91. 崩落現場 ★ギルバート視点
引き続きギルバート視点です。
――*――
ルーカスに魔法隊の指揮を任せ、私は救助隊のメンバーを数人連れて、坑道の中を進んでいく。
「暗いな」
そう呟いて、私は腰に差していた剣を鞘ごと手に持ち、柄の部分に照明魔法をかけた。
普段は壁に吊された照明用の魔道具が光を放っているのだが、今は魔力ノイズのせいか一定の光量が保たれず、不気味に明滅を繰り返していた。
剣にかけた照明魔法は、私が直接魔力を送り続けているため、魔力ノイズの中にあっても充分な光量を確保できている。
「……崩落現場は西側34地点だったな」
頭の中で鉱山内部の地図を思い浮かべながら、坑道を進んでいく。
坑道内のあちこちに現在の地点を示す看板が掛けられており、数字が小さい方に進めば外へ出られるようになっているので、地図を知らなくても迷うことはない。
予想通り、時折、要救助者に遭遇する。
怪我をして動けない者、爆発音で鼓膜をやられた者、魔力ノイズのせいで体調不良を起こしている者――彼らを救護するため、連れてきた救助隊の人数もひとり、またひとりと離脱し、数を減じていく。
崩落現場のごく近くまで到達する頃には、私の後ろを歩く救助隊員は、誰もいなくなっていた。
とはいえ、ここまで来ると、もう急いで救助が必要な被災者もいなくなっている。……彼らの帰宅は、事態が全て収束した後になるだろう。
「西側30地点……む、転送用の魔道具は、もう使えないか」
ここまで魔力ノイズが強くなると、魔道具での送受信は難しい。
剣の柄にかけた照明と同様、私自身の魔力を直接送れば、こちらから何かを転送することは可能だろう。
しかし、ルーカスやジェーンの方から私に連絡する手段は絶たれたと思っていい。
ティーナに贈った魔石からの信号も、今は届かないだろう。
そうそう危険はないと思うが、ここから出たらすぐにティーナの様子を見に行こう――私はそう思いつつ、更なる奥地へと足を踏み入れていった。
そうして、私はついに崩落地点にたどり着いていた。
天井部分が大きく抉れ、金属製の看板も溶け落ちてしまっている。ここで崩落と爆発が起こったのは、間違いない。
「……地面に、大穴が」
崩落地点の地面に、底が見えないほど深い、謎の大穴が空いていた。
そして、穴からは禍々しいほどの強力な魔力が漏れ出している。
「何だ? 寒気がするほどの魔力――いや、これは……瘴気か?」
間違いない。
強烈な魔力の中に、魔物の放つ瘴気がわずかに含まれている。
だが、神経を研ぎ澄ませて辺りを探っても、近くから魔物らしき気配は感じられなかった。
「まさか、崩落の原因は……魔物? だが、その魔物はもうここにはいない……どういうことだ?」
フォレ領最西端に位置する鉱山の、西側深奥地点。
領地の北側は大河を隔てて魔境に隣接しているが、東は大きな湖に、西には山脈と山脈の間を横切る深い谷によって、自然の境界線が引かれている。
ここに魔物が出現したとしたら、この大穴は、西国との境にある深い谷底と繋がっているのかもしれない。
実証はしていないが、谷底には濃い魔力が満ちていると昔から言われているし、それであれば穴から強烈な魔力が吹き付けてくるのも理解できた。
「坑道内を魔物が通った気配はない。となると、谷底の方へ向かったのか?」
地面や岩の中を進む魔物には、いくつか心当たりがある。代表的なのは、ワーム系の魔物や土竜系の魔物だ。
「奴らが谷底からやって来て地面を突き破り、崩落と爆発に驚いて元の穴から戻っていった……、もしくは、地面の中で魔物が生まれ、その衝撃で崩落が起こり、魔物は谷底へ向かった……」
だが、今ここでいくら仮説を立てたところで、証明は出来ない。
いずれにしても、大穴の処置が最優先だ。
「一時的に結界を張って、魔力を中和したら、人を呼ぶか。この穴は埋めて、今後しばらくは西側を立ち入り禁止にする必要があるな」
方針を決めて、私は結界魔法を展開する。
この強烈な魔力を遮断するためには、私自身の魔力ではなく、神力も使う必要がありそうだ。
体内に眠る女神の呪いを自ら呼び覚ますと、ばさりと音を立てて、私の背中に、仮初の醜い翼が広がった。
「……問題ない、魔力ノイズで遠視魔法は届かない……そもそもこの翼は普通の人間には見えない……それに、あたりを光で満たせば何も見えない……だから問題ない……」
私は自分にそう言い聞かせながら、女神のおぞましい力を解放していく。
「――忌まわしき女神の血よ、私に力を貸せ」
黄金色の光が、あっという間に周囲の魔力を浸食していく。
大穴から流れてきた魔力をもとの地中に追い返すと、黄金色の神力で大穴の表面を覆い、もう出てこないように閉じ込めた。
私がゆっくりと女神の呪いを体内に押し戻すと、醜い翼も黄金の粒子となって大気に溶け消えた。
最後に、周囲を満たしていた閃光の光量を徐々に下げてゆき――黄金色の光がすっかり収まったときには、魔力ノイズも綺麗に除去されていたのだった。
「……ふう。流石に疲れたな。だが、まだ戻るわけにはいかない」
大穴の表面を覆う、黄金色の結界。
穴を埋めて、別の魔法使いの結界で覆うまで、私はこの結界を維持しなくてはならないのだ。
「今は樹木の日の……間もなく夕方か。大地の日の昼頃までに、工事が間に合うと良いが」
私はそうぼやきつつ、人を寄越して穴を埋めるようにとメモをしたためると、転送用魔道具を取り出してルーカスに連絡を取った。
そうして無事にメモを送付した後、ルーカスからすぐに返信があった。
「――動ける魔法隊を全員送るから、それで交替可能ならすぐに戻れ……? 何かあったのか?」
どくり、と心臓が嫌な音を立てる。
私の血に流れる本能が『急げ』『今すぐ』とせき立ててきて、秒を追うごとに不安は倍増していく。
ようやく魔法使いたちが私のもとへ到着し、五人がかりで結界を張ることで無事に交替できそうだということが判明すると、私は急いで管理事務所へと転移した。
「閣下!」
「ルーカス、何があった!」
そこでルーカスから告げられた言葉は。
「……クリスティーナ様が、いなくなりました」
「――は?」
私は全身からどうしようもなく魔力が吹き出し、自身の瞳孔が縦に開いていくような感覚を幻視したのだった。




