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無能聖女の失敗ポーション  作者: 矢口愛留
第五部 聖女誘拐編

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88. 事故発生です



 西の街(ウエストシティ)近隣の魔石鉱山の一つで崩落事故が起きたという知らせが届いたのは、私たちが宿を出ようと準備していた頃だった。


「閣下、よろしいですか」


 出発直前、私とギル様の前にすっと現れたのは、視察中ずっとギル様の従者として帯同していたシニストラ卿だった。


「ああ、ルーカスか。何かあったのか?」

「先刻の地震について、お耳に入れたいことが」


 しばらく前、私たちが朝食をとっているときに、ずんと腹の底に響くような低い音と共に地面が揺れるような感覚があったのだ。

 ジェーンもギル様も特に何も言わなかったので、気のせいかとも思ったが、そうではなかったらしい。


「話せ」


 ギル様が短く返答すると、シニストラ卿は首肯し、手に持っていた地図らしきものをこちらに見えるように差し出した。

 どうやら、ウエストシティ近辺の地図のようだ。一箇所に赤いインクで丸印がつけられている。


「例の地震ですが、魔石鉱山で起こった事故の影響とのことです。現場は、印をつけた魔石鉱山です。被害の全容はいまだ不明。現在、関係者が確認中ですが、単純な崩落事故ではなく、爆発を伴うものとの情報があります」

「爆発事故だと?」


 ギル様はぎゅっと眉根を寄せた。

 少しだけ考えるようにして、ギル様は低く声を発する。


「……魔石粉の飛散による粉塵爆発が発生したか、可燃性のガスが噴出したか……いずれにしても、対応を急ぐ必要があるな。要救助者の人数は?」

「まだ詳細は不明です。現地の魔法師が遠視魔法で調査中ですが、魔石粉の飛散のためか、魔力ノイズが発生。調査は難航していると連絡がありました」

「となると粉塵爆発の線が濃厚か。……厄介だな」


 ギル様は顎に手を当て、すぐさまシニストラ卿とジェーンに指示を出した。


「ルーカス。今日予定していた、魔法銀鉱山の視察は中止だ。他の鉱山の採掘作業も今日は全て取りやめ、動ける者全員で、順次事故現場のフォローに入るよう指示しろ。ただし各鉱山の必要最低限の管理者と、受刑者の監視員は削らず確保するように」

「はっ、承知」

「ジェーンは取り急ぎ、薬草を可能な限りかき集めてくれ。それと、ポーション用の空き瓶もあれば入手してほしい。なければ代用できそうなものを用意しろ」

「かしこまりました」


 シニストラ卿とジェーンは、ギル様から指示を受けるとすぐに短く一礼し、部屋を出て行った。


「――ティーナ」

「はい。お任せください」


 ギル様は険しい表情のまま、私の方へと向き直る。

 ジェーンに指示した内容から、ギル様が何を言うかは想像がついていたので、私は彼に向かってしっかりと頷いた。


「……本来なら、君の力を公の場で使うのは時期尚早なのだが、緊急事態だ。すまない。おそらく、大量にポーションが必要になるからな……協力してくれたら助かるよ」


 被害の全容はまだわかっていないようだが、爆発事故となると、おそらく被害規模も大きいだろう。

 できる限り迅速に鉱山内の安全を確保し、要救助者にポーションを届けなければならない。


「もちろんです! 大急ぎでポーションを精製しますね」

「ああ、頼む。ジェーンが戻り次第、精製を開始してくれ。すぐに使う物だから、抽出液の濁りや純度は気にせず、薬草を絞るか刻むかしてエキスを抽出してしまって構わない」


 ギル様の言葉に、私は頷く。

 普段であれば、ポーションの分離を防ぎ長持ちさせるために、薬草を漬けておいた薬液を利用してポーションを精製するのだが、今回は日持ちを気にする必要がない。


「精製したポーションは、完成した分から順次ジェーンに渡してくれ。私は現場に向かうが、何かあればすぐに転移魔法で戻ってくるから、ブローチを忘れずに身につけておいてほしい。――ウォード殿、ティーナを頼むぞ」


 ウォードが重々しく首肯したのを確認し、ギル様は私の手を取り指先にキスをする。


「行ってくる」

「……はい。行ってらっしゃいませ」


 ギル様は甘やかに微笑むと、颯爽と部屋を出て行った。




 ギル様が出て行ってすぐ、私も行動を開始した。


 まず、宿の人に説明して、大鍋と小鍋を一つずつ貸してもらい、水を汲んで自室へと運び入れておく。

 これで、ジェーンが戻ったらすぐにポーションの精製を開始することができる。


 続けて、視察用に身につけていた上質なデイドレスから、長距離移動時に着る動きやすいワンピースに着替えておいた。

 ポーション精製の際にいつも身につけている、辺境騎士団の黒ローブを羽織る。

 ローブにもギル様の魔力がこもった飾り石はついているが、念のため、ブローチもワンピースの胸元に装着した。



 そうして、私がバタバタと準備をして、ジェーンも街の薬問屋で薬草と空き瓶を買って戻ってきたとき。

 その頃には、騒めき立っていた宿の従業員たちも落ち着きを取り戻し、今朝方までの静けさが戻りつつあった。


 騎士たちに指示を出し各所へ連絡を済ませたシニストラ卿が、ジェーンと入れ替わるように現場へと出立していく。

 フォレ城から視察に同行していた辺境騎士団の面々も、私の専属護衛であるウォードを除いて、誰もいなくなった。


 ジェーンとウォードにも薬草を刻むのを手伝ってもらい、大鍋から小鍋に移した薬液に、豪快に魔力を注ぎ込んでいく。

 今回は純度や均一さを気にしなくても良いため、細かく計量をする必要がない。

 小鍋一つでポーション二、三本ぐらいの量があったが、問題なく魔力は浸透していった。


「ジェーン、まずは小鍋一つ分完成したわ」

「かしこまりました。早速、手配をいたします」


 そう言ってジェーンは、どこからかシンプルな小箱を取り出した。

 書類が一式入りそうな大きさで、一見、分厚い本のようにも見える。


「それが転送魔道具?」


 私は、次の小鍋を用意しながらジェーンに尋ねた。


「左様でございます。中に転送したい物を入れたのち、上面に付いているボタンを押して転送先を選択し、魔石に魔力を流せば、中身が転送される仕組みでございます」

「へぇ、すごい! これでギル様のもとへポーションを送るのね」


 ジェーンは頷き、小鍋から空き瓶にポーションを移し替えて蓋を閉めると、魔道具の中に寝かせて入れた。

 ポーション瓶もギリギリ入る厚さで、転送には問題なさそうだ。


「では、蓋を閉めて魔力を流します」


 ジェーンはそう言って、魔道具の上面に付いている魔石に手を触れ、魔力を流し込んでいく。

 ジェーンの手からしずかな青色の魔力が放たれ、魔石に吸い込まれていった。

 少しして魔道具の端からわずかに灰色の煙のようなものが漏れ出し、魔石は魔力を吸うのをやめる。


「これで主様のもとへ転送されたはずです」


 再び蓋を開くと、先ほど封入したはずのポーションが消えてなくなっていて、私は「わぁ」と歓声を上げる。


 再度魔道具の蓋を閉めて、しばらく次のポーションの精製に集中していると、上面の魔石が山吹色に光った。

 ジェーンが魔道具を開くと、そこには一枚のメモが入っている。ギル様の筆跡だ。

 ジェーンはメモを手に取ると、内容を読み上げた。


「――ポーションの転送はただちに中止。安全に細心の注意を払って、直接現場へ連れて来てほしい、と、主様が」

「え……何かあったのかな」

「詳しいことは何も。とにかく、参りましょうか」


 転送したことでポーションの品質が変わってしまったのだろうか。

 それとも、ポーションでは治癒できないほどの重傷者が出たのだろうか。


「念のため着替えておいて正解だったわ」


 何があったかこの文面からは一切わからないが、私たちは急いで出かける支度を始めた。


 馬車でもポーションの精製ができるように材料を積み込み、私と一緒にジェーンが客車に、ウォードが御者席に乗り込んで、現場へと出発したのだった。



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