殿下は何と言ったのかしら?
「それで、殿下は何と言ったのかしら?」
視線をまっすぐ向けると、目の前に立つ令嬢は大きな声で訴えてくる。
「私、王子様と想い合ってるんです。オリアーヌさん、王子様と婚約破棄してください!」
王子と婚約している私、オリアーヌは白けた気分になりながら問う。
「それはさっきも聞いたのだけど、あなたのお気持ちでしょう。殿下はあなたに、何と言ったの?」
「え……あ、いつも可愛いと言ってくれてます」
「殿下があなたに、ね……本当に?」
視線が鋭くなる。目前の圧に耐えられなかった令嬢は、小声で答えた。
「……家族に言われてます。王子様とも釣り合うくらい、可愛いって」
「そう。殿下は、私と婚約破棄すると言ったの?」
「それは……」
「殿下から言われた言葉は何かしら?」
「……可愛らしい、って」
「それは誰が言ったの?」
令嬢は言葉に詰まって、視線を左右にさまよわせてから口を開いた。
「……王子様のお友達です。お友達が言ってたんだから王子様だって同じように思っているはずです!」
「いいえ、もういいわ」
「でもっ」
「にっこりと微笑んであなたを見てたのだから愛されてるはず、なんて言わないでくださいませね?」
「……」
なんで言ってないのにわかったの?
って顔をしているわ。同じような話を吹っかけてくる令嬢が何人もいるからよ。飽きるほどね。
名乗りもせずに話し出した令嬢の名前は知らない。家名くらいは頭にあるが、抗議文の宛先と王家への報告に綴ったら覚えておくつもりもない。
貴族学園に入学後、王子の顔面につられた令嬢が私の元にくるのは日常茶飯事だ。
目が合った、私に笑いかけてくれた、私にだけ優しい言葉をかけられた、こっちに手を振ってくれた、全部令嬢の思い違いなのだが。
当の本人が愛想を振りまくので、勘違い令嬢が次々生まれる。
「せっかく母上から受け継いだんだから、うまく使わないと」
美しさと気品を兼ね備えた王妃をいいとこどりした見た目の王子は、外向きの笑顔を標準装備している。これが大層好評だった。外交にも役立てているので悪いとは言えない。
長所を活かすのはいいけど、令嬢は除外してほしいわ。
迷惑を被るのは私だけ。あと、愚痴を聞かされる私の侍女と王子の側近かしらね。
ある日、王城での授業が王妃殿下の急用で短縮されて時間に余裕ができた。王子の予定を尋ねると、側近の迎えがあり私室に通される。
近頃は予定が合わず定例の茶会も組めないので、時間が空いたら相手の予定を確認して会う機会を作っているのだ。
王子が部屋に戻るまで、私の侍女と王子の側近に愚痴を聞いてもらう。
「彼女達が憧れるのはわからなくもないのよね。殿下は魅力的だもの。でもね、物語の中の王子様みたいに完璧なところばかりじゃあないのよ。殿下だって気を抜いたら欠伸するし、頬杖ついたりお行儀悪い姿勢になったりするのよー、って教えてあげたいわ」
……教えないけど。
「頬杖ついた殿下が、お嬢様の一番好みのお姿なんですよね」
知ってますよ! と侍女が口を開く。
「そんな殿下が見られるのは私室にいる時だけですから」
側近までするりと話に入ってきた。
室内の二人は私の愚痴に慣れっこなので、遠慮なく言葉を挟んでくる。
「令嬢の対応係にされるのは迷惑よ。次々わいてくるし。婚約破棄しろだなんて、よく言えるわよね。
……でも、殿下のことは好きなのよ。政略の相手が殿下で幸運だったと思ってるわ。愛想笑いは、はっきり言うと嫌いなんだけど」
殿下への想いがするする出てくる。こんな事は外では言えない。
「外面がなくても評価されたいって頑張るところが、いいの。外交の時も相手国の歴史書を読み込んだり、マナーの違いも細かく調べて実践されてるし、勤勉で素敵よね」
侍女も側近も聞かされすぎて表情が無になっているけど、気にしない。
「容姿も今使えるものは使うって割り切ってて
芯がぶれないところも、大好きなんだけどね」
「べた褒めするのはご本人のいる時にしてくださいよ」
「殿下に言うなんて……」
できるわけないじゃない、と思った時、後ろから声が割って入った。
「それは褒められてるのか?」
殿下本人に聞かれ……た。
「殿下?!まだ時間がかかる予定では」
「オリーが来てるって聞いて、急いで終わらせて来た」
「えぇ?そんな」
いつの間に入っていらしたの?
ノックに気付かなかったなんて!
「続きを聞かせてくれる?」
「嫌ですわ」
そんなの、目の前に殿下がいるのに言えないわ……。
「なぜ?」
「殿下を前にすると本音が逃げていくんですの」
「……逃げる前につかまえないと」
「ははっ、殿下も同じようなこと言ってましたね」
側近が苦笑しながら暴露する。
何ですって!
「あら、殿下は何と言ったのかしら?」
「言うなよっ」
「自分、最近物忘れがひどくて。詳しくは殿下本人からどうぞ!」
側近は侍女に目配せすると同時にさっと室外に出た。扉はほんの少し開いているが、殿下の私室には二人きり。
「二人きりになるなんて、初めて……」
自分で言っておきながら、ブワッと赤面したのがわかる。こんな顔見せられない、と思ったら殿下は背中を向けている。
「あぁ、そうだな」
普段の会話より上擦って聞こえる殿下の声に心拍数が上がる。
「今まで直接伝えたことはなかったが……オリーは、誰より綺麗だと思う。いや、容姿も好きなんだがそれだけではなくて。人が気付かないうちに動いてやりやすくしてくれていたり。時間を見つけては私のところに来てくれるのも、好ましいと思っていて。所作も美しくて、自然と目で追ってしまうんだ」
「殿下……」
そんなふうに思われていたの?
殿下がゆっくり振り向いて、私の両手をそっと握った。
「その、もしよければ……オリーには名前で呼んでほしい」
「いいのですか?」
「うん。呼んでくれたら、嬉しい」
「私も名前でお呼びしたいと……嬉しいです」
「愛想笑いは、どうしたらいいかな?」
「ご令嬢達にはほどほどになさって。ここぞという時に使ってくださいませ」
「肝に銘じるよ」
それから、心に溜めていたことを話した。お互いにかなり不器用な伝え方だったと思う。
「はい、時間ですので入りますよー」
ノックの後に殿下の側近が入ってくるまで短かすぎて、言えていないことの方が多い。
馬車が出るまで殿下に見送られ、侍女と二人になってはっとする。
もう日が暮れてすっかり暗くなっているのを見て、随分時間が経っているのに気付いた。
侍女は私の向かいの席で、したり顔で座っている。
また今日のように殿下と話がしたいわ……。目を閉じて、満ち足りた気持ちで馬車に揺られた。
end
オリアーヌの愚痴に付き合ってくださった皆様、読んでいただき、ありがとうございます!




