86. 愛が重い、みたいです
お待たせしました、第五部です。
ようやく時間ができてストック作れたので、可能な限り毎日更新できるよう頑張ります。
セントラルシティの視察では、少し大変なことがあった。
危惧していた、教会関連のトラブルである。
なにせ、フォレ領唯一の教会があるのが、セントラルシティなのだ。教会は重要な施設。直接視察に赴かないわけにはいかない。
ギル様は私を伴わず、シニストラ卿と一緒に視察へ向かった。
その間私は、ヴェール付きの帽子を被ったまま、短時間だけ教会併設の孤児院を訪問した。こちらも領内最大の孤児院であり、避けることはできなかったのだ。
私は、顔をじっくり見られないように注意していたのだが――帰り際に、運悪く、神殿時代に見たことのある聖女に遭遇してしまった。
「――っ」
どうやら彼女は、足の悪い患者を馬車止めまで送り届けにきたらしい。
思わずパッと顔を背けたのだが、よくよく考えると私の顔はヴェールで隠れているのだし、少し違和感のある行動だったかもしれない。
私が内心ドキドキしていると、聖女がこちらをちらりと見たような気配がした。
私の様子がおかしいことを察知したウォードが、さりげなく彼女と私の斜線上に割り込み、大きな身体で視線を遮ってくれる。
少ししてギル様たちが神殿から出てきたので、聖女は患者と一緒に立ち止まって出入り口の方へと向き直り、道を開けた。
結局、彼女の視線が再びこちらへ向くことはなく、私はギル様より一足先に、公爵家の馬車へと乗り込んだのだった。
「――では、ポーションの件は、先ほど伝えたように取り計らってくれ」
「承知いたしました。解毒と状態回復を中心に、回すようにいたします」
「よろしく頼む」
「お任せくださいませ。――例年通りですと、この後は西の視察でございましょうか。行ってらっしゃいませ」
「ああ。では失礼する」
開けたままの扉の外から、ギル様と神官の声が聞こえてくる。
挨拶が済むと、ギル様は私が待つ馬車に戻ってきた。
扉が閉まり、馬車が出発して、ようやく私は帽子を外しホッと息をついた。
「どうした? 何かあったのか?」
「あ……いえ、見知った顔の聖女様がいたので、少し緊張してしまって」
「……なに?」
「あっ、でも、向こうは私に気がついていないと思います。ヴェール付きの帽子をかぶってましたし、距離もありましたし」
ギル様の顔が、険しさを帯びていく。
私はすぐさまフォローを入れたが、それでもやはり不安なようだ。
「……ティーナ、この後の視察だが」
「いやです。私も行きます」
「だが――」
「せっかく、一番危ないところの視察が終わったんです。神官様も聖女様も、視察のために外出せず教会に集まっていたでしょうし、この後はもう何もないんじゃないですか?」
私はギル様に二の句を継がせず、反論をした。
ギル様は険しい顔のまま、視線で抗議するように私を見ている。
「大丈夫です。私も、視察ぐらいちゃんとこなして、ギル様のお役に立ちたいんです。だって、私、ギル様の――つ、つ、妻になるんですからっ!」
「っ、ティーナ――」
私が顔を真っ赤にしながら言い切ると、ギル様は毒気を抜かれたように目を丸くした。
端正な顔が、ほんのりと赤く色づいていく。
「――ふ。そんな風に言われてしまうと、弱いな」
ギル様は立ち上がって、私の隣に移動する。
私は少し横にずれて場所をあけるが、ギル様はその分ずいずいと距離を詰めてきた。
「ギ、ギル様?」
「君が視察を諦めないと言うのなら、ひとつ、条件がある」
「な、何でしょう――ひゃっ?」
ギル様は私の腰に手を回して、力強く引き寄せた。
私の顔が彼の胸元にぐっと近づく。彼のまとう爽やかな香りが強くなり、なんだか少しクラクラとした。
「ギ、ギル様、条件って――」
「フォレ城に帰るまで、私から片時も離れないこと」
「片時も?」
「そうだ」
ギル様は私のおとがいを指で持ち上げる。
美しい黄金色の瞳が、間近から私を射貫いている。私は思わず息を止めた。
「ふ。大丈夫だから、ちゃんと息をしなさい」
「んっ」
ギル様は可笑しそうに笑って、私の額に口づけをすると、顎をとらえていた指をそっと外した。
「私の妻になるひとは、本当に可愛いな」
「……っ」
私を解放して元の席に戻ったギル様のキラキラとした笑顔は、とにかく甘くて、どこか意地悪で。
これからずっと彼の妻として隣にいるのだと思うと、私の心臓が持たないかもしれない。
その後の視察では、ギル様は本当に私から片時も離れることがなかった――文字通りの意味で。
「公爵閣下、少しあちらでよろしいですか? 冬季の公共事業について、ご相談したいのですが――」
「いや、このまま頼む」
「ですが」
「何か問題が?」
「い、いえ……」
ギル様は、私の腰を軽く抱いたまま、役人たちから報告を受けていく。
これまでなら私は少し離れた場所で待機したり、孤児院の視察など別行動をしていたのだが。
私は内心「すみません」とひたすら謝りながら、ギル様の隣で縮こまっていることになったのだった。
*
そうして、夕方――。
「宿にさえ戻れば、ギル様は私を解放してくれるはず……そう思っていた時もありました」
そんな風に独白してため息をつくと、ジェーンがテーブルに果実水を用意しながら、くすくすと小さく笑いをこぼした。
「失礼いたしました」
「ううん。でもまさか、ここがギル様の部屋と続き部屋になってたなんてね……」
「スイートルームでございますから」
私は、これまでの三泊で一度も開いたことのなかった、ベッドの奥の扉を恨めしい目で睨みつける。
今朝までは鍵がかかっていて開かないようになっていたのに、視察から帰ってきたら宿の人が鍵を持ってきて、この禁断の扉を開錠してしまったのだ。
「寝室もお風呂もそれぞれのお部屋にあるなら、わざわざ扉で繋げなくてもいいと思わない?」
「ふふ。……失礼いたしました」
先ほどからジェーンが生暖かい目で私を見ている。
ギル様は、戻ってきてから仕事を少しこなして、今は隣の部屋に備え付けのお風呂に入っているところだ。
私はもうお風呂を済ませて、ようやくジェーンと二人、気の休まる時間を過ごしていた。
「前公爵様もそうでしたが、フォレ公爵となるお方の、パートナーに対する愛は非常に重いのです。――それこそ、パートナーに何かあれば、魔力を暴走させ、全てを壊し、挙句自死を選んでしまうぐらいに」
「――え?」
「……いえ、何でもございません。お忘れください」
ジェーンは、ゆるゆると首を振った。
哀しげな瞳は、どこか遠くを見やっている。
「クリスティーナ様。差し出がましいですが、一つだけ。どうか、ご自分の身をしっかりお守りくださいませ。わたくしたちももちろん死力を尽くしますが、主様のためにも――どうか、平にお願いいたします」
「……うん」
心の底から真剣に告げるジェーンに、私は重く頷いたのだった。




