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追放と覚醒

降りしきる冷たい雨が、俺の体温と気力を容赦なく奪っていく。


「いいか、ゼノン。もう一度だけ言ってやる。お前は無能だ。このSランクパーティ【蒼き流星】には、これ以上必要ない」


目の前に立つ男、勇者ジェイドは、完璧な美貌をこれ以上ないほど醜く歪め、俺にゴミを投げつけるかのような視線を向けていた。彼の金髪は雨に濡れてもなお輝きを失わず、その事実が俺たちの隔絶された立場をいやでも実感させた。


彼の足元には、俺がパーティから「餞別」として渡された、なけなしの銅貨数枚が泥水に沈んでいる。装備はほとんど剥ぎ取られ、最後に残ったのは着の身着のままの粗末な服だけだ。


「……なんでだ。俺は、このパーティのために……」


「お前のせいだ!」


俺の言葉を遮り、ジェイドが吼える。


「先日挑んだ『深淵の迷宮』三十階層の攻略失敗は、すべて荷物持ち(ポーター)のお前が適切な支援サポートを怠ったせいだ! 俺たちの足を引っ張ることしか能のない寄生虫め!」


そんな理不尽な。あの攻略失敗の原因は、ジェイドが功を焦って無謀な突撃を仕掛けたせいだ。俺は何度も警告した。回復役ヒーラー魔力マナが尽きかけていることも、斥候スカウトが罠の解除に失敗していたことも、すべて報告していた。だが、彼はそのすべてを無視した。


「違う……俺はちゃんと……」


「言い訳は聞き飽きた!」


ジェイドは俺の胸倉を掴むと、首から下げていたペンダントを乱暴に引きちぎった。それは、孤児院を出る時に院長先生がくれた、唯一の形見だった。


「こんなガラクタも、お前には分不相応だ」


彼はそれを自分の懐にしまうと、俺を泥水の中へ突き飛ばした。


「さっさと失せろ。二度と俺たちの前に顔を見せるな」


パーティの他の仲間たち――魔法使いのエリザも、戦士のボルガも、ただ冷ややかに俺を見ているだけだった。時折、エリザが僅かに憐れむような表情を浮かべたが、すぐにジェイドの威圧的な視線に気づき、顔を伏せた。誰も、俺を助けてはくれない。


雨音に混じって、彼らが遠ざかっていく足音が聞こえる。俺は、泥の中に突っ伏したまま、動くことすらできなかった。


信じていた。仲間だと。彼らの役に立つために、どんな雑用も、危険な斥候役も、率先して引き受けてきた。戦闘中は回復薬ポーションを配り、武器を研ぎ、野営の準備をする。すべては、【蒼き流星】が最高のパーティになるためだと信じて、俺自身の鍛錬の時間すら犠牲にしてきたというのに。


結果が、これか。


絶望が、冷たい雨水と一緒に身体に染み込んでくる。街に戻っても、ポーターの俺一人を雇ってくれるパーティなどあるはずもない。金も、装備も、帰る場所すらない。


「……もう、どうでもいいか」


ぽつりと、誰に言うでもなく呟いた。生きる意味も、目的も、すべてを失った。


ふらりと、亡霊のように立ち上がる。街へ戻る道とは逆の方向――ダンジョンの入り口が、まるで巨大な獣の顎のように、黒く口を開けていた。


死ぬなら、せめて冒険者らしく。


何の考えもなしに、俺はダンジョンの奥深くへと足を進めた。本来なら、単独ソロで立ち入ることなど自殺行為に等しい。だが、今の俺には死への恐怖すら感じなかった。


不思議なことに、魔物たちは俺に襲いかかってこなかった。まるで、俺が生きる意思を失った石ころか何かのように、その横を通り過ぎていく。


どれくらい歩き続けたのか。もはや階層の感覚も、時間の感覚もない。ただ、無心で、ダンジョンの最深部へと向かっていた。


やがて、俺はこれまで誰も見たことのない空間に迷い込んだ。壁も床も、ほのかに青白い光を放つ鉱石で覆われた、広大な空洞。その中心に、古びた石造りの祭壇が、静かに鎮座していた。まるで、世界の始まりからそこに存在していたかのような、荘厳で、神秘的な空気をまとって。


何かに導かれるように、俺は祭壇へと歩み寄る。表面に刻まれた、見たこともない複雑な紋様。


これが、俺の墓標になるのなら、それも悪くない。


自嘲気味にそう思いながら、俺はそっと祭壇の冷たい石に、指先で触れた。


その瞬間だった。


世界から、音が消えた。祭壇から放たれた目も眩むほどの光が、俺の全身を包み込む。


そして、目の前の空間に、半透明のウィンドウが、すぅっと音もなく浮かび上がった。そこに表示されていたのは、たった一行の、俺の運命を根底から覆すメッセージ。


――加護『絶対視聴者エンペラー・ビューワー』を授けます。――

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