8. ポーションを精製します
失敗ポーション休憩を挟みつつ、キッチンをある程度磨き終える。そのまま大部屋の掃除に突入していたら、いつの間にか日が傾いてきていた。
「あー、時間が経つのって早い」
私はそうぼやいて、大部屋の照明を点ける。埃は明るいうちにある程度払っておいたので、抜かりはない。
天井にぶら下がっている照明用の魔道具は、神殿にあった簡素なものとは違って、ずいぶん立派だ。
確か、シャンデリアとか言っただろうか。わずかな振動で透明な飾りが揺れ、それに光が反射してきらきらと輝く、貴族に人気の照明器具らしい。
自分には縁のないものだと思っていたので、細かい部分の掃除の仕方がわからない。あとでジェーンさんに聞いてみた方が良さそうだ。
「明日になったら、窓掃除と、カーテンも洗わなくちゃね。あとは……お庭も少し手を入れたいな」
家庭菜園らしきところは、おそらくジェーンさんが世話をしているのだろう。だが、それ以外の場所は雑草が伸び放題だ。広大な敷地なので、草むしりも大変そうである。
「キリもいいし、そろそろポーション作っておこうかな」
私は先ほど洗っておいたグラスに、水を入れる。規定の瓶と同じぐらいの水量……グラスに半分ぐらいだろうか。同じグラスが七つあったので、全てに同量の水を注ぎ、トレーに載せてテーブルに運ぶ。
「ふぅ」
椅子に腰掛け小さく息をついた私は、目を瞑り、七つのグラスにまとめて浄化の魔法をかける。手のひらからぼんやりとした光が発せられ、私の周囲に広がっていく。
光の色は、オレンジよりも少し深い黄色。これが私の魔力色である。光量が少ないのは、私の魔力が弱いせいだと思う。
「うん、もういいか。すう……はあ……」
私は浄化の光をおさめると、深呼吸を繰り返す。ここまでの作業は簡単なのだが、この後、治癒の魔力を込めていくのが難しいのだ。
実際、浄化の魔法は十本ぐらい同時にかけても均一に仕上がるが、治癒の魔法は一本ずつでないとできない。
「よし」
気合いを入れて、一杯目のグラスに治癒の魔力を込め始める。琥珀色の光の粒が点々と現れ、浄化を施した水に降り注いでいく。光の粒は徐々に増えていき、濃度を増して、水に吸い込まれていく。
しかし、水から霧散していく魔力もかなり多い。ポーション精製の鍵になるのは、この霧散していく魔力よりも多くの魔力を一気に注ぎ、固定させることだ。
魔力を効率よく固定するためには、その前の浄化の作業で不純物をしっかり取り除いておく必要があるらしい。
特に、植物の液や動物の角など、他の薬の素材になるようなものが混ざっていると、互いに干渉し合って治癒の効果が減ってしまう――初めて治癒魔法に挑戦したときだったか、筆頭聖女様自ら、私にそう教えてくれたことがある。
なら、解毒ポーションなどはどうやって作っているのかと興味本位で聞いたら、「お前ごときにはまだ早いわ。余計なことを考えず、まずはまともなポーションを作ってみたらどうかしら」と怒られてしまった。
そして、基本のポーション精製すらロクにできないからだろう。神殿には、怪我や病気の治癒のために訪れる人がいるのだが、私が治癒希望者たちの前に出させてもらったことは一度もない。
練習相手もいなかったし、本番で恥をかかないようにしてくれたのだと思う。筆頭聖女様は、お言葉こそ厳しいし、一見無理そうなことを仰ることも多いが、優しいお心を持っているのだ。
彼女は、性格も良い上に、月のように輝く長い銀髪と紫色の瞳の、美しい容姿をしている。生家は由緒正しい侯爵家で、幼い頃から王太子殿下の婚約者という、世の中の全てを持っているようなお方だ。
親の顔もぼんやりとしか覚えていない孤児の私なんかとは、住む世界が違う人なのである。
「あっ」
余計なことを考えながら魔法を使っていたからだろうか。また、精製に失敗してしまった。
魔法の発動をやめると同時に、グラスの中の魔力が霧散していく。
「あーあ。失敗ポーションだ……」
できあがったのは、ほぼ透明な、薄い褐色の液体。私はため息をついて肩を落とした。
「できたてのポーションですか。独特な香りがするのですね。香ばしくて、良い香り……どこかで嗅いだことがあるような……」
「へっ!?」
私が驚いて振り返ると、すぐ近くにジェーンさんが立っていた。作りたての失敗ポーションの入ったグラスを、眺めていたようだ。
「驚かせてしまいましたね。申し訳ございません」
「い、いえ……」
ポーション精製のときは集中しているから、物音に気がつかないことも多いが、こんなに近くにいるなんて。彼女は気配を消す達人ではないだろうか。足腰が悪いはずなのに、不思議である。
「クリスティーナ様、少し早いですが、夕食をお持ちいたしました。わたくしは、これから主様のお世話に戻らなくてはなりませんので。お好きなときに召し上がってください」
「わかりました。ありがとうございます」
ジェーンさんは夕食の入ったバスケットを、テーブルの上に置いた。アンディの分がないので昼よりも少なく見えるが、これまで一日一食生活だった私にとっては、充分すぎる量だ。
「それと……アンディ様から伺ったのですが、クリスティーナ様のポーションを飲むと、体力が回復するとか。おひとつ、頂いてみてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです! ひとつでもふたつでも、お好きなだけ持って行ってください。鞄の中にもまだ残ってますから」
「それでは、お言葉に甘えて、ありがたく頂戴いたします。こちらのグラスと、瓶に入ったものを一本、頂いてよろしいですか?」
「どうぞどうぞ!」
私が鞄の中から失敗ポーションの瓶を取り出すと、ジェーンさんは丁寧に礼を言って受け取った。そうして彼女は、瓶とグラスを持って、母屋へと戻っていったのだった。
――まさか、ジェーンさんに渡したこの失敗ポーションがきっかけで、私の身にあんなことが起きようとは。
このときの私は、全く想像もしていなかった。




