表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

獣人斥候の誓い

クリスタル・ゴーレム討伐という偉業は、俺たちを一夜にして街の英雄へと押し上げた。『流星コンビ』の名はギルドに知らぬ者がいないほどになり、街を歩けば子供たちから「ゼノンだ!」「ルナちゃんだ!」と指を差されるほどだった。


名声は、俺たちの配信をさらに盛り上げたが、それは同時に、諸刃の剣でもあった。ルナの顔が、街中の人々に知れ渡ってしまったのだ。


その日、俺たちは次の配信のための準備品を買い揃え、大通りを歩いていた。その時、ふとルナの足が止まった。彼女の顔から血の気が引き、その翠色の瞳が、道の向こうに立つ一人の男を捉えて凍りついている。


俺もその男の顔には見覚えがあった。肥え太った、品性の欠片もない顔。かつてルナが囚われていた檻の前で、彼女を鞭打っていた、あの奴隷商人だ。


男もこちらに気づいたようで、汚い歯をむき出しにしてニヤニヤと笑いながら近づいてきた。


「よう、久しぶりじゃねえか、"商品"のルナ。今じゃ街の人気者らしいなァ?」


男の粘つくような視線に、ルナの身体が恐怖で微かに震えるのが分かった。俺は咄嗟にルナの前に立ち、男を睨みつけた。


「何の用だ。彼女はもう、あんたとは何の関係もない」


「へっ、そうもいかねえな」


男は俺をせせら笑うと、声を潜めて言った。


「こいつは元々俺のモンだ。いいか、小僧。こいつの過去……奴隷市場でどんな扱いを受けてきたか、どんな汚い仕事をさせられてきたか……そういう話を、お前の大事な『配信』とやらの視聴者に聞かせてやってもいいんだぜ?」


卑劣な脅迫だった。ルナが最も触れられたくないであろう過去を人質に取る、最低のやり方だ。


「……っ!」


ルナが息を呑む。俺は怒りで目の前が赤く染まるのを感じたが、男は「また来るぜ」と言い残し、人混みの中へと消えていった。


その日以来、ルナの笑顔は消えた。配信中でも、時折何かに怯えるような表情を見せるようになった。俺が何を尋ねても、「大丈夫」と力なく笑うだけだ。彼女は、俺に迷惑をかけたくない一心で、一人で恐怖と戦おうとしていた。


数日後、俺は思いつめた様子のルナを宿屋の部屋に呼び、真っ直ぐに彼女の目を見て言った。


「ルナ。俺は、お前のパートナーだ。守られるだけの弱い存在だなんて、一度も思ったことはない。お前が抱えている問題を、俺にも半分背負わせてくれ」


俺の言葉に、ルナの瞳から大粒の涙が溢れた。彼女はしゃくりあげながら、これまで一人で抱え込んでいた恐怖と、奴隷商人の脅迫について、すべてを打ち明けてくれた。


ひとしきり泣いた後、彼女は涙で濡れた顔を上げ、震えながらも、しかし強い意志を宿した瞳で俺を見た。


「……ゼノンさん。私、もう逃げたくない。あいつと、戦いたい」


「ああ、もちろんだ。どうやってあいつを叩きのめすか、一緒に考えよう」


「ううん」


ルナは首を横に振った。


「私に、考えがあるの。だから……信じて、手伝ってほしい」


翌日のダンジョン配信。俺たちは、ルナの計画通り、あえて人気の少ない鉱山エリアへと足を踏み入れた。視聴者たちは、いつもと違うルートに首を傾げている。


名無しさん:今日はこっちのルートなんだ?名無しさん:あんまり旨味のないエリアだよな?


そして、計画通り、通路の先からあの奴隷商人が姿を現した。手には、下品な笑みと、一本の錆びた剣。


「よう。待ちくたびれたぜ、裏切り者の商品が」


配信中とは知らずに現れた男に、コメント欄が騒然となる。


名無しさん:!? 誰だこいつ!?名無しさん:ルナちゃんが怯えてる……まさか!


「さあ、お前の汚い過去をバラされるのが嫌なら、大人しく俺の言うことを聞け。まずはそのポーターを殺し、お前は俺の奴隷に戻るんだ」


男が下卑た言葉を吐き続ける。だが、ルナはもう震えていなかった。彼女は毅然として一歩前に出ると、男を真っ直ぐに見据えた。


「……確かに、私には奴隷だった過去がある。でも、それはもう、今の私じゃない!」


ルナは斥候としての能力を、全神経を集中させて解放した。驚異的に研ぎ澄まされた聴覚が、男の服の擦れる微かな音を拾う。鋭敏な嗅覚が、男が隠し持っている物の匂いを嗅ぎ分ける。


そして、彼女は言い放った。配信カメラである俺の視点に向かって、全世界の視聴者に届くように。


「お前が脅しの材料にしてる私の過去より、よっぽど価値のあるものが、お前のその懐には入ってるんじゃない?――『闇ギルドとの麻薬取引に関する秘密帳簿』がね!」


「なっ……!?」


奴隷商人の顔から、血の気が引いた。なぜそれを、と動揺が走る。その隙を、ルナは見逃さなかった。


「ゼノンさん!」


「ああ!」


逆上した男が剣を振り上げるより早く、俺たちは動いていた。俺が男の体勢を崩し、その隙にルナが懐に飛び込み、一冊の汚れた手帳を鮮やかに抜き去る。


すべては、一瞬の出来事だった。証拠を奪われ、すべての悪事を配信で暴露された男は、その場に崩れ落ちた。


名無しさん:ルナあああああああああああああああああああ!

名無しさん:かっこよすぎる!!!!!!!!!!!!

名無しさん:これは惚れるわ……

名無しさん:トラウマを乗り越えたんだな……!


コメント欄は、ルナへの賞賛で埋め尽くされた。彼女はもう、守られるだけのヒロインではない。自らの意志で過去を乗り越え、俺と並び立って戦う、真のパートナーだった。


事件が解決し、俺たちは鉱山エリアの探索を再開した。その奥で、俺たちは偶然にも、壁に刻まれた奇妙な紋様を発見する。古代の文字のようにも、何かの回路図のようにも見える、不思議な紋章。


「なんだろう、これ……」


今はまだ、その意味を知る者は誰もいなかった。俺はとりあえずその紋章を記憶に焼き付けると、隣で誇らしげに胸を張るパートナーに、心からの笑みを向けた。俺たちの絆は、また一つ、強く、そして深くなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ