84. これからも、ずっと
私とギル様は、宿を出ると街へ繰り出し、買い物を楽しんだ。
とはいっても、大抵の品物は公爵家お抱えの商人がフォレ城まで直接届けに来てくれるので、私もギル様も買いたいものは特にない。
けれど、手を繋いでのんびり街の中を歩いているだけで、なんだかふわふわと幸せな気持ちになれる。
それはギル様の方も同じらしく、彼は私に歩幅を合わせてゆったりと歩きながら、時折私の方へ甘い視線を向けていた。
「入りたい店はないのか?」
「今のところは。ギル様は行きたいところありますか?」
「いや、私は特に。不思議だな……こうして歩いているだけでも、楽しく感じる」
「ふふ、私もです。でも、入りたいお店があったら言ってくださいね。私も言いますから」
「ああ」
結局、その後もいくつかのお店に寄っただけで、ほとんどウインドウショッピングになってしまった。
けれど私もギル様もそれなりに楽しめたのは、普段から二人とも街を歩くこと自体、あまりしないことだからだろう。
細い路地などは安全面を考えて入らなかったが、大通りに限っても、道が一本変わるだけで雰囲気が違ってくる。
石畳の模様、日の当たり方、街路樹の種類、掃除の行き届き具合、食べ物や水や花の香りなどが入り混じった匂い、歩いている人の年齢層や服や表情。
王都もそうだったが、人がたくさん集まると多様で面白い街になるらしい。
「イーストシティやサウスシティも素敵な街でしたが、やはり領内の最大都市だけあって、賑やかで活気のある街ですね」
「ああ。なかなか立派な街だろう?」
「はい! とっても!」
私が元気よく頷くと、ギル様は満足そうに微笑んだ。
「とはいえ、たくさん歩いて疲れただろう。そろそろ休憩にしようか」
そう言ってギル様が指し示したのは、若い女性たちがたくさん並んでいる、フルーツパーラーだった。
置き型の黒板にカラフルなチョークでメニューが書かれている。
つやつやとしたフルーツがたくさんのったパフェが看板メニューのようだ。
「あのお店ですか? すごく並んでますけど」
「問題ない。実は、事前に予約しておいたんだ」
「わぁ、そうなんですね……! ありがとうございます!」
ギル様はふわりと微笑むと、入店待ちの列が続いている表の出入り口を通り過ぎ、建物の横側に回ってドアベルを鳴らした。
すぐさま顔を出した店員に、ギル様は一言二言告げて、かけていたカラーグラスをずらす。
店員はそれだけで誰だか把握したらしく、深く頭を下げて、店の中に案内してくれた。
倉庫になっているスペースを抜けると、白く明るい店内の壁が見えてきた。どうやら、ここから客席に繋がっているらしい。
裏のスペースもきちんと清潔に保たれているのだが、客席に入った瞬間、照明の明るさや壁紙の鮮やかさ、設備の統一感などががらりと変わる。
表と裏の境界線が明確に引かれていて、同じ建物なのにまるで別世界のようだ。なんだか少しわくわくする。
案内された席は、普段は通常の客席として使われているが、特別な予約が入った場合は扉を閉じ個室として利用できるようになっているらしい。
テーブルには緑のクロスと白いクロスが重ねて敷かれていて、メニューが開いた状態で置かれていた。
店員が私とギル様の椅子を引いてくれて、私たちは腰を下ろす。
「ティーナ、何でも好きな物を頼むといい」
「ありがとうございます。えっと、店員さん、このお店で人気なのはどれですか?」
「こちらのフルーツパフェが一番人気でございます。あとはプリンアラモードや、フルーツタルトもご好評をいただいております」
「わぁ、どれも美味しそう……! ギル様はどうしますか?」
「そうだな、私は――」
悩みに悩んだ結果、私はフルーツパフェ、ギル様はベリーのタルトを注文した。
宝石のようにキラキラしたフルーツは美しくて、見ているだけでも楽しい。
口に入れるとどれも甘くて瑞々しく、それと合わせるクリームはフルーツを引き立てる上品な味で、とても贅沢な気持ちになった。
幸せを噛み締めながら味わっていたら、ギル様がすごく嬉しそうに私を見つめているのに気が付いて、途中からちょっと恥ずかしくなってしまい、ギル様に謝られたのだった。
フルーツパーラーで休憩をしたあと、私たちは賑やかな街並みを抜け、小さな丘の上にある庭園を訪れていた。
なんでも、昔から公爵家が所有している庭園なのだそうだ。
ギル様の前のフォレ公爵は女性で、花が好きだったらしく、庭師を雇ってこの庭園を整えさせたらしい。
フォレ公爵がギル様に代替わりしてからも、引き続き庭師に管理を続けさせ、ギル様自身も息抜きのためにこの庭園を時折訪れていたという。
「綺麗……」
晩夏に咲く黄色や赤の花たちが、気持ちよさそうに風にそよいでいる。
白い石で造られたガゼボは、日光を遮り風通しも良くて涼しい。
近くにある噴水からは、爽やかな水の音が聞こえてくる。
「春になると、噴水の向こう側の花壇に、たくさんの花が咲く。あちら側にあるガゼボからの眺めが、とても見事なんだ」
「わぁ、ぜひ見てみたいです!」
「ああ。半年後に、また一緒に来よう」
向かい側の椅子に腰掛けたギル様は、そう言って美しく目を細め、私の手にそっと触れる。
私がギル様と指先を絡めると、ギル様も指先に優しく力を込めた。
「約束ですよ」
「ああ、約束だ。フルーツパフェもおまけにつけてあげよう」
「わぁ、本当ですか? 嬉しい!」
先ほどのパフェの味を思い出して、頬に片方の手を当てうっとり微笑むと、ギル様は綻ぶように笑った。
その微笑みはフルーツよりもずっと甘くて、美しい。
「半年後も、一年後も、二年後も。十年後も、二十年後も――これから毎年。フルーツパフェを食べて、一緒に季節の花を眺めよう」
「――はい」
私は、感極まって頷いた。
ギル様は幸せそうに小さく笑うと、絡まっていた指先をほどき、自分の右手の上に私の左手をのせた。
「ティーナ。そのまま少しだけ、目を瞑っていて」
私はギル様に従って、そっと目を閉じる。
ややあって、私の指に、何か硬いものが触れた。
「――目を開けて」
私は、ゆっくり目を開ける。
左手の薬指にはめられていたのは、ギル様の色合いの指輪だった。
美しく輝く黄金色のリングに、彼の髪と同じ深い青色の宝石。
サイズはもちろん、私にぴったりだ。
「受け取ってくれるか?」
ギル様はやや緊張した面持ちで、言葉を失っている私に問いかけた。
私は、慌ててこくこくと頷く。
「……っ、嬉しいです……!」
喉がきゅっとして、なかなか出てきてくれない言葉をどうにか絞り出した。
「ギル様、ありがとうございます……!」
「ふ。喜んでもらえて、良かったよ」
ギル様は、ほっとしたように口元を綻ばせた。
「――ティーナ、もう一度目を閉じて」
「え? は、はい」
再び目を閉じると、ギル様の手が私の頬に伸びてくる。
ギル様のかんばせが近づいてくるのを感じて、私は思わず息を止めた。
唇に柔らかな感触が落ち、静かに離れてゆく。
再び目を開けると、目元をほのかに染めたギル様のとろけきった眼差しが、私を捉えていたのだった。
お読みくださり、ありがとうございます!
このお話で、第四部「婚約編」は完結となります。
閑話とキャラクター紹介を挟み、第五部「聖女誘拐編」へと進んでまいります。
引き続きお楽しみいただけましたら幸いです!




