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婚約はできません、きょうだいですから

作者: 満原こもじ
掲載日:2026/08/11

 輝くようなプラチナブロンドの髪を持つ令嬢は、試すような笑みを浮かべて言った。


「殿下と婚約することはできませんわ」

「何故!」

「わたくしと殿下はきょうだいですから」


          ◇


 テルフェノ王国の現王ラッサールは好色で知られる。

 ただ単に好色と決めつけるのは、公平な観点ではなかったかもしれない。

 ラッサール王は何事に対しても積極性を持っており、大胆な改革を強力な指導力で押し進めてきた名君であることは確かなのだ。

 女性に対する興味が旺盛過ぎたことも事実ではあるが。


 ラッサール王の落胤は多い。

 が、ラッサール王はこともなげに言い放った。


『正妃側妃以外の子に王位継承権は与えない』

『オレの子であることは看板にならない。実力で這い上がれ』


 王に真正面からこう言われては反論もできない。

 王の子を称する者はいなくなった。

 また正妃側妃の地位を安定させるためにも世継ぎ争いの可能性をなくすためにも、極めて有効な措置と思われた。

 多くの落胤達の価値は低下したと思われた。


 しかし徐々にそうでもないことが明らかになってくる。

 成長するに連れて、落胤達の中に優秀さの片鱗を見せる者が多かったのだ。

 さすがは王の胤。

 優秀な跡継ぎを得るためにラッサール王の情けを望んだ者もいたが、王は自分の気に入った女しか抱こうとしなかった。


 正妃及び二人の側妃に王子は計四人いた。

 内、正妃の長子であるルーファス第一王子は、見目麗しく聡明で、稀に神から授かるという加護を持って生まれたため、まず間違いなく王太子から王への道を歩むだろうと思われていた。


          ◇


 ――――――――――ルーファス第一王子視点。


 父陛下は一代の英傑だ。

 いつも自信に満ちていて判断を誤らない。

 その秘訣は何かと聞いたことがある。


『なあに、王の仕事など、情報を集めさせることと決定することだけだ。あとは部下にやらせればよい』


 いや、その通りだけれども。

 匙加減を間違えないところが父陛下の名君たる所以なのだろうなあ。


 父陛下は女性にだらしないとよく言われる。

 正妃である母上も言っていた。

 女遊びの激しい陛下を、初めは恨みに思ったと。

 でも時間を経るにしたがって陛下の人物がわかってきたと。

 自分は決して粗末に扱われたことがないと。


 ここまで言わせてしまうのだったら、だらしないの範疇ではないんじゃないかな?

 いや、父陛下だけでなく、僕も婚約者を決めなければいけない年齢なのだった。


『自分の女は自分で決めるものだ。まあ側妃ともなるとバランスがあるから候補を出させるがな』


 要するに僕の婚約者は自分で決めろ。

 判断力を試される場面だ、ということだな?

 ちなみに父陛下はどういう基準で女性を選んでいるんだろう?


『いい女だ。それ以外にあるか』


 ごもっとも。

 でも父陛下くらいカリスマがあるならともかく、僕の婚約者ならば後ろ盾としての実力も必要だから、高位貴族の家からもらうべきだ。

 でないと弟達と次代の王を巡って揉めてしまうからな。

 テルフェノ王国にとってよろしくないことだ。


 一般に王妃は伯爵家以上の令嬢からというのがセオリーではある。

 しかし後ろ盾としての実力を考えれば、やはり公爵・侯爵・辺境伯家のいずれかから迎えるべきだな。

 幸い数人僕と年回りの合う令嬢がいるから。

 誰を選ぶ?


『いい女だ。それ以外にあるか』


 父陛下の言葉再び。

 妙に説得力があるなあ。

 となるとやはり王立学校の同級生、プラチナブロンドの髪が美しいアリクシア・ペールクレイン侯爵令嬢だろうな。

 学業成績も申し分なく、雰囲気のある立ち居振る舞いに惹かれる。

 西の雄ペールクレイン侯爵家なら僕の後ろ盾としても十分だろうし。


 しかしアリクシア嬢に思わぬことを言われた。


「殿下と婚約することはできませんわ」


 断られるのは想定外だった。

 ともにクラス委員としてよく話す機会もあるし、気も合うと思っていたから。

 いや、確かに他の令嬢みたいに僕の婚約者の座を狙ってベタベタしてこないなあとは思っていたけど。


「何故!」

「わたくしと殿下はきょうだいですから」


 僕とアリクシア嬢がきょうだい?

 つまりアリクシア嬢は父の子ということか?

 ……なるほど、あり得なくはないが……。


 僕は神の加護を持っている。

 加護の内容を公表したことはないが、人の話したことの真偽がわかるという異能だ。

 しかし、アリクシア嬢の『わたくしと殿下はきょうだいですから』との発言の真偽がわからない。

 こんなことは初めてだ。


「アリクシア嬢と僕がきょうだい……」

「ええ。我が国できょうだいは結婚できませんからね」


 まただ。

 『ええ』の部分が真のようにも偽のようにも思える。

 しかし『我が国できょうだいは結婚できませんからね』は真だ。

 とするとアリクシア嬢は、僕の加護を妨害するような何かをしているわけじゃないってことになる。

 どういうことだろう?


「……アリクシア嬢はひょっとして、僕の加護がどういうものか知っている?」

「伺っています」


 なるほど、ペールクレイン侯爵家の令嬢だものな。

 高位貴族ともなると僕の加護についての情報も持っているか。

 しかしアリクシア嬢の試すような微笑。

 アリクシア嬢自身も真偽がわからないということなのか、あるいは……。


「少し質問していいかな?」

「何なりと」

「アリクシア嬢は陛下の子なんだ?」

「はい」


 失礼かと思ったが、あえてストレートに聞いてみた。

 父陛下が正しい判断は正しい情報から、と言っていたから。

 そしてこれについては淀みなく真か。

 であればつまり……。


「……きょうだいであること以外で、アリクシア嬢が僕と婚約することに障害はあるかな? あるいは僕を気に入らないとか」

「……強いて言えばわたくしがペールクレイン侯爵家の一人娘であることでしょうか? もっとも親戚から養子をもらえば済むことですけれども」

「僕個人に意趣はある?」

「まさか。ルーファス殿下は素敵だと思います。婚約者になっていただけるならば、これほど嬉しいことはありません」


 いずれも真だ。

 特に『婚約者になっていただけるならば、こんな嬉しいことはありません』という行。

 強い肯定を感じる。

 そして『婚約者にしていただけるならば』ではなくて、『婚約者になっていただけるならば』と言った理由は?


 ……なるほど、そういうことか。


「アリクシア嬢、感謝する」

「いえ、とんでもないことでございます」

「僕のほうでも調査してみる。なるべく君の希望に沿うようにしたい」


 ああ、感情の乗った美しい笑顔だな。


          ◇


 ――――――――――後日。


 母に聞いたところ、あっさり認めた。

 僕は父陛下の胤ではなかった。

 しかも何と父陛下はそのことを知っているのだという。


『血統とは確かにアドバンテージではある。が、ルーファスのように神に愛され加護を得るほどの者ならば、俺の血を継がずとも王でいい』


 父陛下は器の大きい人だ。

 母上もそれを聞いて父陛下に心服したという。

 僕の同母弟エリオットは正真正銘父陛下の胤だそうだ。


 僕には選択肢があった。

 王になる道。

 王位継承権を捨てる道。


 王になるならば表向き父陛下の子でなければならない。

 となると僕とアリクシア嬢はきょうだいということになるから、結婚はできない理屈だ。

 ただ実際には僕は父陛下の胤ではない。

 だからアリクシア嬢の『殿下と婚約することはできませんわ』という発言は、真であり偽であるということになるのだ。


 アリクシア嬢は知っていた。

 全てを汲み取ってくれて、選択を僕に委ねた。

 もっとも胤がどうこうと言いだすのは不敬と感じたからかもしれないけど。

 でもアリクシア嬢の試すような瞳は……。


「どうだ、決まったか?」

「陛下」


 父陛下に頭をポンポンとされた。

 血は繋がっていなくとも愛情を感じる。


「決まりました」

「どうする?」

「はい。僕は王位継承権を放棄し、ペールクレイン侯爵家の婿に入ります」


 アリクシア嬢の言い方からするとおそらく、僕が父陛下の血を継いでいないことを知っていたのだ。

 となると他にも知る者はいるだろう。

 僕が王位を求めるのは乱の元だ。


 父陛下はちょっと残念そうな顔をした。


「そうか。ルーファスが一番出来がいいんだがなあ」

「エリオットも悪くないですよ」

 

 僕が王位継承権を放棄すれば、三人の王子の誰かが次代の王となる。

 でも正妃である母上の子はエリオットのみ。

 かつ同母兄の僕が大貴族ペールクレイン侯爵家の婿であれば、エリオットの優位は動かないだろう。


「まあいい。自分の道は自分で決めるものだ」

「ありがとうございます」


 心からそう言ってくれている。

 父陛下が認めてくれた僕の道だ。

 目の前が晴れたように感じる。


「陛下が以前仰ったではないですか」

「む? 何をだ?」

「女性を選ぶ基準は、いい女であることだって」

「ハハッ、アリクシア嬢はいい女だろう?」

「はい」

「ただ、ペールクレイン侯爵家の血は継いでないからな」


 あ、父陛下もアリクシア嬢が自分の子だって把握してるんだな。


「ルーファスは母方の祖母がペールクレイン侯爵家の出だろう? ペールクレイン侯爵家の親族どもを黙らせる材料にはなる」


 ペールクレイン侯爵家も跡継ぎ問題で内紛があり得る事態だったのか。

 知らなかった。

 父陛下がニヤッと笑う。


「情報は大事だぞ」

「はい」


 さすがは父陛下だ。

 見透かされている。


「まあルーファスなら安心だ。アリクシアをよろしく頼むぞ」

「娘だからですか?」

「いい女が困ってるところを見たくないからだ」


 真だ。

 ブレない人だなあ。


          ◇ 


 ――――――――――アリクシア視点。


 ルーファス殿下が王位継承権を返上し、ペールクレイン侯爵家への婿入りを前提に、わたくしの婚約者になってくださいました。

 もちろん公にはなっていませんが、わたくしは父の血を引いていません。

 しかし縁者の中には知る者もいて、侯爵位を狙い蠢動しそうな状況でした。


 幸いルーファス様が婚約者になりましたので、不穏な動きはいっぺんになくなりました。

 ペールクレイン侯爵家の血を引き、さらに王子であるルーファス様に文句なんか言えませんから。

 騒動を未然に防いでくれたルーファス様には感謝しかありません。


「距離近くない?」

「お嫌いですか?」

「いや、好きだよ」


 お茶会の時はルーファス様にべったりくっつくことにしています。

 はあ、落ち着く。


「アリクシアはもっと真面目で淑やかでクールな人かと思ってたんだ」

「勝手なイメージですわ。わたくしは愛情深い性格だと自負しております」

「ふうん、そう」


 ルーファス様も満更ではなさそう。

 もっとも加護持ちのルーファス様なら、わたくしがどう思っているか、ある程度把握はされているのでしょうけど。


 わたくしは一人娘です。

 だからきょうだい愛を知らないのです。

 どうやらお父様(侯爵の)は子供を作れない身体のようで。

 お母様が当時王太子だった陛下に胤をねだったとか。


 陛下も『いい女の頼みは断れない』と快諾してくださったとか。

 お母様も家族だけの時は自慢げに話すものですから。

 お父様が複雑な顔をしていましたよ。


 ですからお父様との関係も微妙でした。

 わたくし自身も気付いていませんでしたが、ルーファス様と婚約して初めて、わたくしには愛が足りていないのだと知りました。

 今は足りない愛を補っている真っ最中です。


「わたくしとルーファス様がイチャイチャするのは、いいことばかりです。国の安定にも役立ちます」

「正解ではあるね。つい一ヶ月前にアリクシアがそんな甘い言葉を吐くとは、想像もしていなかったけど」


 にこやかに微笑み合います。


 ペールクレイン侯爵家の血を引くルーファス様と陛下の胤であるわたくしのカップルが磐石であれば、ペールクレイン侯爵家はまず安泰。

 そしてルーファス様の同母弟エリオット殿下が王太子になるならば、ルーファス様はさりげなく後押しするでしょう。

 王家もペールクレイン侯爵家も揺るぎませんね。

 わたくしもルーファス様から愛を補充できて万々歳です。


「アリクシア、ありがとう」

「何がですか?」

「初めて婚約について話した時のことさ。僕は何も知らなかったんだ」


 やはり。

 ルーファス様が陛下の胤でないというのは、ほとんど誰も知らない話だったのでしょうね。

 わたくしだってお母様が正妃様の親友でなければ、知る機会などなかったでしょうから。


「謎めいた言い方をされて、僕にも選択肢を残してくれて。そんな賢い君が最高だと思ったんだ」

「しかしルーファス様には知らんぷりして王になる選択もあったと思いますが」

「陛下が言ったんだ。王なんて幸せになれない。いい女を抱くほうが幸せだって」


 まあ、陛下ったら。

 ルーファス様もわたくしをいい女だと思ってくださるのですね。

 喜びの感情が湧き上がります。


「僕も何の因果か運命のいたずらか、王位かアリクシアかを選択することになってしまったからね。いい女を取ってしまったよ」

「ありがとうございます。わたくしは幸せです」


 王位を捨ててまでわたくしを選んでくださったくらいですから。

 わたくしはルーファス様にもらってばかりのような気がいたしますね。

 これではいけません。

 わたくしもルーファス様に幸せを与える立場にならなくては。

 頬にちゅっ。


「あ……」

「い、今はこれで精一杯なのです。その内目にもの見せてやるのです!」


 ああああああ、我ながらよくわからない宣言を!

 でもルーファス様は笑っていらっしゃいます。

 素敵に落ち着いていらっしゃいますねえ。

 多分わたくしの言葉の中に真実を見たからでしょう。


「ありがとう。アリクシアは理性的で奇麗な令嬢だと思っていたけど、可愛いところもあるんだね」

「もう、ルーファス様ったら」

「一人で二度おいしい」


 ルーファス様の側にいると、とても満ち足りた感じがします。

 王立学校ではさりげなくルーファス様を目で追っていました。

 ルーファス様にアタックする令嬢を、いいなあと思って見ていたのです。

 わたくしの手には入らないものだと思っていましたから。


 ルーファス様と目が合います。

 優しく柔らかな眼差しです。

 願わくばルーファス様が陛下に似て、やたらと女好きでありませんように。

 あっ、ルーファス様と陛下は血が繋がっていないのでした。

 じゃあ安心ですね。


 侍女がハーブティーを持ってきてくれました。


「ルーファス様。乾杯しませんか?」

「いいけど、何に?」

「数奇な運命に」


 ルーファス様も共感してくれたようです。

 お互いの杯を高く掲げます。


「不思議な巡り合わせに乾杯」

「幸福な未来に乾杯」

 ――――――――――ペールクレイン侯爵家の侍女の会話。


「アリクシア様はルーファス様を好き過ぎよね」

「最早あれはお茶会じゃなくてイチャ会」


 最後までお読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
登場人物がみんな大人というか、真の意味で懐が深い方たちばかりで、 こういうのが、本当にちょっとやそっとじゃ「表情にでない貴族」ってやつなんでしょうね 結構、難が深いというか、どろどろにハマりそうな話…
陛下、嘘を見抜く相手のあしらい方が上手だなぁ
ルーファスの実父は誰なんだろうという疑問が……。 異国の王子様ではありませんように。
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