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【番外編】元少女の解放

番外編、第7弾です。

時系列はかなり後で、一話のみです。


恩赦を与えられることになったのは、強制労働に就いてどれくらいの時が経過した後だろう。

鮮やかだったピンクの髪は、いつの間にか色を失っていた。


元〝ピンクの令嬢〟は、久しぶりに見る太陽の光に対応できず、しばらく地面に伏していた。


彼女が担っていたのは、地下道の廃材運搬。

一切の光のない、わずかに身を屈めなければ進めないほどの狭い道を、ただ行き来し荷を運ぶ労働だった。


瞼が灼けたように痛み、看守が布を巻いてくれてようやく、ほんの少し目を開けることができた。


「ご苦労様」


びく、と肩が震える。

聞き覚えのある声は、悪寒を誘い彼女を怯えさせた。


例えるなら、おりん。お坊さんが鳴らす金属の器のように、澄んでいるのに、重みと余韻のある声。

聞き間違うはずがない。


『陛下の御前で、王位継承権第二位アナスタシア・モーリスが申し上げます』


到底真似できない腹底から重く響かせ、一瞬にして場を支配して見せた、あの苛烈な。

心を根から折り、深く傅かせ、圧倒的な敗北でもって服従させる声。


ぶるっと震えた彼女をどう思ったのか、声の主はしばらく間を置き、あえてというふうに足音を立てて近づく。

視界の不自由な彼女は、ただ地面で縮こまり、身を丸くした。


「元お嬢さん、お勤めご苦労様。聞こえてはいるかしら」


「は、はぃ」


久々に喉を使う。いがいがと荒んだ声がして、これが自分のものだと気づくまで時間がかかった。


「アナスタシアよ。覚えているわね」


「はいっ」


なぜ、自らこんな場所に。目隠しされていたから場所は知らないが、それでもかなりの距離を荷馬車に乗せられた。

たかが罪人への恩赦を与えるために、ここまで来たとでも言うのか。


「……女王陛下」


さすがに、それくらい知っている。

アナスタシアが即位した時は、慶事のため労働すら休みになって、あたたかい寝床が許されたから。


「あなたに、自由を与えに来たの」


「……じゆう」


そういえば、もう、自分の名すら思い出せない。

ただ、暗闇をひたすらに歩くばかりで、時の経過もわからず、他人と言葉を交わすこともなく、長く過ごしたから。


最初の頃は、色々なことを思い出しては、悲しくなったり寂しくなったり悔しくなったりした気がする。

それが、少しずつ思い出すら褪せていき、空腹と、暗闇と、寒さと。

土を踏む足の裏と、穴壁に触れる肩と、手に持った麻布の感覚だけを、ずっとずっと。


どれくらいの時が流れた? 今さら恩赦をもらっても、もう、どうしていけばいいのか。

今自分が何歳なのかも、ここがどこかも、知らないのに。


「……い、らない」


不敬だと殺されるかもしれない。でも、何をしていいかわからないまま放り出されても、どうせ死ぬだけだ。

ならば、せめて土の上で死にたい。ここで朽ちたい。


「私、ここで、働きたい」


死ぬまで、ここでいい。ああそうだ。自分のせいで、家族もみんな強制労働に送られた。大好きな人はどうなった?

やっぱり、自分は死ぬまでここでいい。


「アナ……へいか。陛下、お願い」


「ええ」


告げる声は、しかし、冷酷な響きで。


「そうでしょうね。だから、恩赦なのよ」


「え」


「あなたたちは、王家存続すら脅かしたの。この国の根幹を腐らせようとしたのよ。すべての国民の生命すら、たかが幼稚な恋なんてもので、朽ちらせるところだった」


「……」


「ああ、そういえば」


どこか慈悲を思わせる声音が、冷たく鼓膜を撫でる。

びりびりと肌が刺されるように痛むけれど、これは何?


「あなたの恋人は毒杯を賜ったわ。ずいぶん前だけれど。あなたに恩赦を与えると伝えたら、そんな女より自分を解放しろと怒っていたわね」


あの人を、殺したというのか。目の前のこの女が。大好きなあの人を。

ああだって、なぜ。今さら。どうして。そんな。


「なんで、……そんなの、いま、教えるの。知りたくなかった。知らないでよかったじゃない。今さら、なんで」


「そう。わからないのね」


「私は、償ったでしょ! 今日まで、真面目に、やったでしょ、なにも、悪いこと、しないで、ちゃんと。恩赦なんて言って、追い出す気ね。あなた、わざわざ、意地悪しに来たの?」


ふ、と笑った吐息が、冷気を発した気がした。

一瞬の後、自分の口から出た言葉たちに狼狽えて、元少女はカタカタと震えながら地面を爪で掻く。


「罰が救いになっては、罪ではないものね」


「ぁ……」


「今までご苦労様。では、来世でね」


強制労働の代わりに、最低限の衣食住と安全を確保されていた檻から、追い出されるのだ。

時の流れも状況も知らないまま、きっとわずかな賃金だけ握らされて、視界も利かないのに。


「ま、待って……」


嘘よ。さっきのは、ちょっと動揺しただけで、本心じゃないの。誰だって、間違えることはあるでしょ。違うの。

言いたい言葉が空回り、元少女は地面を掻きむしったが、決定が覆ることはなかった。









「アナスタシア。我が妻。……そんなふうにしては、手が傷ついてしまうよ」


「……そうね。ごめんなさい」


「おいで、アナスタシア。よく頑張ったね。立派だった」


「ふふ……当然の役割ですわ。あなたは相変わらず、わたくしを甘やかしてばかり」


「夫の特権だろう。譲る気はないよ。さあ、帰ろう。子供たちが待っている」












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