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無能聖女の失敗ポーション  作者: 矢口愛留
第五部 聖女誘拐編

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95. 無事、危機を脱しました


「ティーナ、無事か?」


 剣を鞘におさめると、ギル様は私の方へ急ぎ駆け寄ってきた。

 そのまま即座に、強い力で腕の中に閉じ込められる。


「ギル様……っ、来て、くれた……っ」

「ティーナ……良かった……ティーナ……」


 私もギル様の背中に腕を回すと、ギル様はさらに強く私を抱擁した。

 心音も早いし、身体も腕も震えている。彼には、よほど不安な思いをさせてしまったらしい。


「……ぐ……ううっ……」


 私たちが互いに身を寄せ合っていると、小さな呻き声が聞こえてきた。ギル様は、名残惜しそうに身体を離す。


「……すまない。少し待っていてくれ」


 ギル様はそう言って、羽織っていたマントを脱いで私の肩にかけてくれた。

 私は、彼のぬくもりが残っているマントを胸の前で合わせ、きゅっと握りしめる。

 ギル様は麗しいかんばせを満足そうに緩めて、私の額にキスをすると、一瞬で表情をぴりりと引き締め、グレイさんの方へと足を向けた。


「さて……本当なら貴様を生かしておくのも癪なのだが、ルーカスに止められているからな」


 ギル様はそう言って、腰に下げていた小型鞄の中から金属製の拘束具をふたつ取り出すと、それを使ってグレイさんの両手首と両足首を動けないように拘束した。


「魔封じの拘束具だ。一度嵌めたら、私の魔力認証がないと外れない仕様になっている」

「くっ……何故、この場所がわかった……!? それもこんなに早――ぐふっ!」

「うるさい。答える義理はない」


 ギル様が問答無用で鳩尾(みぞおち)に一発お見舞いすると、グレイさんは短い呻き声を上げて気を失った。

 ギル様は完全に意識を失ったグレイさんを軽々と肩に担ぐと、部屋から出ていく。


 彼が運ばれていくときに気がついたが、ギル様はあれほど怒っていたのにもかかわらず、出血するような傷は負わせていなかったらしい。

 最初にグレイさんを吹き飛ばしたときも、剣の柄で殴ったか、当て身を喰らわせたか……とにかく、命を刈り取ろうとはしなかった。

 シニストラ卿に止められたと言っていたから、後で事情聴取をするのだろう。



 私はいまだにバクバク言っている胸を押さえ、深呼吸をしながら、とりあえずベッドに腰掛けて待つ。


 しばらくして、ギル様は再び部屋に戻ってきた。

 彼は、その長い指で鍵束をくるくると弄んでいる。この建物の、各部屋の鍵だろう。


「全員、物置に放り込んで施錠してきた。これでひとまず、脅威は去ったはずだ」

「良かった……。ありがとうございます」


 私は心底ホッとして、隣に腰を下ろしたギル様の肩に、頭を預けた。


「怖い思いをさせたな」


 ギル様は、優しく私の肩を抱き寄せる。


「君がいなくなったと聞いたときは、不安で不安で……自分が自分じゃなくなるかと思った」

「……ご心配をおかけして、すみませんでした」

「君は何一つ悪くないよ。悪いのは、ティーナを拐かした奴らだろう?」

「それでも……ごめんなさい」


 そうかもしれないが、やはり私自身、危機意識が欠如していたからこんなことになってしまったのだろう。

 だが、ギル様は一切私を叱ることなく、肩を優しくさすってくれている。


「あの……鉱山の方は、どうなったのですか? 怪我をした方たちは?」

「それなら、心配いらない。原因も既に抑えたし、あとはルーカスとジェーンがうまくやってくれるだろう」

「ポーションは……足りたのでしょうか?」


 そう言って私は、先ほどあっさりと精製できてしまった上級ポーションのことを思い出し、テーブルの上でぐるぐる巻きになっている布に目を向けた。

 テーブルの上には、件の布と、薬液が入った未開封の瓶がそのまま置かれている。

 グレイさんにポーション精製を強要されたときに蓋を開けたものは、床に落ちてこぼれてしまっていた。


「ポーションか……全員の完治は難しいだろうが、補給が来るまでの間、最低限命を繋ぐ分ぐらいなら、ティーナが馬車の中で精製してくれたもので充分足りたはずだ。――ところで」


 ギル様は私の視線の先にあるものに気がついたらしい。

 一度言葉を切ると、私の顔を心配そうに覗き込んだ。


「――君は、ここでポーションを精製するように言われたのか? 暴力や無体なことは、されなかっただろうな?」

「え? はい、それは大丈夫です。それより、ポーションのことなんですけど――」

「――なら、これは?」

「え?」


 ギル様は、急に声のトーンを冷え込ませて、私の首元を指し示した。

 彼の長い人差し指が示す先に目を向けると、服の下にしまっていた指輪を確認するときに開けたボタンが、今もまだ開いたままになっていた。


「あっ、ボタンですか? 実は、こうして――」

「――っ」

「ここに婚約指輪をしまっておいたんです。作業で汚したり傷つけたりしたら嫌なので。さっき、一人のときに取り出したんですけど、ボタンを開けたままになってたみたいで……、ギル様?」


 私は胸元に手を突っ込み、婚約指輪を取り出してギル様に見せようと思ったのだが、彼は何故か目元を手で覆って顔を背けていた。

 頬から耳まで、ほんのり赤く染まっている。


「あの……もしかして、体調優れませんか?」

「い、いや、そうではないが……すまない、何でもない。元通り、ボタンを閉めてくれ」

「……? はい」


 私は首を傾げながらも、ボタンを元通りに閉めた。

 婚約指輪は、首から外して左手薬指にはめる。こうすればいつでも眺められるし、触れられるし、やはり首から下げるよりも指にはめた方が断然良い。


「……こほん。それはそうと、君がその指輪をきっちりと隠し、肌身離さず身につけてくれていたおかげで、この場所を知ることができた。大切にしてくれて、ありがとう」

「この指輪が?」

「ああ。敵方に魔法使いがいたようでな……ローブやブローチ、髪留め、耳飾りなんかも、全て外されていただろう? それらは、私の探知を欺くためか、あちこちにばら撒かれていたんだ」

「髪留め……耳飾り……、あ、本当だわ!」


 ローブとブローチがなくなっていることには気づいていたが、言われてみれば、髪留めも耳飾りも外されていた。

 道理で、眠っていたときに痛みも寝づらさもなかったはずである。

 指輪は、服の中に隠れていたから敵も気がつかなかったのだろう。


「……って、もしかして、ブローチとローブ以外のアクセサリーにも魔法を込めてあったんですか?」

「うっ」


 私がそう尋ねると、ギル様はギクリとした表情をして、サッと目を逸らした。

 ギル様は、バツが悪そうに小さな声で話し始める。


「……その通りだ。私が贈ったものや、フォレ城で注文したものには、ほとんど全てに魔石か魔法銀のいずれかを使っている。誓って常に監視していたという訳ではないし、ブローチとローブ以外は本当に気休め程度の弱い魔力しか込めていないのだが、君に許可も取らずに申し訳――」

「まあ! そうだったんですね! 嬉しいです、ありがとうございます!」

「……え?」


 ギル様が謝ろうとするのを遮り、私は満面の笑みを浮かべる。ギル様は、ぽかんとして目を見開いた。


「それにしても、魔石って、黄金色だけじゃなく、色んな色に加工できるんですね。初めて知りました」


 ブローチやローブの飾り石は黄金色だったが、他のアクセサリーは、青や緑や赤など、バリエーション豊富な色合いだった。だから私は、それが魔石だと気がつかなかったのだ。


「……その。ティーナ」

「はい?」


 私がひとり感心していると、ギル様はおずおずと尋ねてきた。


「……普通なら、重いとか、引かれるのではないかと思ったのだが……」

「いいえ、そんなことないです。だって、私のことをそれだけ心配して下さったんでしょう? 嬉しいに決まってます!」


 もしかしたら、私も普通の人とは感覚が違うのかもしれない。

 けれど、ギル様が私を想って過保護なぐらい何かをしてくれるのは、私にとってはすごく嬉しいことなのだ。


 かつてリアがアンディに対して見せていた執着も重かったが、私からギル様、ギル様から私へ向けられている想いは、それともまた違うと思う。

 ジェーンがあのとき言ったように、愛情の形は人それぞれということなのだろう。


「ティーナ……君は本当に、私を喜ばせるのが上手いな」


 そして、私の反応ひとつで、こうやって色んな表情を見せてくれるギル様が、私は愛おしくて仕方ないのだ。



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