋へ行き、クウリは着替えを済ませたアクエリが出てきた時のためのお茶をいれようとキッチンに入った。
十数分後、アクエリとクウリは居間で向かい合って、それぞれのお茶をすすっていた。
「はあああ〜〜〜〜〜・・・クウリ、お茶をいれるの、うまくなったね・・・」
去年の夏から今まであった学校での色々な出来事を思い出しながら、改めてその長期間を噛み締めた。
「アクィフォーレに習った。エリお姉ちゃんが帰ってきたときに美味しくいれたかったから。」
「クウリ・・・」
クウリの思いで胸がいっぱいになり、感激のあまりにアクエリがちょっと目の端に涙が溜まっていた。
と、その時玄関の扉が開く音がして、アクィフォーレが帰ってきたことを告げた。
「ただいま〜! クウリ、いる?」
「居間にいる〜!」
大声でクウリがアクィフォーレに呼びかけた。
「クウリ、こっち?」
居間のドアを開けながら聞いて、アクエリを見てびっくりする。
「アクエリ? すごい、早いじゃない。まだまだ時間が掛かるって思ってたのに。」
「ただいま、お母さん。早く帰りたくて、ちょっと帰り道を急いだんだ。」
「とにかく、お帰り。よく戻ってきたね。ずっと一人で大丈夫か心配だったよ。」
アクエリに近づき、めいっぱい抱きしめる。
「当たり前でしょう? もう子供じゃないんだから。それに友達もいるし、全然心配なんかいらないわ。」
拗ねたような顔をして反論するアクエリ。
「友達ってラクっていう人だよね?」
と聞くクウリ。手紙で聞いていたアクエリのルームメイトだ。
「ええ。ラクが一番の友達ね。いつかクウリも会えたらいいけど・・・」
「うん、俺も会ってみたいけど、多分無理でしょう? だってラクさんがリヴァールに来ないと会えないよ。」
「そうなのよね・・・そうね・・・そうだ、来年の夏にこっちに招待しよっか? いいでしょう、お母さん?」
「それはいいけど、それよりもいい方法があるよ?」
「いい方法? そんなのってあるの? 今年はもう遅くて無理だわ。」
「それは分かっているよ。アタシの考えは違うって。そうじゃなくてね、ふふん。これはちょっと、アタシから見てもとってもいい案だよ。」
「もう、お母さん、もったいぶらないで早く言ってよ。」
「クウリを学校に行かせるのよ!」
「「はあ?」」
二人の予想を遥かに斜め上行くアクィフォーレの提案に呆気を取られる。
「お母さん、そんな事無理に決まってるじゃない!」
アクエリが反射的に駄目だしをする。
「常識的に考えてよ。まず、クウリは一度もこっちの一般学校に通ったことがないのよ。魔法学校へ行くには一般学校からの推薦が必要なんでしょう?」
「ふっふっふ〜。実はそれが唯一の方法じゃないのよね〜。」
「その他なんて聞いた事がないわ。」
「実はね・・・あそこをある程度の成績で卒業、もしくは中級魔導士以上の実力を持った魔導士ならば、その人の推薦で入学することもできるのよ。そして私はあそこを主席で卒業して、今は中級魔導士。文句無しの資格だと思わない?」
と得意げに説明するアクィフォーレ。
「そんな規則があるの?」
「あまり知られていないのは仕方のないことだよ。この規則は本来、旅人魔導士が偶然見つけた魔法の素質がある子供が魔法学校に通えるようにするためのもの。でも最近じゃあすっかり旅人になる魔導士は少なくなっているし、ほとんどの子供は一度どこかの一般学校に通ってるから、この規則に則ってクーランの学校に入学した例はほぼ皆無になってる。」
「でも、もしクウリがお母さんの推薦で入学できたとしても、クウリが異世界人だという事をどうするの? いくらお母さんの推薦でも、クウリがなんの痕跡もなくいきなり学校に現れたら変に思う人がでてくるわ。」
「まあ、それについてはちょっと嘘をつくことになるね。ここでも似たような状況だったでしょう? 親達が魔物に襲われて亡くなってしまって、それでウチに来たとかね。それにちょっとだけ付け加えれば済むんじゃない? 例えば・・・そうね・・・こんなのはどう? 魔物に襲われた衝撃でその前の記憶が消えてしまい、どこから来たとかが思い出せない、とか? 幸いクウリはどこからどうみても人間だし、よほどの事がなきゃ誰も疑いやしないよ。」
「お母さん、ちょっとのんき過ぎない? これってそんなに軽く決めちゃっていい事なの?」
「アタシは別に何も決めちゃいないよ。」
「だって・・・」
「アタシはただ、こういう選択もあるって提示しているだけ。学校に行くかどうかはクウリが決める事だよ。」
「むぅ・・・」
「クウリ、どう思う? アクエリと一緒に学校に行きたい?」
魔法学校か・・・アクィフォーレが何回か使ったエレメント魔法ってかっこよかったしなあ。はっきり言ってすごく興味がある。でも、自分にできるだろうか? それにここを離れるっていう事はつまり、この世界で自分が知っている範囲を大きく飛び出して、見知らぬ土地へと行くという事。そう考えるとちょっと怖じ気づいてしまう。
「俺、魔法に興味があるけど、俺にできるかな? それに、俺は違う世界から来たからエレメント魔法は使えないかも・・・」
「エレメント魔法のことは分からないけど、普通の一般魔法が使えるでしょう? エレメント魔法もきっと使えるようになるよ。だから興味があるのなら行ってみるのを勧めるよ。」
「そうかな・・・エリお姉ちゃんはどう思う? 俺、魔法学校に行っても大丈夫だと思う?」
アクエリは少し考えてみてから、頷きながらクウリに答える。
「ええ、クウリならきっと大丈夫よ。しっかりしているし、魔力は充分に高いから“魔法の素質”という条件を満たしているし。それに、もし問題が起きても私がいるから大丈夫よ。だからクウリはただ通ってみたいかどうかで決めて。後の事は私たちにまかせればいいから。あっ、もちろんお勉強は自分の責任よ。勉強の手伝いくらいなら助けてもいいけど。」
それからクウリは十五分かけてじっくりと考え抜いてからアクエリとアクィフォーレに自分の決心を伝える。
「俺、魔法学校に通ってみたい。」
「分かった。後はアタシにまかせて。これから学院長に手紙を出して入学の事をお願いするよ。そうだ、クウリは今何歳?」
こっちの一年は地球と大体同じ長さのようなので、こっちに来てから一年が過ぎて、歳を一つ取ったはずだ。
「えっと、16、ぐらい? こっちの歳の長さとかよく知らないけど多分16。」
「16ね。分かった。クウリ、一年生から始めるけど、多分他の一年生達より一つ年上になるけど大丈夫だよね?」
「うん、気にしない。」
実際、ここ一年は学校に通ってなかったし、一年浪人したとでも思えばいいか。
「よかった。それならアタシはこれから学院長宛の手紙の下書きを始めるよ。クウリとアクエリはこのままここで楽にしてていいよ。」
アクィフォーレはそう言って席を立ち、自分の部屋へと向かったが、居間を出るとき振り返り、言い忘れた事を思い出した。
「あっ、そうだ。アクエリ、帰ってきて早々に悪いけど、晩ご飯の事は頼める? 今日は手紙の事でちょっと作れなくなると思うから。あと、クウリも買い物に連れてってゆっくりと仲良くしなさい。」
真っ赤になっていくアクエリとクウリを置いてアクィフォーレは今度こそ自分の部屋へと行った。そしてアクィフォーレが出て行った後の部屋には少し気まずい静けさだけが残っていた。