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無能聖女の失敗ポーション  作者: 矢口愛留
第五部 聖女誘拐編

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93. 誰かに運ばれたようです


 ティーナ視点に戻ります。


――*――


「ん……ふわぁ……」


 いまだ重たい瞼を、指の背でこする。

 少し寝るだけのつもりが、随分と長い時間眠ってしまったようだ。

 それもこれも、このベッドが暖かいから――、


「……って、ベッド? えっ、ここ、どこ?」


 記憶が正しければ、天幕のテーブルに突っ伏して眠っていたはずだ。

 それなのに、今はベッドに横になっている。私はがばりと身を起こした。


「た、大変、寝過ごしちゃった!」


 私は慌ててベッドから下り、揃えて置いてあった靴を履く。

 ローブは邪魔にならないように脱がしてどこかへ置いてくれたのだろう。袖の短いワンピースでは少し肌寒いが、仕方ない。


 羽織るものを探してあたりを見渡すが、室内にワードローブはなかった。

 窓が一つ、扉が一つのシンプルな部屋で、ベッドの他には簡易テーブルと椅子が一脚あるだけだ。

 眠る前にいた布張りの天幕とは異なり、丸太を積み上げたロッジのような造りである。


 もしかしたら、私があんなところで寝こけてしまったせいで他の人の邪魔になり、鉱山の管理事務所の中に運ばれてしまったのかもしれない。


「もう、ウォードったら、起こしてって言ったのに――あれ?」


 私は急いで扉の方へと向かうが、扉には外側から鍵がかけられていた。


「……えーっと……?」


 もう一度扉を押したり引いたりしてみるも、ガタガタと音を立てるだけで、やはり扉が開くことはない。


「うーん……?」


 私は頭をひねりながら、とりあえず扉から離れ、窓の方へと向かう。

 窓にはカーテンが引かれていたが、それを開けて私は驚いた。なんと、もう日が暮れ始めていたのだ。


「え、私、さすがに寝過ぎでは……?」


 窓には格子のようなものが嵌まっていて、身を乗り出して外を覗くことはできない。

 ここからだと木々に阻まれて鉱山の様子も確認できないし、音も聞こえないので、救助活動が進んでいるのかどうかも不明だ。


「まあ、そのうち誰か来るかな」


 私は深く考えもせず、ベッドに戻って座ろうとしたところで、簡易テーブルの上に何か置いてあることに気がついた。

 することもないので、私はそのままテーブルに向かい、上にかけられていた布をどける。

 そこに置かれていたのは、私にとってとても馴染みのあるものだった。


「ポーション瓶? 薬液も入ってる」


 三本ほど置かれていた瓶の中には、すでに計量済みの薬液が封入されていた。薬液が透明なところを見るに、魔力はまだ込められていないらしい。


 そして、瓶のすぐ横には、丁寧な筆跡のメモが置かれていた。


「えーと……『お目覚めになりましたら、治癒ポーションの精製をお願いいたします。薬液は計量済でございます。後ほど伺います――グレイ』……なるほど、グレイさんが私をベッドのあるお部屋に移動してくれたのね?」


 天幕に置かれていた仮設ベッドに寝かせてくれても良かったのに、わざわざ個室まで運んでくれるとは、なんて親切な人だろう。よほど疲れているとでも思われたのだろうか。

 まあ、実際、こんな時間まで寝こけてしまったのだから、私も気づいていなかっただけで疲れていたのかもしれない。


「怪我をした人たちは大丈夫かしら。でも、ここまで起こされなかったってことは、来る前に作った中級ポーションで事足りたっていうことよね、きっと」


 中級ポーションで治せないほどの重傷者が出たり、ポーションが足りなくなったら、私がどれだけ深く眠っていても、誰かしらが起こしにきたはずだ。

 ウォードにも、人が来たら起こすように頼んでおいたのだから――と、そこまで考えて、私ははたと気がつく。


「あれ? そういえば、ウォードもいない」


 当然室内にはいないし、扉を開けようとしたときに反応がなかったということは、扉の外にもいないということだ。

 私は流石に少し変だなと思ったものの、現場は明らかに人手不足だった。なんせ、ジェーンも即座に駆り出されるほどである。

 ウォードも、私を安全な鍵付きの部屋に移して護衛から外れ、救助活動の手伝いでもしているのかもしれない。


「ま、いっか。時間ももったいないし、とりあえずポーション作ろっと」


 私はそう切り替えて、ポーション瓶を一本手に取り蓋を開けたが、すぐさま違和感を覚えた。


「……薬草水じゃ、ない?」


 いつも私がポーション精製に使っている薬草水は、色も匂いも粘性もない、一見して水と区別の付かないような液体だ。

 だが、この液体は無色ではあるものの、とろりと粘性を帯びていて、少しツンとする匂いがした。


「この匂い、どこかで……?」


 いつか嗅いだことのある匂いの正体に頭をひねるが、どうしても思い出すことができない。

 けれど、おそるおそるかけた浄化の聖魔法に反発する気配もない。

 グレイさんからのメモにも計量済みの薬液だと書いてあるし、このまま治癒魔法をかけても問題ないだろうと私は判断した。


「よし」


 私はいつもの中級ポーションを作るときと同様に、治癒魔法を薬液に込め始めた。

 魔力の反発も一切なく、順調に精製は進んでいった――最初のうちは。


「……まだ、魔力が上限まで定着しない……?」


 私は魔力を送り続けながら、首を傾げた。

 まるで、ただの水に魔力を注入して、初級ポーションもどきを作ろうとしていたときのような魔力消費量だ。


 ただし、あのときと違うのは、魔力が霧散せずにどんどん薬液に蓄積されていくこと。

 実際、目の前にあるポーション瓶は、私の琥珀色の魔力をぐんぐん吸収し、光を放つほどに濃く色づいていた。


「魔力、もう入らない……これが上限かな?」


 魔力の吸収が止まり、薬液の表面から琥珀色の光の粒が溢れ始めたところで、私はポーション瓶に翳していた手を離し、そのまま自らの口元を覆った。


「……嘘でしょ……」


 それは、まるで太陽のような。

 黄金色に近い琥珀の光を放つ、夜空の銀月と対になる輝き。


「もしかして……ううん、もしかしなくても、これは」


 ――強くあたたかな光をたたえる、上級ポーションが完成していたのだった。

 


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