【番外編】ヴィクトリアの困惑
番外編第3弾は、公爵令嬢ヴィクトリア目線のお話です。
────アナスタシア様は、ずいぶん無口になられたわ。
最近のヴィクトリアの懸念は、上司による苛烈かつ冷徹な教育でも、未だ決まらない婚約者についてでもない。
一年前に王太女として立った、友でもあるアナスタシアのことだった。
三ヶ月ほど前、元婚約者であった元第一王子の〝病死〟が公表された。
北の塔にて生涯幽閉の刑を受けていたが、劣悪な環境で一年近く生き延びることができていたことの方が、ヴィクトリアには驚きだ。
前世では大好きな推しで、今世でも慕っていた。
だが、事前忠告も聞かずゲームの通りヒロインと恋に落ち、挙句アナスタシアを害そうとした元婚約者のことを想う気持ちは、もうまったくない。
ただただ冥福を祈り、安らかにあれと願うばかりだ。
王族教育を受け、王子妃としての公務も一部担っていたヴィクトリアは、王家から遠く離れることはできない。
自ら宰相閣下に直談判し、今は宰相室で補佐として勤めている。
いつかアナスタシアが王位を継いだ後、宰相として傍で支えたい。
新しい婚約者をと父は奔走しているが、ヴィクトリアにとっては二の次だ。
敬愛し尊敬してやまないアナスタシアは、心ない陰口や噂には一切見向きもせず、内政をどんどん掌握している。
そんな彼女は、冷酷とも評されることが多く、穏やかなルディオがうまくバランスを取っていた。
「……やっぱり、あのことかしら」
元第一王子が〝病死〟した時、ちょうどアナスタシアが彼の元を訪れており、亡骸を確認したという。
王族教育を受けていたヴィクトリアは、知っている。
北の塔に入れられるほどの重罪を犯した王族は、必ず数ヶ月以内に亡くなる。
それは、王家の恥となった存在を、早々に片づける〝処置〟を行うためだ。
彼を排して王太女になったアナスタシアには、彼を裁く権限が与えられていたのだろう。
国王陛下夫妻の心情を慮って、彼女自身が引き受けたのかもしれない。
いずれにせよ、ひどく心を重くする出来事だったに違いない。
宰相室に勤めるヴィクトリアは、彼女の元に訪れる機会が多く、時折りは話をする。
たまに婚約者であるルディオもいて、相変わらず仲睦まじい二人にほっこりする。
そうして度々顔を合わせていると、変化にも気づきやすくなるもので。
何もないところを見つめて考え事に耽っていたり、何かを振り切るように書類と向き合い続けていたり。
表面上あからさまな変化はないが、親しい者が見ればわかる程度には、普段と様子が違う。
何かできないかと思案している中で、宰相に頼まれた書類を持って王太女の執務室の扉をノックし、了承を得て扉を開けた時。
「えっ? アナスタシア、今なんと?」
珍しく、素っ頓狂なルディオの声が聞こえた。
顔を上げれば、デスクに座るアナスタシアの前に、ルディオが立っている。
他の補佐たちは席を外しているようだ。
音を立てないように気をつけて扉を閉め、会話を邪魔しないようそっと書類を置く。
「そろそろ王太女になって一年なので、婚姻してはと申しました」
柔らかくも平坦な、涼やかな声が言う。
思わず、裁決する順番に書類を並べていたヴィクトリアも、動きが止まってしまった。
「ルディオ様の教育も順調で、王太女の伴侶として不足なしと教師陣も言っておりました。もちろん今後も教育は続くと思いますが、いい区切りだと思うのです」
「…………そう、だね」
「侯爵家との行き来も大変でしょう。王宮に住めば、負担も少なくなると思います。もちろん、生家に帰るのに制限はありません。ご両親やマジョルテとも、自由に会ってくださって構いません」
「ああ……」
「何か懸念が? ああ、今ももちろん私室を用意することは可能です。ご提案したことはありませんでしたか?」
「いや、聞いたよ……」
「遠慮されたのでしょうか。でしたら、婚姻すれば遠慮なさる必要もありませんわ」
最近やけに無口だと思っていたが、もしやこのことについて考えていたのだろうか。
────違う! ルディオ様の困惑はそこじゃない!
叫ばないように、ヴィクトリアは自分の口を強く抑えた。
なんということだ。人の機微に聡いアナスタシアに、こんな一面があったとは。
こっそりルディオを伺うと、顔色の悪い彼は額を押さえて婚約者の言葉を遮るように、小さく手を挙げていた。
そうよ、言ってしまった方がいいわ!
「アナスタシア……私にも、理想というものがあってね」
「理想?」
「そうだ。なんというか、想い人に一度、きちんとケジメをつけたい。私なりに告白をするチャンスが欲しいんだ」
ちょっと待ってほしい。なんか、ちょっと、語弊がないだろうか。
ヴィクトリアの内心に添うように、一瞬驚いたアナスタシアの眉が徐々に下がる。
「そうだったのですね……」
ほら見ろ! 絶対誤解させた!
上位者の会話に口を挟めないヴィクトリアは、ぐぐぐとドレスを握りしめる。
「でしたら、その、外出なさいますか?」
「外出? それもいいね。王宮の庭園も美しいが、植物園などに足を伸ばしてもいい」
「王宮ではちょっと……人の目が、多くありますので」
「何を言う。婚姻前に、まさか外で大胆なことはしない」
「ええ、気をつけていただけると助かりますわ……」
噛み合っていないのに、会話が成立してしまっている。
婚姻を控えた婚約者同士の仲が、目の前で少しずつすれ違っていく。
ヴィクトリアは悔しさに涙すら出そうだ。
今世ヴィクトリアの推しは、目の前の仲よしカップルだ。
天然口説き文句を連発するルディオと、すぐに赤くなってツンツンするアナスタシア。
おいしい。おいしすぎる。
だというのに、どこからどう見ても相思相愛な二人が、真面目にすれ違っている。
「だから、チャンスをくれないだろうか」
「……あなたの心は、あなただけのものですわ」
「ああ。だが、この心を捧げたいのだ」
「ええ……素敵ですわね」
もう無理だ。ヴィクトリアは開き直った。
上位者の会話を遮るなど、しかも王太女とその婚約者の会話を邪魔するなど、不敬も甚だしい。
だが、これは不可抗力だ。言い張ってやる。
「恐れながら!」
本当に恐れているのか、というほど強めの声を張ったヴィクトリアに、二人は今気づいたようにぱちりと瞬きをした。
ヴィクトリアは気にしない。気にしたら負けだ。
「お二人とも、少々お疲れのようです! 明日の午前中、一刻ほど予定をあけましょう!」
多忙? そんなもの、未来の陛下夫妻の関係の前では比較対象ですらない。
大丈夫。うちの上司は大変優秀な宰相閣下。
事後報告だが、ブリザードが吹くくらい耐えて、馬車馬のように働いて見せよう。
「我が公爵家の管轄地域に、新しく遊歩道のある造園ができたのです。開園前ですが、ご招待します」
お父様、ごめんね。この後、ちゃんと連絡しますから。
どうか箔が付くと思ってくださいな。
「瑞々しい緑に囲まれた庭園、鮮やかな花々の彩る噴水はとても情緒的ですわ。いかがでしょう」
にっこり笑って見せると、ルディオは何度か瞬きをして、照れたようにはにかむ。
彼に促されて、アナスタシアも戸惑いながら了承した。
「どうかくれぐれも、言葉を惜しまれませんよう。お二人が楽しまれることを願っております」
笑顔でルディオに圧をかけつつ、退出の挨拶をする。
執務室を出たヴィクトリアは、淑女としてマナーぎりぎりの早足で宰相室へと戻った。
翌日、真っ赤な顔でそっぽを向く王太女と、そんな彼女を愛おしげに見つめる婚約者の姿を見かけたヴィクトリアは、大変満足しながら宰相からの鬼リストをこなしたのだった。




