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無能聖女の失敗ポーション  作者: 矢口愛留
第五部 聖女誘拐編

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87. 西の街へ移動です



「ふわ……あ……」


 翌日。

 移動中の馬車の中で、私は何度もあくびを噛み殺していた。


「ティーナ、寝不足か?」

「……まあ、そうですね……」


 誰かさんのせいで、という言葉は飲み込む。


 結局昨日は夕食を一緒にとった後、琥珀珈琲(アンバーコーヒー)でくつろぐ時間が済むまで、扉は開けたままで過ごした。

 当然ではあるが、寝る時はきちんと扉を閉めて、別々の部屋で眠ったし、寝支度を始めるまではジェーンも同じ部屋にいた。

 けれど、夜まで開け放たれていた扉と、すぐ近くから感じられるギル様の気配に、ドキドキがずっと収まらなくてなかなか寝付けなかったのだ。


「移動中に少し眠ったらどうだ? 私の肩か膝を貸そうか?」

「だ、大丈夫ですっ」

「ふ、残念」


 そんなの、緊張してまた目が冴えてしまうに決まっている。私は慌てて断った。


「だが――本当に良かったのか? 西の街(ウエストシティ)の視察は、私だけで行っても良かったのだぞ」

「私が行きたいと思ったんです。フォレ領のこと、きちんと知っておきたいから」

「ティーナ……。ありがとう」


 これからは、ギル様の隣で、私も領地に責任の一端を担うことになる。

 責任ある立場の人間が、日の当たる場所だけしか見ないというのは、やはり違うと思うのだ。


 ――まあ、神殿にいた頃には、見ようとしない人間がゴロゴロいたのだが。

 けれどその一方で、まさしく陰の部分にいた私を掬い上げてくれた人たちがいる。

 孤児だった私を保護してくれた老神官様、間接的に何かと融通をきかせてくれた人事担当の神官様、冒険者ギルドのことを教えてくれた神殿騎士様。


 そして、私を救ってくれた筆頭が、今目の前に座っている、美しい婚約者だった。

 神官様たちにはもうお礼はできないが、私は、ギル様やジェーンたち、そしてフォレ領に恩返しをしたいのである。


「――ウエストシティは、これまでと違い離れた位置にある。途中、宿場町で一泊し、二日がかりで移動となるから、疲れたらすぐに言ってくれ」


 ギル様に了解と感謝の意を伝え、私は窓の外を眺める。

 進行方向には、これまでと違い、高い山々が連なっていた。王都付近から見えた柔らかな稜線とは異なり、少し尖った形状の山が多い。


 フォレ領は東西に長く、特に西側に細長く張り出した形をしている。

 西の街(ウエストシティ)は、山と山の間に広がる裾野の街。中央の街(セントラルシティ)からもフォレ城からも、馬車で一日半から二日ほどの道程だ。


「ちなみに、今日泊まる宿も、同じように続き部屋になっているからな」

「えっ――」

「何故そんなに驚いている? 私から、片時も離れないでいてくれるんだろう?」

「そっ、そうですけど、でもっ……、ドキドキしちゃって……」

「ふ。その初心な反応も愛おしいが、結婚したら毎晩共に眠るのだから、私としては早く慣れてほしいところだな」

「ま、毎晩……!? ひぇぇ、善処します……」


 私が顔を真っ赤にしてしどろもどろになっているところを、ギル様は窓枠に頬杖をついて見つめている。


「可愛い」

「〜〜っ!」


 私が耐えきれずに顔を両手で覆うと、ギル様は無邪気な声で、ふふっと笑ったのだった。





 そうして、ようやく到着した西の街(ウエストシティ)。最後の視察地である。


 灯火の日に中央の街(セントラルシティ)を出発して、到着したのは慈雨の日の午後、まだ日が高い時間だ。

 大地の日の夕方までにはフォレ城に帰らなくてはならないことを考えて、出発は翌日――樹木の日の昼過ぎを予定している。

 そのため、今回は到着直後から視察をする予定になっていた。


 初日の視察は、鉱山で採れた鉱石を精錬加工する工場と、それを更に魔道具や武具などの実用品に加工する工房。

 孤児院の視察は、今回はしないことになった。


 もともとギル様はウエストシティの視察に私を連れて行くつもりがなかったので、孤児院にも事前の連絡をしていなかった。

 視察の予定が詰まっているので時間の調整も難しいし、どうしても私から離れたくないギル様からしたら、今回無理して行かなくてもという感じのようだ。


 なお、ウエストシティの主産業である鉱山の視察だが、そちらは翌日の朝からという予定になっている。


 安全第一で作業をしているとはいえ、鉱山内ではいつ何が起きるかわからない。

 労働者たちが驚いてしまうだろうし、落盤やガス、炭塵爆発などの事故の危険性もあるため、ギル様や私たちが自ら鉱山内に入ることはできないそうだ。

 管理事務所で話を聞いたり、遠くから労働者たちの様子を観察したり、あとは遠視魔法で鉱山内の状態を確認する場合もあるのだという。


 遠視魔法を応用して中の様子を見られる魔道具の開発も進めており、それが完成すれば魔術師不在でも鉱山内の状況を知れるようになるため、さらに鉱山内の安全性は上がるだろうとのことだ。


 ちなみに、そのプロトタイプはすでに完成していて、実は私の手元にある。ギル様から貰ったローブやブローチについている、黄金色の飾り石だ。

 遠視魔法も、この飾り石も、もともとは鉱山事故を減らすために開発したものだったらしい。



 鉱山都市であるウエストシティもまた、これまでに立ち寄ったどの街とも印象が異なっていた。

 あまり治安が良くないと聞いていたが、思っていたほど寂れている風でもないし、汚れた雰囲気もない。

 どうやらそういった地域は、街の中でもごく一部分であり、時間帯にもよるようだ。


 私たちは、予定していた視察を日が暮れる前に済ませ、無事に初日を終えることができた。


 そして。

 問題が発生したのは、翌朝のことだった――。




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