【短編版】元勇者パーティのアイテム係 ~影の薄いアイテムおたくは無口で巨乳な魔導機械人形と旅に出る~
(……ああ)
急激に、眠気に襲われる。
(なんでだろうなあ)
成人ほやほやと間違えられる顔で、
存在感がなくて、
(隙あらばアイテム語りしてくるような奴なのに)
こと戦いの場になると、ひっくり返る。
(……あんしん、すんだ)
凛々しいその姿の――なんて、頼もしいことか。
だから、こんなに、瞼が重い。
きっと、勇者たちもそうだったのだろう。
それがどんなに絶望的な状況でも。
何とかなる。
(こいつが…………)
ラットが、いれば___。
*
チーズ…………。
それはエリクサーと同じくらい、蠱惑的な響きだ。
「……い」
名前だけではない。濃厚な香り、触れた時の柔らかさ。何より、口に入れた際の、あの、とろけるような味わい。
「お……ト……」
街特産のパンにかけられた大量のチーズは今も、口の中を甘やかにとかしている。噛めば噛むほど芳醇な風味が広がり、この上ない幸せを与え……
「ッおい! 聞いてんのか、ラット!!」
「んぐっ!」
名前を叫ばれ、ラット・クリアノートは、夢から覚めた。
むせる。早朝の爽やかさが残る街の食事処に、耳障りな雑音が響き渡るのを止められない。
「ちょっと大丈夫?」
「リーダーが大声出すから」
「いえ、僕の不注意です。昨日遅くまでアイテムをいじっていて、ついウトウトしてしまいました」
弓使いから差し出された水を飲み、ようやく落ち着いた。
溜飲を下げてくれた剣士が、改めて口を開く。
「だから、本当に一緒にギルドについてこなくていいのかって訊いてんだ」
辺境の村で暴れていた大型の魔物の討伐。ラットはその際に知り合った新人の冒険者たちとこの風車の街ヴィントミューレにやってきていた。食事処で、食べながらこの後の予定を相談するはずが、不覚にも、脱落してしまった。
本題に戻ろう。
「アレを倒せたのは、皆さんの力ですから」
自分は大したことはしていない。
あの熊型の魔物を倒せたのは、この四人がいてこそだ。
四人の勇気。特に、剣士の勇気には、胸を打たれるものがあった。だからこそ勝たせたいと強く思い、全力で協力した。そう。勇者パーティのアイテム係として、ただ力を貸したに過ぎない。名声も報酬も、彼ら冒険者たちだけのものだ。
「お前がいいなら、いいけどよ」
何か言いたげな様子を見せながらも、剣士はラットの意思を尊重してくれた。
「そんじゃ、戻ってくるまでの間、観光してたら?」
弓使いのお言葉に甘えてラットはぶらぶらすることにする。
そうと決まれば、どこに行こうか。
「ラットが行くなら、ジャンク屋だね」
「じゃん……? 何それ」
槍使いに向かって、弓使いが首を傾げる。
「アーティファクトは知ってるか?」
「あー?」
「勇者の世界の科学という技術を、魔法の学問である魔導学と組み合わせたのが魔導科学。そこから生まれた人工物よ」
「そう、そのアーティファクトを売ってる店が、ジャンク屋さ」
「レアアイテムっぽい響きなのに、ジャンク屋なの?」
弓使いの疑問を、剣士が豪快に笑い飛ばした。
「アーティファクトっつっても、実際は訳わかんねぇ代物ばっかだからな!」
「いや〜、ほんとそうなんだよリーダー。俺はこの街出身なんだけどさ、ここのジャンク屋はとりわけすごいんだ。アーティファクトが店の外にまでゴロゴロ転がってて、もうごっちゃごちゃ。今は店主の娘さんが後を継いでるんだけど、その店主の頃はとにかくやばかった。頭いいのにくだらないものばっか発明しちゃって、街中が噂してたね。あの博士は――」
「大天才ですね」
「そう、だいて……大天才!?」
槍使いに鼻息を荒くして同意する。
「素晴らしいです。次から次へと宝物を生み出して」
「宝物!?」
「宝物に決まってるじゃないですか。アーティファクトですよアーティファクト! 人類の叡智を溢れるほどに発明できるなんて、大天才以外の何者でもありません。ああ、思い出します。僕とアーティファクトの出会いは――」
「お見事! やっぱりラットはお目が高い! 変わり者……大天才が生み出したガラク……宝物の価値が、ラットならわかると思ったよ。はい、これジャンク屋までの地図。俺たちは先に行くから、また後でね!」
そそくさと席を立たれる。アーティファクトとの感動的な出会いを語りたかったが、時間には勝てない。
仕方ない。
残りのチーズを堪能した後、早速ジャンク屋へと向かった。
*
昼時を間近にして活気づく食事処の平穏を、扉の開閉音が打ち破った。
「おい聞いたか!? 最果ての村で暴れてたあの魔物、新人の冒険者パーティが倒したらしいぞ!」
駆け込んできた冒険者の一言に、食事処は一転してどよめきに包まれた。
食べかけの料理を捨て置き、冒険者たちがこぞって食事処を飛び出していく。
閑散とした空間に、居残る者が一人。
「へえ。やるじゃないか」
唯一の客となった紫色の髪の少年は、痛いほどの静寂をものともせず、ナイフとフォークを危うげなく使う。
「見ものだな」
不敵な薄ら笑いを浮かべ、切り分けた肉を口内へ優雅に運んだ。
*
翌日__。
ラットはジャンク屋へと改めて向かっていた。と言うのも、謝罪のためである。
昨日、店主を深夜まで飲まず食わずで接客させてしまった。すべては、ラットがアーティファクトの一つ一つに興味を惹かれてしまったせい。さすがに、さすがに深夜まではやり過ぎた。とんだ営業妨害だったに違いない。
また、体調も心配だ。
嫌な顔一つせずに接客してくれていたが、実際は限界だったのではないか。体調不良で今日は臨時休業、なんてことになっていたら――
「いらっしゃいませ……」
が、店主は至って普通だった。
艶のある黒髪を肩に流した、自分と同じ年頃の少女。柔らかな曲線を覆い隠す、油汚れの目立つ作業着。工具一式が入ったウエストポーチ。
黒く塗り潰された無機質な双眸は、昨日と同様にラットを見つめている。
店主を見つめ返す。クマもなければ、コケもない。ごくごく平然としている。
「昨日はすみませんでした」
頭を深々と下げ、ここに来た目的を果たす。
「……どうして謝るの?」
「昨日は長々と拘束してしまい、多大なご迷惑を……」
「お客様に接客するのは、当たり前……」
寛大な言葉に顔を上げる。見直した店主は変わらず彫刻のようで、思い切って尋ねた。
「……あの、お身体、何ともありませんか?」
店主がまた、小首を傾げる。
「実は僕、これでも冒険者でもあるんです。才能はからっきしですが、体力は少なくとも一般の方よりはあると自負してるんですよ」
目の前の少女よりは強いと言い切れる。
「そんな僕ですら昨夜はげっそりしてしまったのに、お変わりなさそうに見えるものですから。本当に、大丈夫ですか?」
顔色を改めて窺う。実はすごく無理をしているのでは――
「大丈夫」
即答された。
そして、聞いた。
「わたし、ギアノイドだから……」
衝撃の一言を。
「――ギアノイド!?」
大声が出た。
「魔導科学の夢、完全自律で動く人型の魔導機械……!」
視界が輝きかけて、
「いえ、でもギアノイドは、まだ構想段階のはず……」
勇者たちと共に色々な世界を旅してきたが、ギアノイドに出会ったことは終ぞなかった。
店主の手が、自らのうなじに伸びる。
「……!?」
そこから引きずり出された、あるはずのないコードに、釘付けになった。
「ほ、ほんものだ……!!」
疑いが消える。
――ギアノイドだ!
「既に、実現していたんですね……!」
店主がこくんと頷く。
「本当に……人と、見分けがつかない……」
コードを収納したうなじに触れる。
未来の存在と今出会え、声の震えが止まらない。
「そうだ、僕、店主さんに見せたい物があるんです!」
謎が解けたところで、本題へ入る。
「たくさんの宝物を見せていただいたお礼に、今度は僕の宝物をぜひご覧に……あれ?」
マジックバッグに入れた手は、しかし、いつまで経っても何も掴まない。
思い出す。
今朝、宿屋の自室で整理した。
大人買いしたアーティファクトを、バッグから取り出して。
もしかしたら、その時に誤って落ち――
「取ってきます!」
扉へ走る。
「きゃっ!」
ちょうど入ってきた仲間の魔法使いとぶつかった。
「ラット、待って、どうしたの……?」
降りかかった彼女の声に応える。
「忘れ物をしました。すぐに戻りますね!」
*
ラットは返事を待たず、走っていってしまった。
残るは、店主と、剣士たちのみ。
じ……、と店主が視線を合わせてくる。
黒い瞳に映す。何も言わず、ぴくりとも動かず、ただただ見つめてくる店主は、やりづらいことこの上ない。
(変わり者の娘は、変わり者ってことだな)
(やめなさいよ)
__ドアベルが鳴った。
振り向くと、紫色の髪の少年が立っている。
いけすかない。一目見て、剣士はそう思った。
目鼻立ちのくっきりとした顔、長い手足、線の細さ。女から黄色い声を上げられて育ってきたに違いない。腰に装備する武器がサーベルという気障ったらしい剣であることも、癇に障る。血色の悪さだけが唯一許せる部分と言える。が、こちらを値踏みするような生意気な瞳のせいで、それすら気に食わなくなりそうだ。
「フレアベアの討伐をギルドに報告したのはお前たちか?」
「そうだが、それがどうした」
「アレはA級の冒険者パーティが複数集まってやっと勝てる代物だ。お前たちのような装備も真新しい新人どもは、まかり間違っても勝てない」
「あ!? 疑ってんのか?」
「本当なら、どうやって勝ったのか教えろ」
「表に出な」
指示に従い、少年が外に出る。
後に続いて、剣士たちも扉をくぐった。
「ありがとうございました」
店主の見送りの言葉は、スムーズだった。
*
「うそ……だろ?」
朦朧とする意識の中で、剣士は思う。
強化水を飲んだ。
足は軽い。
耐久性も増した。
攻撃とて、以前のように単調ではない。
頭を使って組み合わせ、複雑にした。
ラットと出会い成長した。遥かに。
……が、強い。圧倒的に。
あの熊型の魔物――フレアベアとは比べ物にならない。
「化け……物め……!」
「人じゃないと言ったはずだが?」
仲間たちの血を刀身から払い捨て、少年が近付いてくる。
「少し本気を出したらこのザマだ。どうやら、フレアベアを討伐したというのは、嘘だったようだな」
破滅が迫ってきているとわかっていながら、何の構えも取れない。踏ん張り、崩れ落ちないようにするのが精一杯だ。
終わるのか、ここで。
凶刃が振り上げられる。
――ガキン!
硬質な音が、かき消した。
広げた眼の向こう。
鉄鋼が、サーベルを受け止めている。
ゴーレムの剛腕をもぎ取ったようなガントレットを装備しているのは――少女。
ジャンク屋の店主が、無表情に立っている。
「何だお前、こいつらの仲間だったのか?」
一歩も引かぬまま、少年が訊く。
店主が首を横に振る。そう。彼女は仲間ではない。
「なら、どいてろ」
少年が店主へ殺気を向ける。
(やべぇ!)
いくら頑丈そうなガントレットを装備していると言っても、ただの少女である。剣士たち冒険者を圧倒した化け物に敵う訳がない。
「く……そ……!」
助けなければ。しかし、身体が動かない。
サーベルが店主を両断し――
「……!?」
消えた。
斬られたと思った店主が、忽然と、いなくなった。
いや。
いる。
少年の後ろに。
(いつの間に……!?)
少年も面食らったらしい。目を瞠りながら、それでも旋回し、店主に斬りかかる。
三度、火花。ガントレットで防御した店主は、今度は素早く飛び退いた。
かと思えば一気に距離を詰め、躊躇なく殴りかかる。
店主はガントレットから噴き出す風圧を推進力に変え、風を切るように高速移動していた。その加速は、知らなければ一瞬消えたように錯覚させるほど。
二発。三発。四発。サーベルと荒々しく格闘した後で、また遠ざかる。撹乱するように地面を飛び跳ね、再び突っ込む。この繰り返し。
(な、なんだよ、あれ)
目の前の光景が信じられない。
(ジャンク屋の店主だろ……!?)
だが、到底、一般人の動きではない。
少年の舌打ちが響く。どこから来るのかわからない、先の読めない戦法は、やりづらいことこの上ないだろう。
「だが、そんな動きじゃ、僕は倒せない」
フェイント混じりの店主の軌道を、少年が捉えた。
一撃を躱され、隙のできた店主へ、サーベルが煌めく。
とうとう、少年の攻撃が命中した。
だが。高笑いしてもいいはずの少年の口が、どういう訳か、砂利を噛む。
理由はすぐにわかった。
血が、出ていない。
抉られた白い皮膚から露出するものは、無機物。
「お前……人じゃないのか?」
「ギアノイド」
店主が呟く。
「人間族じゃないなら、仲間に入れてやってもいい」
少年がサーベルを下ろした。
「人手不足でな。見どころのある奴には率先して声をかけてる。僕には敵わないが、お前はなかなかの強さだ。敵として殺す、いや、壊すには惜しい」
剣士の聞き間違いではない。
店主を、引き入れようとしている。
押し黙る店主に、少年は言った。
「噂は聞いてる。ヒューマと馴染めてないんだろう?」
変わり者。
くだらない。
ガラクタ__。
槍使いの笑い声を思い出す。
彼女の産みの親と、彼女自身が、この街の中でどんな扱いを受けているかは想像に難くない。
「僕たちの元に来れば、そんな目には遭わない。どんな酔狂な奴でも大歓迎だ。実際、お前みたいな性格の奴もいる」
だが、と少年は言葉を強める。
「ヒューマはそうじゃない。あいつらは、自分たちと違う異端には、どこまでも残酷になれる醜い種族だ。――なあ?」
剣士もまた、彼女を変わり者と蔑んだ内の一人。その過去が、口を噤ませる。
「予言してやる。お前が人もどきだとわかれば、疎外だけじゃ済ませない。徒党を組んで排除にかかる。絶対だ」
少年が踏み出す。
「俺たちと来い」
店主に向かって、手のひらを差し出す。
まずい、と剣士は思った。
もしも店主が頷けば、少年を止める者は誰もいなくなる。すなわち、死ぬ。
変わり者扱いしておいてムシがいい。
わかっている。
けれど、それでも今は、願わずにいられない。
頷かないでくれ。
頼む、助けてくれ!
「わたしは、人でいたい。……行かない」
誘いをはっきりと断った店主の声に、救われた。
引き上げた手のひらで、少年が髪を掻き上げる。
「この俺の誘いを断るとはな」
口を開けて笑い、
「ジャンクが!!」
冷酷に吐き捨て、店主へと斬りかかった。
ガントレットを構えて応戦する店主。
だが、拳は宙を虚しく突く。空振りは凶刃を次々と呼び込み、店主の肌がズタズタになっていく。
傷口は増え続け、ついには、痛々しく放電するまでになる。痛覚がない故か、顔色こそ変わらなかったが、追い詰められているのは明らか。
「スクラップになれ」
トドメが叩き込まれる瞬間を見ていられず、目を瞑る。
――バシャ!
(…………ばしゃ?)
破壊音の割には、やけに、瑞々しい響きだ。
瞼をゆっくりと開く。
そこには、ずぶ濡れの少年と、
息を切らし、汗だくになった、もう一人の仲間。
(……ああ)
急激に、眠気に襲われる。
(なんでだろうなあ)
成人ほやほやと間違えられる顔で、
存在感がなくて、
(隙あらばアイテム語りしてくるような奴なのに)
こと戦いの場になると、ひっくり返る。
(……あんしん、すんだ)
凛々しいその姿の――なんて、頼もしいことか。
だから、こんなに、瞼が重い。
それがどんなに絶望的な状況でも。
何とかなる。
(こいつが…………)
ラットが、いれば。
*
駆け付けたラットは、マジックバックからポーションを素早く取り出す。
少年へ注意を向けたまま、指の間に挟んだ四本の瓶を投げる。バラバラに倒れる剣士たちを、一斉に応急処置した。
濃厚な鉄錆の臭いが纏わりつく。傷口を塞いだとしても、地面に流れる彼らの血は戻らない。
「……あなたが、やったんですか?」
握った拳に爪がめり込む。
「ちっ、また邪魔か」
少年は舌打ちすると、こちらに向き直った。
視線がラットの全身を行き来する。間もなく、少年は堪え切れないように笑った。
「一番の雑魚だな。荷物持ちか何かか?」
「答えてください。あなたが、やったんですか?」
「だったらどうする?」
「何故、こんなことを?」
「将来有望な新人が現れたら、戦いたくなるだろう?」
「なるほど。潰しに来た、という訳ですね」
「浅はかなお前たちが悪い。絶対に勝てない相手に勝ったなんて嘘を吐くから、目をつけられるんだ」
自信を芽生えさせ、希望に満ちていた剣士たち。それを、この少年は、無残に踏み躙った。握り締める拳の痛みが増し、血が出そうになる。
「戦うつもりか?」
気付いた少年が見下してくる。
「今なら逃がしてやってもいいぞ。荷物持ちが逃げたところで、どうってことないからな」
その時、微かに息遣いの音がした。
「……っら、っと」
剣士の声。ポーションが効いたのだろう。目覚めた彼へ、背中越しにすかさず言う。
「喋らないでください」
だが、彼は喋った。
「…………ぇ」
耳に届く一言。
それだけ残し、剣士は力尽きた。
何をすべきか。
どう動くべきか。
彼の命がけの声により、浮かび上がってくる。
計画を実行に移す、そのためには、
「店主さん、動けますか?」
横目で見た彼女は、頷いた。所々損傷しているが、起動に支障はないようだ。
戦える!!
「答えは出たか?」
満を持して、少年に言った。
「倒させてもらいます!」
マジックバックに手を突っ込む。
「……身の程知らずが!」
形相を変えて襲いかかってきた少年へ、投げた。
コボルトホイホイは、あっさり躱される。
続けざまの店主の連打まで、少年は顔を得意げに逸らして空振らせる。無駄なくサーベルを引き寄せ、反撃の刺突。
刹那、再度腕を振る。
飛ばしたのは、スパイダーネット。
少年は店主に釘付けだ。気付いていない。逃げられない。広がる網が、彼を捕らえる。
――シュパパッ!
網が空中分解し、少年の周囲に落ちた。
目を疑う。完全に、死角だったはずだ。なのに、反応した。切断し、無力化した。
直後、鳩尾を狙った店主の拳も見破られる。
「お前らの攻撃などお見通しだ!」
閃いたサーベルが彼女を愉しげに斬り刻む。
その瞬間、ようやく、見えた。
状況の打開策が。
絶望を覆す、希望が。
――最後の欠片が、揃った。
損傷を重ね、ラットの隣まで退却してきた店主に言う。
「すみません、怪我をさせてしまって……だけど、もう一度だけ、協力してもらえませんか?」
漆黒の瞳がこちらを向く。
「出会ったばかりで、こんなことを言うのもどうかと思いますが……信じてください。僕を」
呑み込むように、見つめられる。
「来ないなら、こっちから行くぞ!」
迫る殺気。
終わりゆく時間のなかで、彼女は。
小さく、けれど確かに、頷いた。
「全力で戦ってください。僕が店主さんを支えます」
取ってきたばかりのそれをマジックバックから出しながら、煙玉を地面へ叩き付けた。
*
おかしい。
煙幕に視界を遮られつつ、少年は考えていた。
煙幕自体は取るに足らない。所詮は荷物持ちの浅知恵。こんな煙ごときで少年の能力は潰れない。
そう。だから当然、あの人もどき、ギアノイドの動きは丸見えだ。煙幕越しに懲りずに飛んでくる拳など、余裕で見切れる。はずなのに。
「ッ!」
ガントレットの端が少年の髪を掠める。
(まただ……)
簡単に避けられるはずの拳が避け切れない。
サーベルも当てられず、空気ばかり斬る始末。
ならばと、ズレに合わせて動く。
「っく!」
今度は、頬を裂かれた。
(何故ズレる? ……速度が、変化しているのか?)
何が起きている?
力を隠していたのか?
いや、そんな芸当ができるのであれば、既にしていたはず。
強化水か?
無理だ。
この速度域……。
移動しながらのサポートは不可能だ。
では、一体何故?
考える間に拳が来る。
やむを得ず防御に回る。
横に構えた刀身でガントレットを防ぎ……
――ガキン!
「なっ!?」
弾き飛ばされた。
馬鹿な。いくらギアノイドが怪力と言えど、得物を易々と持っていかれる少年ではない。
答えは、すぐにわかった。
両手が濡れている。
(水?)
否。
(滑る……!?)
――バシャ!
また、喰らった。
(くさい……!)
ぬめりに加え、この臭い。
「っくそ……!!」
飛び退く。
前のも、今のも……
(水じゃない!!)
撤退しかけた瞬間、ギアノイドの無表情が煙幕を割る。
疾風のごとき拳が、鳩尾にめり込んだ。
「ぐっ……!」
後方へ突き飛ばされる。
__ズドッ。
衝突音。崩れたジャンクの山の中で、かちりと、何かを聞いた。
視界を染める紅蓮。
噴出する――灼熱。
燃え盛った炎が身体を丸呑みにし、爛れた叫びが喉を駆け上がる。
髪を乱し、腕を振り、払う。払う。払う。
……が、消えない。
熱い牙は食い込んで離れず、全身を貪られる。まるで、餌でも塗りたくられているかのように。
えさ……。
悪臭が鼻を突く。
(みず……。この……くさい、水のせ……)
頬を殴り付けた怪力が、思考を断ち切る。
衝撃で炎がようやく振り払われ、紅蓮が去る。
鮮やかな青に戻った空の下で、見た。
大きな砲口を構える――荷物持ちの、顔を。
*
ラットの目の前で、店主のトドメの一撃を喰らった少年が吹き飛んでいく。
勢いで炎が鎮火し、臭いだけが残る。
――炎水の臭いが。
地面に倒れた少年が、ぴくりと動く。
土埃から身をどうにか起こした少年は、ラットを睨んだ。
「いつからだ?」
……と。
警戒を解かずに近付きながら、ラットは答える。
「変だと思ったのは、対面した時でした」
思い出す。
「血色の悪さ、微かなすえた臭い」
ただの剣士、ではない。
「意識を取り戻した彼から聞いた、『傷を見ろ。血がねぇ……』の一言」
そして。
「血のない頬の傷を見て、確信しました。あなたが死体――つまり、死霊系の魔物であることを」
人のフリをした、人ならざる者。
「種類の特定まではできませんでした。ですが、死霊系の魔物は弱点が火であることが多い。だから、炎水……燃える水を浴びせた後で、突き飛ばしてもらいました。魔導コンロまで」
魔導コンロが外にも置かれていたのは僥倖だった。
本来であれば大したことない火も、炎水というアイテムを使った上でならば、話は違う。火に触れると燃える水は爆発的な炎上を発生させ、店主を勝利へ繋げた。
「とは言え、最初から狙っても上手くなんかいきません。あなたの職業は〝予言士〟ですから」
「……そっちは、一言も喋ってないぞ」
「店主さんの攻撃や僕のスパイダーネット。死角だったにも関わらず、あっさり避けたでしょう? 何より、相手の未来が読めていると言わんばかりの先回りや、避けた先への攻撃。喋らなくてもわかります」
「……それで、煙幕か」
「予言士は相手や周囲の情報から、未来予知とも言える予測をする職業です。情報を遮断されたあなたは、読み通り、これまでの情報から店主さんの攻撃を予測しました。店主さんの速度が変化しているとも知らず」
「どうやって、速度を変化させた? こいつのあの速度域で、アイテムなど当てられないはずだ」
「これを使いました」
手に持つ、腕くらいの長さの砲身のそれを見せる。
通常の銃とは違う。
「仰る通り、店主さんは縦横無尽に飛び回る戦法なので、投げてだと追い付けません。だから、撃ち込みました。速力の水と、弱化水を交互に、段階的に」
この宝物__アーティファクトにより、投げるよりも速く、さらに遠距離からアイテムを的確に当てることができる。
「動きを読まれてしまう以上、近付くのは危険ですし。今回のような戦いでは、ぴったりです。まさか、こんな形でお披露目するとは思いませんでしたが」
……胸が痛む。
店主に対する礼のためのアイテムが、血生臭くなってしまった。
「強化水だけじゃなく、弱化水まで使って変化をつけるとはな……あのぬるついた水も、計算の内か?」
「滑水ですね。滑りやすくして、サーベルを少しでも振りにくくできればいいなって程度だったんですけど、いい仕事をしてくれました」
少年が唇を噛む。
「……まんまと、踊らされた訳か」
「状況を誤認させ、こちらの優位に変えていくことが、僕の役割です」
足が、彼の前まで辿り着く。
捕まえようと、並ぶ店主が拳を振り上げる。
その時、突然、白がちらついた。
少年を守るように現れたのは、白髪の少女。
「あなたは……」
「今回は、僕の負けだ」
少年の声が言葉を遮る。少女に支えられて立ち上がった少年は、ラットを見据えて言った。
「僕はトゥーロ・グリード。お前は?」
まっすぐに見返し、名乗る。
「ラット・クリアノートです」
「……ラットか。覚えておいてやる」
店主が動く間もなく、少年――トゥーロと、少女は、幻のように姿を消した。
*
日が暮れた頃、ギルドのベッドの上で剣士が目を覚ました。
ベッド近くの椅子に座り、ラットは事の顛末を話し終える。
意識を取り戻すのは時間がかかるだろう。ギルドのかかりつけ医の見立てを聞き、肩を落としていたのに。いち早く意識を取り戻したのだから、さすがリーダーだ。
「明日、旅立ちます」
ラットには目的がある。その言葉を聞き、満足そうに、剣士が目を細めた。
「飯と睡眠っ!!」
剣士の思わぬ早口言葉に、転びかけた。
「疎かにすんなよ。お前はアイテムのことになると見境なくなっちまうんだからさ」
「あは……善処します」
*
扉を閉めると、足音がした。
どうやらラットが部屋から出てくるのを待っていたようだ。
「あなたはまだ、この街にいる?」
ラットは首を横に振った。
「やらなくてはならないことがあるんです」
「いつ出発するの?」
「朝起きたらすぐ」
「わたしも連れていって」
顔を上げた。
「わたし、感情がわからないの」
暗がりに沈む店主。
「はじめてなの……」
その顔が、闇を晴らした月明かりに、浮かび上がる。
「あなたといると――胸が、少しだけ、あたたかくなった。はじめてなの」
温もりを湛えた瞳から、目を離せない。
「あなたと一緒なら、感情がわかるかもしれない」
――だから。
「わたしも連れていって」
真剣な眼差し。
彼女の逸れぬ瞳に、負けた。
「わかりました。一緒に行きましょう、店主さん」
笑いかける。
「……ミル・テクノ」
ぽつりと聞こえたそれが、彼女の名前。
「僕はラット・クリアノート。よろしくお願いします、ミルさん」
今度は、彼女が首を横に振った。
「……ミル」
言葉は足りないのかもしれない。だが、彼女はラットと剣士たちのやりとりを、じっと見ていた。感情を得るために旅の仲間として信頼関係を築いていきたい、ということなのだろう。
ラットは頷いた。
「よろしくね、ミル。僕のこともラットと呼んで」
「よろしく…………ラット」
こうして、魔導機械人形・ミルとの新しい旅が、始まった__。
読んでくださり、本当にありがとうございます!!
皆さまからいただく感想や応援が、〝いい作品にするぞ!〟という原動力になっています。
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、
「ブクマ」や「評価」、「感想」はもちろん、
リアクション(顔文字のやつ)だけでもとても嬉しいです。
感想は一言でも大歓迎です。
どんな形でも反応いただければ、とても励みになります。
連載版も投稿しております。
ラットたちの物語をもっと楽しみたい方は、ぜひ本編も読んでみてください。
元勇者パーティのアイテム係 ~影の薄いアイテムおたくと無口で巨乳な魔導機械人形が、〝お尋ね者勇者〟を救います~
(毎日7時10分更新)




