英雄の誕生
ゴオオオオオォォンッ!
広大なドームに、地響きのような咆哮がこだまする。全長10メートルはあろうかというクリスタル・ゴーレムが、その巨腕を振り下ろした。かつて【蒼き流星】の戦士ボルガの剛斧を砕いた、必殺の一撃。
だが、その攻撃が俺たちを捉えることはなかった。
「ルナ!」
「うん!」
俺の合図一つで、ルナは銀色の残像と化して床を駆ける。ゴーレムの攻撃は、彼女が先ほどまでいた場所の石畳を粉々に砕くだけだ。
「遅いな。そんな大振りの攻撃、当たるはずがない」
俺は冷静に分析し、その内容を配信の視聴者にも聞こえるように口に出す。これはただの挑発ではない。ポーターとして、何百回、何千回と見てきたボスの攻撃パターン分析だ。
名無しさん:避けたああああ!
名無しさん:はっや! ルナちゃんマジ神速!
名無しさん:てかゼノン落ち着きすぎだろw
視聴者のコメントが熱を帯び、俺とルナの身体能力をさらに引き上げていく。だが、避けているだけでは勝てない。俺は短剣を手にゴーレムの足元に駆け寄り、その結晶の脚を切りつけた。
キィィンッ!
甲高い金属音と共に、腕に痺れるような衝撃が走る。短剣は弾かれ、ゴーレムの脚には傷一つついていない。
名無しさん:だめだ! 攻撃が通じねえ!
名無しさん:やっぱり無謀だったか……
視聴者から不安の声が上がる。ジェイドも今頃、酒場でほくそ笑んでいることだろう。だが、すべては想定内だ。
「落ち着け、みんな。こいつの倒し方は、俺が一番よく知っている」
俺は一度距離を取り、叫んだ。
「クリスタル・ゴーレムの弱点は、全身のクリスタルを制御している胸の『コアクリスタル』だ! だが、通常は強力な魔力障壁で守られていて、物理攻撃も魔法も届かない!」
名無しさん:じゃあどうすんだよ!?
名無しさん:詰んでるじゃん……
「いや、一つだけ方法がある!」
俺は視聴者と、そして自分自身に言い聞かせるように言葉を続けた。
「ゴーレムが体内でエネルギーを再生成する瞬間……ほんの一瞬だけ、障壁が薄くなるタイミングがあるんだ!」
それは、かつてパーティが惨敗したあの日、俺だけが気づいていた攻略法だった。だが、当時の俺にはそれを仲間に信じさせる発言力も、実行させる力もなかった。
「ルナ! ヤツの注意を引きつけ続けろ! タイミングは俺が教える!」
「任せて!」
ルナはゴーレムの周りを縦横無尽に駆け巡り、その注意を一身に集める。神速の彼女だからこそできる、危険極まりない役目だ。
名無しさん:ルナちゃんがんばれええええ!
名無しさん:いけえええええ!
名無しさん:俺たちの応援を力にしろ!
視聴者の熱狂が、凄まじい勢いで膨れ上がっていく。視聴者数はついに5万人を突破。その応援のすべてが、俺とルナの力に変換されていくのが分かる。身体の奥底から、経験したことのないほどの力が漲ってくる。
俺はゴーレムの動きに全神経を集中させる。結晶の輝き、魔力の流れ、関節の軋む音……その全てから、タイミングを計る。
そして、その瞬間は訪れた。ゴーレムが再生のために動きを止め、全身のクリスタルが一瞬だけ、鈍い光を放った。
「――今だッ!!」
俺の絶叫と同時に、視界にシステムメッセージが流れ込む。
【視聴者の熱狂が最高潮に達しました。新規スキル『オーディエンス・ジャッジメント』が解放されます】
これだ!俺は迷わず、解放されたばかりのスキルを叫んだ!
「喰らえ! これが、俺たちの――みんなの声だ! 『オーディエンス・ジャッジメント』!!」
俺が短剣をゴーレムに突きつけると、その切っ先に、視聴者たちの応援コメント一つ一つが光の粒子となって収束していく。それはやがて、数万の想いを束ねた巨大な光の槍へと姿を変えた。
放たれた光の槍は、空間そのものを歪ませながらゴーレムへと突き進み、魔力障壁を紙のように貫通。そして、寸分の狂いもなく、胸の中心にあるコアクリスタルを撃ち抜いた。
パリンッ――
世界から、音が消えた。コアを砕かれたクリスタル・ゴーレムは、その巨体を維持できず、全身に無数の亀裂を走らせる。そして次の瞬間、まるで砂糖菓子のように、キラキラと輝く光の粒子となって、音もなく崩壊していった。
瞬殺。あのSランクパーティですら撤退を余儀なくされたレイドボスが、たった一撃で。
一瞬の静寂の後、コメントウィンドウが、これまでとは比較にならないほどの速度で爆発した。
名無しさん:…………………………………………は?
名無しさん:!!!!!!!!!!!!!!!!!!
名無しさん:神回!!!!!!!!!!!!!!!!
名無しさん:歴史的瞬間だろこれ!!!!!!!!!
名無しさん:英雄誕生!!!!!!!!!!!!!!
視聴者数は、最終的に10万人を超えていた。そして、もはや見慣れた黄金のウィンドウが、これまでで最も荘厳な輝きを放って表示される。
『"名無し"様から 10,000,000ゴールド分のギフティングがありました』
名無し:見事だ。我が目に狂いはなかった。
桁が、二つ違う。もはや金銭感覚が麻痺しそうになるほどの額に、俺はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
その頃、ギルドの酒場では、水晶板に映し出された信じがたい光景を前に、誰一人として言葉を発する者がいなかった。冒険者たちは、開いた口が塞がらない。そして、その片隅の席で。
勇者ジェイドは、手にしたグラスを握り潰すことも忘れ、ただ、血の気を失った顔で、画面の中の英雄――かつて自分が『無能』と罵って追放した男の姿を、茫然と見つめていた。




