92. 暴走寸前 ★ギルバート視点
引き続きギルバート視点です。
――*――
「――ルーカス。今、何と言った……?」
全身から冷たい魔力が吹き出すのを抑えられない。
壮絶な感情の奔流に、視界がおぞましい色で染まっていく。
私は、蛇のように、自分の瞳孔が縦に開いていくような感覚を幻視した。
「か、閣下、魔力をお収めくだされ。クリスティーナ様のお命は、まず間違いなく無事です。一度魔力を抑えて、落ち着いて迎えに行って差し上げてください」
大量に汗をかきながら、怯えた表情でルーカスが絞り出した言葉を、私はどうにか咀嚼する。
「命は、無事、迎えに……」
「さ、左様でございます。少し落ち着かねば、クリスティーナ様を怯えさせてしまいますぞ」
「落ち着く……ティーナが、怯える……?」
「そうです。焦る気持ちもわかりますが、まずは話を整理しましょう。クリスティーナ様を確実に連れ帰るためにも」
「……ティーナを、確実に、連れ帰る」
ルーカスは、幼子に言い聞かせるように、慎重に言葉を選んでいる。
「さあ、深呼吸をして」
理性を失いかけ、言葉をひとつずつ拾っては呟き返すことしかできなくなっていた私は、ルーカスに従って深く息を吸っては吐いてを繰り返した。
そうすることで、徐々に私の頭も冷えてくる。
魔力の噴出も、視界の色も、徐々に元通りに収まっていった。
「――すまない、ルーカス」
「……いえ。ジェーンから『フォレ公爵に受け継がれる特性』のことを聞き、人払いも済ませていましたからな。問題はございません。――正直、ここまでとは思いませんでしたが」
言われて周囲を確認すれば、確かにこの部屋にはルーカスと私しかいない状態だった。
ジェーンやウォード殿もいないのは、我を忘れた私が、ティーナと一緒にいたはずの二人に何かしでかすのではないかと、ルーカスが危惧したためだろう。
――メリュジオンの女神は、本当に厄介な性質をこの血に刻んでくれたものだ。
「それで……何があった」
「説明いたします」
ルーカスによると。
ティーナたちが到着した直後、まずはジェーンがティーナやウォード殿と引き離され、別行動となったらしい。
ティーナは馬車の中でも中級ポーションを作り続けていたようだ。ジェーンはそれを救護隊の本部に運び、さらにその現場を見てもらった方が状況の説明をしやすいからということで、鉱山責任者と共にティーナの元を去った。
人手も足りないだろうし、事態を収拾するのが先決だ――ティーナはそう言ったのだという。
「……彼女らしいな。それで、ジェーンと別れた後は?」
「ウォード殿と共に、別の天幕に案内されたようです」
ティーナたちが案内されたのは、管理事務所に用意された救護室ではなく、救助された者たちや休憩の必要な者たちが休めるように設営された、仮眠用の天幕だったようだ。
その時間だと、まだ救護室のベッドに余裕があったため、天幕内には誰もいないはずだった。
ティーナとウォード殿を案内した男は、要救助者が到着するまで一休みするよう提案し、紅茶を用意して天幕を去った。
警戒していたウォード殿の忠告により、ティーナはその紅茶には手をつけなかったが、座っていたら眠くなってきたらしく、「人が来たら起こすように」とウォード殿に頼み、眠ったのだそうだ。
テーブルに突っ伏して眠ってしまったティーナの肩に、仮設ベッドに置かれていた毛布をかけようとウォード殿が動いたところ――、
「足が突如ふらつき、視界も歪み、ウォード殿はそのまま倒れて暫し意識を失ってしまったようです」
「……ふむ。ということは、罠は紅茶と見せかけて、睡眠ガスだったのか」
「ええ、おそらくは」
睡眠ガスの独特な甘く重い匂いを、紅茶の香りで紛れさせたのだろう。
再び赤く染まりそうな思考をなんとか理性でねじ伏せて、私はルーカスに質問を続ける。
自分の口から出る声は思った以上に低く冷たい。これではティーナを怯えさせてしまうとルーカスが言ったのも、納得できた。
「天幕に案内した男が怪しいな。誰が案内を?」
「案内したのは、グレイという男です。鉱山責任者を問い詰めたところ、数週間前に雇った丁寧で小綺麗な男で、聖女様の案内は自分に任せてほしいと強く申し出てきたために、一任したと」
「グレイ……その男は今は?」
「姿を消しております。それから、ウォード殿の話によると、目が覚めたときに、天幕内の寝袋がひとつ減っており……クリスティーナ様の黒ローブが、床に落ちていたそうです」
「……そうか。よくわかった」
私の心にまた怒りが満ちてくるが、何とか我慢し、平坦な声で返答する。
他に報告することはないかとルーカスに確認したところ、これが確認できた全ての事実だということだ。
辺境騎士団のローブがなくても、ティーナには他にも魔石を贈ってある。
私は、彼女が今も身につけているであろう魔石に干渉して、その居場所を探った。
「……もう、近くにはいないようだな。移動が早い……事前に準備をしていたのか?」
私がそう呟いて、さらに強い魔力――女神の神力を使って探知をするために、ルーカスを部屋から追い出そうとしたところで、ルーカスはあることを私に告げた。
「閣下。これは我輩の想像ですが――今回の崩落事故も、犯人共が仕組んだ可能性があります。奴らには説明と相応の償いをしてもらわねばなりませんから、全て殲滅というのは遠慮してくだされ」
「保証はできんぞ」
「閣下がそのような真似をすれば、クリスティーナ様に怖がられてしまいますよ」
「……わかった。善処する」
私が渋々そう告げると、ルーカスは片方の頬をひくりと動かした。
何だかルーカスにうまく転がされているような気がして睨みつけると、奴は「失礼」と頭を下げて部屋を出て行った。
「……ティーナ……無事でいてくれ」
部屋の扉が閉まったことを確認すると、私は再び女神の力を解放する。
実体のない黄金色の翼が、騎士服をすり抜けてばさりとはためいた。
「――見つけた。ブローチの反応で間違いない」
魔力だけでなく神力まで使ってようやく、ティーナの居場所を特定できた。
やはり馬を何度か替えて、急ぎ移動したのだろう。まだ数時間しか経っていないのに、かなり遠い位置だ。
「ん? これは……」
しかし、私は魔石からの反応に、すぐに違和感を感じた。先ほどルーカスに言われて冷静になっていなかったら、違和感に気がつかなかったかもしれない。
――どうやら、敵は思った以上に厄介な相手らしい。急いだ方がよさそうだ。
私は再び集中して、魔石の反応を、小さなものまで丁寧に拾っていく。
「なるほど。神力の残量から考えると、ギリギリだが……行けるか? いや――何としても行かなくては」
今日は大地の日ではないから、引き出せる神力も限られている。
本日二度目の転移となるし、魔力も神力も鉱山の騒動ですでにかなり使ってしまったが……この距離なら、何とか辿り着けるだろう。
早く彼女の元へ――もはやそれ以外のことは何も考えられず、私はすぐさま転移魔法を起動したのだった。




