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王弟の助太刀

ルナが部屋を出て行ってから、どれくらいの時間が経っただろうか。俺はデバフによる重い体のまま、ベッドから動くこともできず、ただ耳を澄ませていた。宿屋の外が騒がしくなり、複数の重々しい足音と、金属が擦れる音が近づいてくる。


討伐隊が来たのだ。


やがて、俺の部屋のドアが乱暴にノックされた。


「ゼノン! 犯罪者のお前を捕縛しに来た! 大人しく出てこい!」


ジェイドの、勝ち誇った声。俺は唇を噛みしめる。ルナは、どうなった? 彼女は無事なのか?だが、俺には何もできない。


ドアが蹴破られるであろう、その刹那だった。廊下から、ジェイドとは違う、凛とした涼やかな声が響き渡った。


「――そこまでだ、勇者ジェイド」


その一言で、討伐隊の全ての動きがぴたりと止まった。声には、誰も逆らうことのできない、絶対的な威厳が宿っていた。


「な、何者だ貴様!」


ジェイドが動揺した声で尋ねる。やがて、俺の部屋のドアが、静かに、ゆっくりと開かれた。そこに立っていたのは、ジェイドでも、騎士団の兵士でもなかった。


年の頃は俺とさほど変わらないように見えるが、その佇まいは明らかに常人ではない。最高級のシルクで仕立てられた豪奢な装束を身にまとい、腰には宝石で飾られた儀礼剣。そして何より、その理知的な蒼い瞳は、見る者を射竦めるような強い光を放っていた。彼の後ろには、心配そうな顔をしたルナが、無傷で立っていた。


男は俺を一瞥すると、ふっと口元を緩めた。


「思ったより、ひどい顔だな。配信で見ていた時の方が、よほど覇気があったぞ」


「……あんたは、誰だ?」


俺は掠れた声で尋ねた。男は、俺のベッドのそばまでこともなげに歩み寄ると、悪戯っぽく笑って見せた。


「自己紹介がまだだったか。俺は、君の配信の、しがない一ファンだよ。ハンドルネームは――"名無し"、とでも言っておこうか」


「……は?」


名無し……? あの、天文学的な額のギフティングを繰り返していた、正体不明の大富豪。俺が呆然としていると、男は向き直り、ドアの外で凍りついているジェイドたちに向かって言い放った。


「勇者ジェイド。そして王都騎士団に告げる。このゼノンという男の身柄、これより王家の名において預かる。異論は、国王陛下に直接申し立てるがいい」


「お、王家だと……!?」ジェイドが絶句する。「ま、まさか貴方様は……!」


「いかにも」


男は、自らがはめている指輪を高々と掲げた。その指輪に刻まれた、この国を象徴する黄金の獅子の紋章を、彼らに見せつけるように。


「俺は、この国の第二王子にして王弟、アーサー・レオンハルト・フォン・エルドラド。これより、この一件の裁定は俺が行う」


王弟。その言葉と、王家の証たる指輪に、廊下にいた騎士たちが一斉に膝をつく音が響いた。ジェイドも顔面蒼白で立ち尽くしている。


アーサーと名乗った王弟は、そんな彼らには目もくれず、再び俺に向き直った。


「さて、ゼノン。単刀直入に言おう。俺は、君が潔白だと信じている。いや、確信している」


彼は告げた。自分は以前から、勇者ジェイドの傲慢な振る舞いや素行の悪さを問題視し、内密に調査を進めていたのだと。


「今回の告発が、君の成功を妬んだ奴の虚偽報告であることは、ほぼ間違いない。証拠もいくつか掴んでいる。だが……」


アーサーはそこで言葉を区切り、厳しい表情になった。


「だが、相手は民衆の英雄、Sランク勇者だ。生半可な証拠では、ギルドも民衆も納得しない。奴の嘘を暴き、君の名誉を回復するには、奴自身にボロを出させ、全ての人間が見ている前でその罪を認めさせる必要がある」


「……どう、やって……」


アカウントも停止され、力も奪われた俺に、何ができるというのか。そんな俺の心を見透かしたように、アーサーはにやりと笑った。


「簡単なことだ。もう一度、配信をやればいい」「!?」「王家の権限で、ギルドと配信プラットフォームに圧力をかけた。特例として、一度だけ君のアカウント凍結を解除させる。そして、最高の舞台を用意した」


アーサーは、窓の外を指さした。そこには、王都の中央に位置する巨大な闘技場が見えた。


「――公開決闘配信だ。君と、勇者ジェイド。どちらが正義で、どちらが悪か。その決着を、全世界の視聴者の前でつければいい。民衆は、いつだって分かりやすい英雄劇を求めているものだからな」


絶望の闇に、一条の光が差し込んだ。いや、光ではない。これは、逆転への狼煙だ。


アーサーは俺の肩を力強く叩いた。


「立て、ゼノン。君の物語は、まだ終わっていない。君を信じるパートナーと、君を応援する視聴者のために……真実は、君自身の力で証明してみせろ」


ルナの覚悟。そして、王弟という最強の協力者の出現。消えかけていた俺の心の炎が、再び、激しく燃え上がるのを感じた。


「……ああ。やってやるさ」


俺は、自分の拳を強く、強く握りしめた。

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