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【番外編】刀身の女公爵 1

番外編、第6弾です。

時系列はかなり後です…


ぶんっ、と風を切る音が、規則的に響く。心の中で数えながら、凛と姿勢を保った女性は剣を振る。

婦人らしからぬ好みとは知っている。けれど、彼女にとって武は身に馴染んだ日常だった。


「……五百」


ふと、数が途切れる。わずかに上がった息を整えて、パンツ姿の彼女は汗を拭う。


「正しく、揺らぎなく」


深呼吸と共に、己に染み渡るようゆっくりと言葉を紡ぐ。

彼女は、刀身。この国を守るためにある。





一報が入ったのは、執務室で書類を捌いていた時のこと。

駆け込んできた王宮からの遣いの報告に、彼女は迷いなく剣を取った。


部下にいくつかの指示を飛ばし、夫と子の頬をひと撫でしてから、護衛たちと共に馬に飛び乗る。


この国では、尊き者こそ弱者を背に庇い、前線に出る。

だから、性差に関わらずすべての貴族は基本的な武術を身につけ、不得手なら逃げ切る方法を学ぶ。


その時が来たら、武術に長けた者が盾となり、武術が不得手な者は民の身を逃すために。


長い髪を高く括った彼女の馬が近づくと、王宮の門番はすぐに門を大きく開いた。

彼女の羽織るマントは、女公爵の証。これを見間違う者など、この国にはいない。


カツンと踵を鳴らして馬から降りると、近衛騎士たちが出迎えた。


「ご苦労様。案内してくださる?」


背筋を伸ばす青年たちに、美しい女公爵の紅い唇が笑む。

どこか獰猛で、好戦的。知らず息を飲むような気迫があった。


早足なブーツの音が、女王陛下の執務室の前で止まる。

深い礼と共に彼女の背中を見送った近衛騎士たちは、意図せず背中にびっしょりと汗をかいていた。


しばらくして陛下の執務室から出て来た彼女は、王配殿下と少しの言葉を交わしてから、また早足に騎士団の元へと向かう。

案内しているのか、付き従っているのか、近衛たちにもわからない。


「ああ、来たな」


女公爵を出迎えたのは、騎士団副隊長。

大柄で逞しい副隊長と向かい合っていても、女公爵は見劣りするどころか迫力を増したようだ。


「あなたはここにいなさいな。わたくしが出るわ。クロエラ、そろそろ産み月でしょう」


「頼んだ」


他者を圧倒する強さを持つあの副隊長が、あっさりと彼女に先行を譲る。

それにも驚愕したが、副隊長直下の騎士団の面々の緊張感の方が気になった。


高揚のような、失敗できないという恐れのような。失望されまいという、期待のような。


「あなたたちは? わたくしと来るのかしら」


振り返り問われた近衛二人は、ほぼ反射的に頷いていた。

なぜだろう。彼女の声は柔らかいのに、鼓舞するような気迫で満ちている。


「ノーマン、隊を編成して。少人数で構わないわ。口が堅くて速い者だけを選んでくださる?」


「承知した」


「あなたたちは、わたくしの護衛に付いていなさい。すぐに出立よ」


「はい!」


遅れてなるものかと、近衛は急いで庁舎に駆け込み、素早く身支度を整える。


これが己の人生の分岐点になると、なぜか確信していた。

間違えてはいけない。ここで遅れを取れば、きっと騎士として重要なものを取りこぼしてしまう。


近隣の国とは、和平関係を築けている。きな臭い話も聞かない。ならば、災害か、人災か。

少なくとも、騎士団を率いて女公爵が出る程度には、重大な事象だ。


舞い戻った近衛は、すでに騎馬していた女公爵の背中を追いかけ、馬の腹を蹴った。

男性に比べれば華奢な背中は、女公爵の証のマントを翻し、揺らぐことなく先頭を行く。


夜通し駆け続けた一行は、国境近くの山中で足を止めた。

変わらず美しいままの女公爵が、総勢二十名程度の騎士たちを集めて、状況を伝える。


今夜、とある罪人が国境を越えるとの一報が入った。

これまでの情報から、罪人は破壊力の強い特殊な武器を所有している。

火をつけるだけで発動する武器の影響度、規模は未知数。おそらく、多くの民を巻き込む。

すでに民は避難中、避難を支援しつつ罪人を取り押さえる。罪人の生死は問わないが、武器の発動は確実に止める。

なお、未流通のこの武器に関しては他言無用。存在自体を知らしめてはいけない。


「あなた方は我が国の騎士。信頼できる者と見込み、この場に連れて来たわ。機密を漏らせば命はない。発動させてしまっても、もちろん命はない」


女公爵の声はただ静かで、ひどく穏やかだ。まるで真夜中のように。


「恐れるなら、今ここから去りなさい。あなた方には、自分の命を守る権利があるわ」


微笑みすら浮かべる女公爵の促しに、動く者はいない。

みな強い眼差しのまま、顎を引いて胸に手を当てる。

なぜなら、彼女がここにいるから。この人の元を離れたくないと、この人と共にありたいと、本能が叫ぶから。


「では、わたくしに付いていらっしゃい」




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