魔女占いと婚約破棄
必ず当たるという魔女占い。
「おや、困ったね……」と、占いの魔女は眉根を顰めた。
……運勢が、悪いのかな?
まあ、もともと、私の運は、悪い、けど。
運というか、婚約者が悪いんだけど。
「困ったとは……、何か私の身に起こるのですか?」
「何と言ったらいいのかねぇ……。まあ、これをご覧よ」
木製の丸テーブルの上には大小さまざまな形の水晶が、七つほど並んでいる。
その七つの内、一つだけがぼわーっと淡い光を放ち、残りの六つは真っ黒だった。
「アタシの占いはね、一つの水晶が七日分の運勢を示す。七つの水晶があるから、四十九日分だ」
「はい」
「一つは薄ぼんやりとしているが光っている。だが、残りの六つが黒い」
確かにそう。光っているのはたったの一つ。
……やっぱり運気が悪い?
「……黒いと言うことは、おまえさんの未来はアタシには見えないということだ」
「見えない……ということは、つまり……」
私は七つの水晶をじっと見る。何度見ても、目を擦ってみても、光っているのは一つだけ。
「私の命の残りは七日しかない……と、判断しても良いのでしょうか……?」
「………………占い、だからね」
占いだから、外れる時だってある……かもしれないけど。
でも、明らかに六つの水晶は真っ黒。
未来が見えない。未来がない。……どう考えても私は死ぬとしか……。
いや、もしかしたら死ぬのではなくて、暗黒の未来を生きるの……?
どっちも嫌だ。
というか、未来がこんなにも真っ黒なら、死んだほうがしあわせなんじゃあ……。
「……ありがとうございました。失礼いたします」
私は立ち上がって、魔女の家を出る。そのまま私は屋敷に帰った。
食事もとらず、湯あみをすることもなく、自室のベッドに横になる。
毛布を被り、そして、考える。
「七日。今日を含めて七日なら、明日になったらあと六日……」
一番最初に思ったのは、このまま死にたくないということ。
「死にたくない……。クズ男の婚約者のまま、死にたくない……。それから……、生き延びても、未来が暗黒……。嫌だ……、どっちも嫌」
私には、好きな人がいる。
もちろん片思い。
告白どころか話をしたこともない。
遠くから見つめるだけの恋……だった。
だって、親が決めた婚約者が居る。
爵位と外見だけが良いクソ男。
……もしかして、私の未来が暗黒なのは、アイツが元凶なのでは?
「よし……っ!」
だから、決めた。
次の日の放課後、私は貴族学園内のカフェに向かった。
そこには私の婚約者であるユベール・ド・カルヴェズ侯爵令息が大勢の女生徒に囲まれている。
金髪のエレーヌ嬢、ブルネットのジャンヌ嬢、薄紅色の髪のメラニー嬢……。後の名は知らないけれど、まあ、いつもながらモテモテの婚約者殿だ。
「あらぁ、アドリエンヌ・ド・ランクザン伯爵令嬢じゃないのぉ」
にやにやとした気持ちの悪い笑みを浮かべて私の名を呼んだのがエレーヌ嬢。ユベール様の右腕に、その豊かな胸を押し付けるようにして座っている。
「うふふふふ。ユベール様があたしたちに囲まれているのを見て、嫉妬心にでも駆られたのかしらぁ」
これはブルネットのジャンヌ嬢。ユベール様の左の太ももに、ご自分の掌を当てている。
「嫌ねえ嫉妬なんて、アタシたちは、ユベール様と仲のいいオトモダチってだけの関係なのにぃ」
ユベール様の真正面の責に座っている薄紅色の髪のメラニー嬢が嗤う。
ユベール様と彼女たちを取り囲むようにして席についている幾人ものご令嬢も、今の私にとってはどうでもいい。
無視、一択。
私はユベール様のテーブルから少し離れた場所で足を止めると、息を吸って、カフェ内に聞こえるほどの大きな声を出した。
「ごきげんよう、ユベール・ド・カルヴェズ侯爵令息。早速ですが、あなた様との婚約を破棄させてくださいませ」
「は?」
聞こえていないわけはないだろう。私はかなり大きな声を出したのだから。
カフェにいる、ユベール様たち以外の他の生徒たちも、私を凝視してきたくらいなのだから。
「破棄でも解消でも白紙でも、形式はなんでも構いません。ただ、今を限りに、ご縁はなかったことに」
「何をいきなり言いだしたかなあ、アドリエンヌ。僕が女友達に囲まれているのがそんなにも気に入らないのかい? 婚約破棄なんてするわけがないじゃないか!」
「あなた様のご友人との関係などどうでもいい。私はあなたが嫌いです。気持ち悪いんです。あなたと婚約を結ばされている状態が不快です。ですので、婚約破棄を願います」
「は?」
「聞こえませんでしたか? ではもう一回言います。私は、ユベール・ド・カルヴェズ侯爵令息が、嫌いです。気持ち悪いです。あなたなんて、ゴミムシ以下です。二度と私に関わらないでほしいから、婚約を破棄します!」
あっはっは。ユベール・ド・カルヴェズ侯爵令息のぽかんとした阿呆面。金髪のエレーヌ嬢、ブルネットのジャンヌ嬢、薄紅色の髪のメラニー嬢だけではなく、この場所にいる誰もが呆気に取られている。
ふふふ! 気分がいいわ!
ユベール様のほうが爵位が上だから、今まで耐え忍んできた。
だけど、死ぬのなら。死なないまでも未来が暗黒なら。
こんなクズとは縁を切って、あの人に告白をしに行くわ!
恋心を秘めたまま、死にたくない。
そのまま、あの人のところに突進した。
叶わなくてもいい。
好きだと伝えたい。
ただ、それだけ。
私の恋い慕うアラン・デ・ドゥムースティエ公爵令息は、放課後はいつも学園のガゼボで一人本を読んでいる。
静謐を好む方だから、誰も邪魔はしない。いつもお一人。
だけど、私は突進した。
「あの!」
「うん?」
アラン・デ・ドゥムースティエ公爵令息が顔を上げて、不思議そうに私を見る。
ああ……、青い瞳が何て綺麗なの。
これを見られてだけで、もう私は人生に満足だ。
「好きです!」
「え?」
風が吹く。
花壇の花が揺れて、その花の香りが私たちを包む。
婚約破棄を申し出て、心のままに告白をして……。
だから、運命が変わったなんて。
そんなことを私が知るまで、あと数日。
終わり
2026年2月14日のギフト御礼小話




