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【番外編】知の少女の羞恥 1

第5段は、クロエラ目線のお話です。


法を司る家門に生まれたクロエラは、物心がつく頃には本の虫だった。

伯爵家の唯一の子ということもあり、将来は法令監査官となることがほぼ決定していたし、クロエラ自身もそれを望んでいた。


頭がよくてかっこいい父のようになりたい。

知を誇っていたクロエラは正直、婚約者のノーマンが苦手だった。ほぼ嫌いと言っていい。


知のローマ伯爵家とは正反対、武のサルト子爵家。

クロエラの父と、騎士団長を務めるサルト家当主は、無二の親友だ。その縁もあり、二人の婚約は幼少期に決められた。


クロエラは、なぜ父がそんなに騎士団長と仲がいいのか、さっぱり理解できなかった。

いや、騎士団長はとても気持ちのいい人だ。裏表なく接して、子供だからとあしらったりしない。


でも、話していて知的とは口が裂けても言えないし、武に長けているからか基本的に雑。

その息子であるノーマンも、口が悪くて乱暴で、クロエラとはまったく気が合わなかった。


本を読んでいたいのに、来いと強引に手を引っ張るし、付いて行っても歩くのが遅いと怒る。

声が大きくて力が強いから、同年代の中でも小柄なクロエラは、大人しく黙っているしかなくなる。

でも、黙っていたら、返事をしろとまた怒るのだ。もう訳がわからない。


わざわざ虫を見せに来るのも、ドレスに蛙をくっつけるのも、本当に意味がわからない。

大人たちは『男の子は好きな子をからかいたいのよ』と苦笑するが、そんな男の子は嫌だ。


だから、ノーマンが剣術でマジョルテにボコボコにされればざまあみろと思ったし、体術でヴィクトリアにこてんぱんにされたと聞けばスカッとした。

誰よりも小さくて華奢なクロエラには、どうしてもできないことだったから。


ノーマンは頭がよくなくて、勉強が大嫌い。

クロエラは本と勉強が好きで、運動はあまり得意じゃない。

無意識のうちに、クロエラはどこか、武のノーマンの家を見下していたのだと思う。


「クロエラ、手をどうぞ」


何歳くらいのことだったか。

幼馴染の双子と会った時、普段通りノーマンに置いて行かれたクロエラに、優しく声をかけたのはルディオだった。


宰相閣下の息子で、剣術が得意なマジョルテの双子の弟。

マジョルテとは正反対な知的なルディオに、クロエラは親近感を持っていた。

それに、ルディオはいつも優しい。


「ありがとう。ごめんなさい」


小さいクロエラは、みんながささっと登っていく階段も、ちょっと頑張らないといけない。

ルディオはいつもそれに気づいて、待ったり手を貸してくれたりする。


こんなに優しいのに、どうして婚約者がいないのかと聞くと、やっと後継が決まったので選定中だと教えられた。

なるほど、その子はいいな。こんなに優しい婚約者だなんて。


「ルディオ様は、頭がいいでしょ」


「そうかな。勉強は好きだけど」


「ノーマン様は、勉強が嫌いなの。国を守るためには、武より知だと思うのよ」


いくら剣を振り回したって、考えて運営して改善する人がいなければ、国は成り立たない。

法だってそうだ。やたら剣ばかり振り回す人から、そうでない人を守らないといけない。


とにかく、知が一番大切だと拙い言葉で語るクロエラの話を、ルディオは静かに最後まで聞いていた。

そして、きちんと『たくさん考えてすごいね』と褒めた後に、クロエラの目を覗き込む。


「クロエラ。僕やクロエラが、こうやって学んで過ごせるのは、武によって守られているからこそだね」


そう告げるルディオの視線が向いた方を、クロエラも追いかけて振り返った。

我が家の、クロエラの、護衛騎士たちがいた。


────なんてことを。


責められたわけでも、叱られたわけでもない。

護衛騎士たちは、いつも通り微笑んでクロエラを見ていた。

けれど、なんて傲慢なことを考えていたのだと、クロエラはいっそ自分を恐ろしいとさえ思った。


こんなに安寧と座っておしゃべりをして、家に帰ればゆっくりと本に埋もれて。

そうしているクロエラは、間違いなくどの時も武に守られている。


知がもっとも偉大? では、知を蓄えている自分は、知だけに守られているのか? そんなわけ、ない。

小さくて華奢なクロエラは、護衛騎士の手を借りることもみんなより多いというのに。


「……ごめんなさい。わたし、間違っていました。知も武も、同じだけ大切なんだわ」


顔馴染みの護衛騎士たちを見つめながら呟くと、彼らはただ穏やかに首を振っただけだった。


そう、そうだ。

いつだったか、酔った騎士団長が『あんたの手が及ばない時は、私がいるから大丈夫だ』と、父の肩を叩いていた。


あの時は、騎士団長が父の代わりに知を奮えるものかと思ったが、違う。そういうことじゃない。

法や外交や交渉など、知では抑え込めない状況に陥ったとしたら、戦場に出てやるという意味だ。


戦場では、知など無力だ。

圧倒的な力を前にして、知を振りかざしたところで、押し潰されれば負ける。

知の力が及ばない場所で、人の生死が賭けられている。


ああ。そうか。

知は、武を命懸けの場に駆り出さないため。武は、知を奮える場を整えるため。

均衡を崩さず、どちらも研鑽を積みながら、国は平和を保つのだ。


クロエラは、羞恥と後悔と申し訳なさで、声を上げて泣いてしまいたかった。




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