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無能聖女の失敗ポーション  作者: 矢口愛留
第五部 聖女誘拐編

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96. 上級ポーションの秘密が判明してしまいました


「ところで、先ほど私が途中で遮ってしまったが、何か言おうとしていなかったか? ポーションのことか何かで」

「あ、そうなんです! 実は、見ていただきたいものがあって」


 私はベッドから立ち上がり、テーブルの上に置いてあった布の塊を手に、ギル様のところに戻った。


「これは?」

「えっと、テーブルに置いてあった薬液を使って精製したポーションなんですけど……」


 訝しげに私の持つ布の塊を見ていたギル様だったが、再び座った私が膝の上で布を開くと、その目は驚きに見開かれていった。


「――上級ポーションか?」


 私は頷いて、ギル様に瓶を手渡す。


「咄嗟に、隠した方がいいのかなぁと思って、布でぐるぐる巻きにしたんです。なので、グレイさんには気づかれなかったみたいです」

「そうか。賢明な判断だったな。テーブルに残っているのと、床にこぼれているのが、その薬液だな。グレイが用意した物か?」

「はい。薬液は、普段と違って粘性があって、ツンとする匂いがしました。いつまで経っても魔力上限に到達しないので、変だなと思いながら魔力を込めていたら、こんなことに」

「ふむ……」


 ギル様は顎に手を当てて悩むようにしながら、ゆっくりとテーブルの方へ歩み寄り、薬液を一瞥した後に身を屈める。


「確かに独特の刺激臭が残っているな。以前調べた、各種ポーションの素材候補のリストと照らし合わせると――ふむ」


 ギル様は、しばらくあれこれと考えていたようだったが、一つ頷くとこぼれていない方の瓶を手に取る。

 それをハンカチでくるむと、鞄の中にしまった。


「これは持ち帰って、成分分析にかけてみよう。――それより、ティーナ」


 真剣な表情で考えを巡らせていたギル様は、私の方へ向き直って、ふっと相好を崩した。


「君は一人で上級ポーションを精製できるほどの力があるのか。本当に素晴らしいな」

「い、いえ、たまたまです。たっぷり寝て、魔力も満タンでしたし」

「それでも、だ」


 私はそう言ってぱたぱたと両手を振ったのだが、ギル様は、はっきりと私の力を肯定した。


「考えてみてくれ。そもそもここ数十年の間、上級ポーションの精製に成功したとされている者は、筆頭聖女以外には存在しない。しかも、その筆頭聖女も、ティーナの精製した初級ポーションがなければ、上級ポーションを精製できなかった」

「えっと……待ってください。そもそも、筆頭聖女様が私の初級ポーションを利用していたかもしれないのって、裏取りができていなかったんじゃ……?」

「裏取りなら、今日取れたも同然だ。ティーナを攫った奴らは、マクファーソン侯爵家の関係者だからな」

「えっ」


 ギル様の言葉に、私は驚きの声をあげた。

 ――筆頭聖女、セレスティア・マクファーソン。

 マクファーソン侯爵家は、筆頭聖女セレス様の生家であり、王国でも五本の指に入る名家だ。


「あのグレイという男は、筆頭聖女の執事だ。父上の葬儀の際も、兄上の即位式典の際も、甥の成人式典の際も、常にあの女に付き従っていたのを覚えている」

「そうなんですね……」


 筆頭聖女セレス様は、幼い頃から、王太子ロレンツォ殿下の婚約者だった。

 そのため、国の重要な式典やパーティーには、全て出席していたはずである。


「でも、よく覚えてましたね」

「ああ。あの執事……グレイは、マクファーソン侯爵家というより、筆頭聖女個人に対して何かしら強い想いを抱いているようで、傍目から見て気味が悪いと思っていたから覚えていた。まあ、筆頭聖女本人は、それすらも利用している節があったが」

「そ、そうなんですか」


 私には想像もつかないような世界だ。

 まさしく、愛や忠誠の形は様々……といったところだろうか。


「とにかく、グレイがティーナに上級ポーションを精製させた……その事実が、これ以上ない証拠となるだろう。それに、以前王都でティーナのポーションが盗まれた事件以来、また上級ポーションの納品が滞っているという話も聞いている」

「じゃあ、本当に……?」

「ああ。間違いなく、筆頭聖女は自力で上級ポーションを精製できない。大方、ティーナを捕らえてこれからずっと上級ポーションの精製をさせるつもりだったのだろう。そして、仕上げに筆頭聖女が自分の魔力を混ぜれば――銀色のポーションの完成だ」


 その言葉に、グレイさんがこれからずっと自分が薬液を用意すると言っていたことを思い出す。


 ギル様が助けてくれなければ、私はやはりこのままこのロッジに閉じ込められて、上級ポーションを作り続けることになっていたのだろうか。

 本当に助けを必要としている人たちのためではなく、筆頭聖女様と、貴族たちの権威のために。


「ギル様、助けて下さって本当にありがとうございます」

「ん」


 私が改めて感謝を告げると、ギル様は優しく微笑みながら、頭を撫でてくれたのだった。





 その後、ギル様は今回の経緯を紙に書き付け、それを転送魔道具でシニストラ卿へと送った。

 この場所の座標も記したが、辺境騎士団のどの拠点からも少し距離があるため、助けが来るのは翌朝になるだろうということだ。


 私が捕まっていた部屋の外は普通の生活空間になっていて、見張りたちの分だろう保存食や飲料水も用意されていた。

 他の部屋には寝具も備え付けられていて、以前からこの場所が普通に使われていたことがうかがえた。


「ルーカスの言ったとおり、今回の件は、前々から計画的に準備されていたようだな」


 ギル様は、今夜は見張りたちが寝泊まりしていたと思われる大部屋で休む――と思いきや、私のいた部屋の扉横に椅子を一脚持ってきた。

 見張りも兼ねて、そこで休むつもりなのだと言う。


「でも、ギル様こそしっかり休んだ方が……」

「万が一、夜中に襲撃があったら困るだろう?」

「なら、かわりに今のうちに休んで下さい。私、たっぷり寝たのでまだ眠くないですし」

「だが……」

「ギル様、もう魔力残量少ないでしょう?」


 私が指摘したら、ギル様は心底驚いたといった表情をした。


「――何故それを?」

「助けに来てくれるまでに、たくさん魔法を使ったのでしょう? ここに来てからも、転送用の魔道具を起動するときぐらいしか魔力を使っていませんでしたし」


 助けてくれるとき、彼は魔法ではなく剣を手にしていた。

 明かりをつけるときだって、普段なら魔法で着火するところを、マッチを擦って火を入れていたのだ。

 それが示すところは一つ、魔力が底をつきそうだということに他ならない。


「……君には敵わないな。確かに、魔力を少し回復させないと、守るものも守れないか」


 私が微笑んで頷くと、ギル様は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「なら、お言葉に甘えて、少しだけ休ませてもらうよ。何かあればすぐに起こしてくれ」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみ」


 ギル様はそう言って、素直に寝具のある大部屋に向かっていったのだった。



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