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最大の危機

ギルドからの活動停止命令は、始まりに過ぎなかった。『Sランク勇者ジェイドの告発』というニュースは、絶大な威力を持って瞬く間に王都中を駆け巡った。英雄としてあれだけ持ち上げていた大衆は、手のひらを返したように俺を『ギルドを裏切った犯罪者』として非難し始めた。


そして、その悪意は、俺の力の源である配信プラットフォームにまで及んだ。


活動停止中にもかかわらず、俺の配信チャンネルのコメント欄は、かつてない勢いで荒れ狂っていた。


名無しさん:やっぱり盗んだ情報で成り上がってただけかよ!

名無しさん:裏切り者! ギルドから追放しろ!

名無しさん:信じてたのに最悪だ!

名無しさん:犯罪者が英雄気取りとか笑わせるな!


憎悪に満ちた言葉の濁流。それは、単なる罵詈雑言では済まなかった。


「……っ、ぐ……ぅ……」


宿屋のベッドの上で、俺は激しい頭痛と吐き気に身を捩っていた。全身が鉛のように重く、指一本動かすのも億劫だ。『絶対視聴者』の加護は、応援を力に変える。だがそれは同時に、悪意や憎しみをデバフとして受け取ってしまう、諸刃の剣でもあった。


ステータスウィンドウを開くと、そこには絶望的な数値が並んでいた。


【ゼノン】職業:支援職ポーター

STR(筋力):8 → 2 (-6)

AGI(敏捷性):12 → 3 (-9)...

【状態:呪い(視聴者の憎悪)】


全てのステータスが、初期値以下にまで落ち込んでいる。もはや、スライム一匹倒すことすらできないだろう。これが、数万の人間からの憎悪を一身に受けた結果だった。


「ゼノンさん、しっかりして!」


ルナが懸命に俺の体を支え、濡れた布で汗を拭ってくれる。彼女だけが、今の俺の唯一の支えだった。


「大丈夫だから……。ゼノンさんが、そんなことするはずないって、私が一番よく知ってるから……!」


彼女は気丈に振る舞っていたが、その声が震えているのが分かった。俺のせいで、彼女まで『犯罪者の仲間』として、街で心無い言葉を投げつけられているのだ。


追い打ちは、まだ続いた。事態を重く見たギルドは、王都騎士団と合同で、俺を捕縛するための『公式討伐隊』を結成したという。その隊長には、あろうことか告発者本人である勇者ジェイドが就任した。彼は英雄の名の下に、合法的に俺を排除する権力を手に入れたのだ。


そして、ついに絶望の最後の一撃が下される。配信プラットフォームの運営から、一通の冷たいメッセージが届いた。


『ギルドからの正式な要請に基づき、あなたのアカウントを永久停止(BAN)処分とします』


目の前が、真っ暗になった。配信者としての道が、完全に断たれた。俺から力を奪い、声を奪い、そして未来を奪う、死刑宣告にも等しい通知だった。


「……もう、終わりか……」


俺は力なく呟いた。せっかく手に入れた力も、仲間も、未来も、たった一人の男の嫉妬によって、こうもあっさりと崩れ去ってしまうのか。ジェイドの顔が脳裏に浮かぶ。今頃、高笑いしているのだろう。


俺の心の光が、今まさに消えかかろうとしていた、その時だった。


「……終わりじゃない」


ベッドの脇で、ルナが静かに、だが鋼のように強い声で言った。彼女は俺の手を、震える両手で力強く握りしめた。


「ゼノンさんが諦めたら、終わりだよ。でも、私が諦めさせない」


その翠色の瞳には、もう涙はなかった。そこにあるのは、俺を追放した【蒼き流星】の誰よりも強く、そして気高い、覚悟の光だった。


「アカウントがなくなっても、力がなくなっても、ゼノンさんはゼノンさんだよ。私を救ってくれた、私のたった一人のパートナーだよ。今度は、私があなたを守る番」


彼女はゆっくりと立ち上がると、部屋の隅に立てかけてあった自分の短剣を手に取った。そして、宿屋のドアへと向かう。


「私が、時間を稼ぐ。だから……ゼノンさんは、絶対に、諦めないで」


たった一人で、王都騎士団とSランク勇者が率いる討伐隊に立ち向かう。それがどれほど無謀なことか、彼女自身が一番よく分かっているはずだ。それでも彼女は、俺のために戦おうとしてくれている。


俺は、そんな彼女の小さな背中を、ただ見送ることしかできなかった。無力感と自己嫌悪が、呪いのように俺の心を蝕んでいく。


最大の絶望が、すぐそこまで迫っていた。

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