表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能聖女の失敗ポーション  作者: 矢口愛留
第五部 聖女誘拐編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/108

94. 孤立無援……です?


 たった今、自らの手であっさりと完成してしまった上級ポーションを前にして、私の思考は思いっきり固まってしまった。


「ええと……ええと……とりあえず、蓋を……」


 こぼれないように瓶にきっちりと蓋をすると、先ほどまでテーブルに被せてあった布が目に入る。


「ええと……うーんと……、とりあえず、布も……」


 何となく、これが人目に触れてしまうのはマズいような気がして、上級ポーションの瓶を布でぐるぐる巻きにした。こうすれば、光も漏れ出さない。

 私はそれを、そっとテーブルの上に置いた。


「ふう。それで、次は……、どうしよう」


 バクバクする心臓を押さえるように、私は胸に手を当てる。

 そこで、いつもなら指先に触れるはずの物がなくなっていることに、私はようやく気がついた。


「――あれ、ブローチがない」


 慌てて辺りを見回すが、どこにも落ちていない。

 テーブルの下にも、布団の中にも、ベッドの下にも、いくら探せどブローチは落ちていなかった。


「どうしよう……無くしちゃった?」


 今度は、違う意味で心臓が忙しなく動き始める。

 ギル様にもらった大切なブローチを無くしてしまったこともショックだが、ブローチも辺境騎士団の黒ローブも手元にないということは、何か危険なことがあってもギル様に連絡がいかないということだ。


「ギル様……やだ、本当にどうしよう」


 ウォードもいない。ジェーンもいない。

 宿を出てから、ギル様にもずっと会えていない。

 急速に、私の心に不安が根を張りはじめた。


「……指輪は、あるよね?」


 私は襟元のボタンを一つ外して、服の中に手を入れる。

 そこには、予想通り金属の確かな感触があって、少しだけ安心した。

 ポーション精製の際に汚したり傷つけてしまわないようにと、婚約指輪に細い鎖をつけて、服の下にしまっていたのだ。


「……良かった……」


 婚約指輪まで無くしてしまっていたら、私はもう立ち直れなかったと思う。

 ギル様が贈ってくれた、ギル様の色の、想いのこもった大切な指輪だ。


「……ギル様」


 私は少しの間、両手できゅっと握ったあと、再び服の下に指輪をしまった。


 ちょうど、その時。

 ギィ、と軋む音を立てて、部屋の扉がゆっくりと開く。


 そこから顔を出したのは――、


「グレイ、さん?」


 私が眠ってしまう前に、救護用の天幕まで私とウォードを案内してくれた、老紳士だった。


「お目覚めでしたか」


 相変わらずの、丁寧な口調と洗練された仕草だ。

 口元にしずかな笑みをたたえているが、その目は全く笑っていない――それどころか、少し冷たく剣呑な光を帯びていて、私は本能的に後ずさった。


 私がじりじりと下がるたび、グレイさんは一歩ずつ優雅に距離を詰めてきて、とうとう壁際まで追い詰められる。


「……っ」

「怖がらなくても、わたくしどもの大切な聖女様に、危害など加えませんよ。――それで、ポーションの精製は……まだこれからのようですな」


 グレイさんは、テーブルの上を一瞥して、つまらなさそうに言った。

 品の良いロマンスグレーの髪も、まっ黒な瞳も、今はなんだか冷たく感じてしまう。


「……あ、あの、ところで、グレイさん。ここって、鉱山の管理事務所……ですよね? ウォード――私と一緒にいた護衛は、どこですか?」


 私はそう言って、指輪をしまい直した襟元を、隠すように押さえる。

 私の心臓は、先ほどから激しい警鐘を鳴らしていた。


 グレイさんは、質問に答えることなく、私に冷たい瞳を向けた。


「えっと、救助された皆さんは? わ、私、寝ちゃってたみたいですけど、ポーションは足りましたか……、っ!?」


 私が質問を続けると、ポーションという言葉が出た瞬間に、グレイさんの目元が三日月のように細まった。

 突如、彼の態度が芝居じみたものに切り替わる。


「そうです、ポーションが足りないのですよ。ですから、作ってほしいとお願いの書き置きをさせていただきました。早速、作っていただけませんかねえ? 今すぐ、ほら」

「ひっ――、は、はい! 只今!」


 逆らうのは危険だと私は直感し、グレイさんを避けるように大きく円を描きながら、私は壁際からテーブルの方へと移動する。


(ギル様、助けて……!)


 私は心の中で何度も何度も悲鳴を上げながら、透明な薬液の入ったポーション瓶を手に取り、のろのろと蓋を開けた。


「グ、グレイさん、ちなみにこの薬液って――」

「そんなこと、知る必要がありますか? 今後もずっと、わたくし共が薬液を用意するのですから」

「今後、も……ずっと?」

「いいから早く精製して下さい。今か今かとポーションを待っている人がいるんですよ? 怪我人を待たせて苦しませるおつもりで――っ、ぐぇっ!?」


 黒い瞳をさらに真っ黒に染めて凄んでいたグレイさんの言葉は、しかし、最後まで続けられることはなかった。


「えっ!?」


 グレイさんが急に目の前からいなくなったと思ったら、彼は反対側の壁際まで一瞬で吹き飛んでいた。

 かわりに聞こえてきたのは、怒りに満ちた、低い声――。


「――ふん。待っているのは怪我人ではなく、手柄を横取りしたいゴミ屑だろうが」


 先ほどまでグレイさんのいた場所には、心の中で繰り返し名を呼んだ人の姿。


「ギル、さま……?」


 濃紺の髪を乱し、額に汗を滲ませたギル様が、抜身の剣を携えて立っていた。

 黄金色の瞳は油断なくグレイさんの方を睨んでいる。


「――ああ。ティーナ、遅くなってすまない」


 グレイさんが意識を失っているのを確認して、ギル様は構えを解く。

 そして、先ほどとは打って変わって優しい声色で、私に返答したのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ