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無能聖女の失敗ポーション  作者: 矢口愛留
第五部 聖女誘拐編

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90. 魔力混濁 ★ギルバート視点


 ギルバート視点です。


――*――


 事故の起きた魔石鉱山の、管理事務所の一室。

 自分の鞄の中から起動音が聞こえ、私は愛用の転送魔道具を取り出した。

 魔石が青色に光っている。ジェーンの魔力だ。

 だが――転送魔道具に入っていたのは、見慣れた琥珀色のポーションではなかった。


「――魔力混濁か。失念していた」


 灰色に濁った、お世辞にも美しいとは言えない中級ポーション。

 この中身がティーナのポーションなのは明白なのだが、どうにもこの色は好きになれない。長年ティーナから搾取し、今も王家を謀り続けているあの女を思い出してしまうから。



 私が『魔力混濁』のことを知ったのは、もう何年も前、転送魔法の実験を繰り返している最中だった。

 自由に転送魔法が活用できるようになれば、王都でポーションを買い付けて、フォレ領に送ることができるのではないか――そう思って、城内で転送魔法の実験を繰り返していたのだ。


 最初は、食器やナイフなどの無機物から。続いて、紙束やパン、茶葉などの魔力を含有しない有機物。ここまでは、いずれもうまく転送することができた。


 問題となったのは、魔力を含有する物質だった。一部、色が変わってしまう素材が出てきたのである。

 素材の品質に変化はなく、魔法薬も魔道具も効果効能に影響はない。しかし、鑑賞を目的とした魔道具や、直接摂取する魔法薬などの色の変化は致命的だ。


 そして、変色してしまう素材にも法則があることがわかった。

 影響を受けるのは、人が手を加えたものや、魔物から採取される素材。すなわち、『生きた魔力』を介した物だけだった。

 薬草や灯火薔薇(ランプローズ)等の植物素材、魔石や魔法銀のような鉱物資源――もともと自然界に存在する素材には、魔力混濁が起こらない。


 詳しい理由は未だ解明されていないが、二人以上の人間が同時に魔力を込める際には、何故か魔力混濁は起こらないのだ。そのため、幸か不幸か、この現象が起きた場合は『他人が後から手を加えた』ことの覆らざる証明となる。



 私が灰色のポーションを手にしたまま、それをどうするか暫し迷っていると、鉱山責任者の男が私の手元を見て歓喜の声をあげた。


「おお、早速フォレ城からポーションを送って下さったのですな! しかもこのお色味、もしや筆頭聖女様がお作りになったものではありませんかな?」


 私はそれに返事をすることなく、眉を顰めながら救助隊の鞄にポーションを封入していく。


「いやはや、儂も一度筆頭聖女様の上級ポーションを拝見したことがございましてな。それはそれは美しい、月のような銀色で――」

「――うるさい、黙れ。非常時だぞ」

「っ! し、失礼いたしました」


 喋っていないと不安なのだろう、いつもよりも饒舌になっている鉱山責任者の口を閉じさせた。

 筆頭聖女に心酔しているらしい彼には申し訳ないが、あの女をたたえる言葉など聞きたくもない。


「……はあ、仕方がない。呼び寄せるか」


 実際、ここにティーナを呼び寄せるのは危険でしかないが、背に腹は代えられない。

 このまま灰色のポーションを使い続ければ、筆頭聖女の崇拝者らしいこの男の良く回る口が、今回の爆発事故に伴う治療の功労者として筆頭聖女を褒め称えることになるのは、目に見えていた。


 転送による魔力混濁のせいで、ティーナの手柄がまたあの女に奪われてしまうのは気に食わない。

 それに、そうなれば、今回の件についての話が、いずれ筆頭聖女本人の耳にも入ってしまうだろう。

 その事態は何としても避けたい――たとえ今、少しの危険を冒したとしても。


 事故現場にはたくさんの人間が出入りしているし、混迷を極めている。

 だが、私が常にそばにいれば、安全だろう。

 この管理事務所から出ないように周辺を固めれば、危険が及ぶこともまずないはずだ。



 私はジェーンに一筆書いて転送すると、責任者の男を一瞥する。

 男は先ほどから右往左往しながら報告待ちをしているだけで、ほとんど役に立っていない。待っている間、必死に被害額の算定だけはしているようだが、それは今すべき仕事ではない。

 私はため息をついて、男に声をかけた。


「――ここに聖女を呼ぶ。重傷者を運び込むための救護室を用意しろ。市内に滞在中ゆえ、すぐに到着するはずだ。聖女の安全確保もぬかるなよ」

「えっ、ここに聖女様を?」

「いいから早くしろ。それと、到着したら、必ず私に知らせるように」

「はっ、た、ただいま!」


 責任者は慌ただしく部屋を出て行った。

 私は再びため息をついて、遠視魔法で鉱山内の様子を探っている魔法隊の補助をするため、臨時で設営された司令部へ向かったのだった。


 ――その後。


 救護室の準備を始めた責任者の男に接触した人物がいたことに、情けなくも、私は全く気がつかなかったのである。





 魔法隊の仮設本部で過ごすことしばし。


「……そろそろか?」


 私は時計を確認する。ティーナが到着したという連絡は未だに届いていないが、もうそろそろ到着する頃だろう。

 ジェーンから遅れるという連絡も来ていないし、ティーナの魔石から『危機反応』の信号も届かない。今のところ、特に問題がないという証左である。


「――南側26地点の魔力ノイズ、除去完了! 要救助者は不在、そのまま27地点に移行します!」

「西側18地点、生命反応あり! 魔力ノイズ未除去につき、怪我の程度は確認できません!」

「崩落地点から噴出する魔力が多すぎます! 原因を特定しない限り、魔力ノイズの完全除去は難しいかと!」


 私に、魔法隊の面々から次々と報告が届く。

 本来の責任者が魔法に関して疎いために、結局私がこうして、他鉱山から集まってきた魔法使いたちを束ねて指揮を執ることになってしまっていた。


「爆発と魔力ノイズの原因を究明する必要があるな。しかし、崩落地点に直接出向くのは危険。魔法での探索も難しい……か」


 水魔法や風魔法、重力魔法……ありとあらゆる手段で魔石粉の除去を試みたが、どうしても崩落地点周辺の魔力ノイズが解消されない。

 鉱山内部の地図を置いたテーブルに両肘を置いて指を組み、目を閉じる。

 ふう、と長いため息をついて、私は目を開け立ち上がった。


「……私が崩落現場に行く」

「閣下、それはさすがに――」

「私なら、周辺の魔力を一時的に中和し、転移魔法を使ってここまで即座に戻ることができる。それが一番確実で早い……、いや、それ以外に、被害を最小限に留め解決する方法はない」


 私の決断に、隣に控えていたルーカスが即座に制止しようと声を上げる。

 しかし私の決意を感じ取ったのか、彼は言葉を呑み込み、ぐぅ、と唸り声をあげた。


「皆、よく聞け。この場の指揮権をルーカスに委譲する。ルーカスは私の右腕だ。彼の指示に従い、事態の収束に全力を尽くせ」


 私が声を張り上げると、魔法使いたちは各々戸惑いながらも頷いた。


「……閣下。これ以上なく危険な行為ですぞ? 正気ですか?」

「私は正気だし、危険なのは言われずともわかっている。心配いらない、私はちょっとやそっとでは倒れぬ……あなたも知っているだろう、師匠?」


 険しい顔をしているルーカスを懐かしい呼び名で呼ぶと、彼はあからさまに嫌そうに眉を顰めた。


「……閣下はもう我輩の弟子ではございません。自分よりも強い者にそう呼ばれると寒気がする。やめていただきたい」

「ふ。何かあったらすぐに戻る。それと、間もなくティーナが到着するはずだ。ジェーンも付いているから問題ないとは思うが、何かあったらすぐに連絡を寄越せ」


 私はそう言い残して、辺境騎士団の黒いマントを羽織り、坑道内へと急ぎ向かったのだった。



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