83. デートに誘われました
南の街での視察も問題なく終えて、次の目的地は中央の街だ。
フォレ領は東の街とこの二つの街も含め、東側に大きな街が集まっている。
ここまでは、急げば一日、ゆっくり行けば二日で移動可能な範囲だ。
ただ、セントラルシティの後に視察を予定している西の街だけは、三つの街からもフォレ城からも離れている。
フォレ城やセントラルシティから強行軍で二日、一般的な旅路では三日から四日といったところだ。
フォレ城を出発したのが星月の日の朝。
サウスシティを発ちセントラルシティに到着する予定の今日は、黄金の日。
すなわち、明日は大地の日だ。
大地の日の午後と豊穣の日の午前は、やはりギル様はどうしても動けない事情があるようなので、こうして急いでセントラルシティに向かっているという訳である。
ギル様が何故、大地の日の午後に人目を避けようとするのか――その理由を、私はまだはっきりとは聞いていない。
けれど、どうやら巨大獣を討伐した日に見た、女神様の魔力が関係しているのではないかと、私は予測していた。
根拠は、二つある。
ギル様には、長距離転移など、大地の日の夜にしか使えない魔法があるらしいこと。
神殿裏でギル様らしきローブの人物と出会ったのが大地の日の夜で、その際、彼の身体から黄金色の魔力が溢れて見えていたこと。
おそらく、どちらも女神様の魔力――神力が影響しているとみて、間違いないだろう。
ギル様は、「いつか事情を話す」と言ってくれているが、これは彼自身にとって、言葉にするのが非常に難しい話題なのだろうと思う。
だから私は、彼の気持ちが固まるまで、気にせずのんびり待つことにしようと決めている。
「セントラルシティの視察は、星月の日に予定している。それまでは、各々休息だ。それで――もし良かったら、豊穣の日の午後、なのだが……」
そこでギル様は言い淀み、私の表情を窺うようにしながら、こほんと咳払いをした。
「あっ、もしかして」
彼が何を言おうとしているのか私はすぐにピンときて、明るく微笑んだ。
「お約束してた、お出かけのお誘いですか?」
「ああ、その通りだ。よくわかったな」
「えへへ、だって私も楽しみにしてたんです」
「ふ……そうか。なら良かった」
ギル様は安心したように、ふっと口元を緩めた。
*
セントラルシティに到着して、二泊。
体力に自信があった私もさすがに疲れがたまっていたようで、大地の日は外に出ることもなく、宿でゆっくり過ごさせてもらった。
ただ普通に旅をするだけならともかく、今回は視察ということで、気を張った状態でたくさんの人と接することになったため、疲れが出たのだろう。
ギル様は優しいし賢いし気配りがとても上手いから、私がきちんと対応しきれなくてもフォローを入れてくれる。
そのうえ「ティーナは上手くやっているよ、ありがとう」なんて、私に対しての気遣いも欠かせない。
このままギル様と結婚して、公爵夫人になったとき、私はちゃんとやっていけるだろうかと少し不安になる。
そして、今日は豊穣の日。
街歩き用に仕立ててもらったワンピースに着替え、軽く化粧をする。
髪は帽子の中に隠しやすいように、お団子にまとめた。
「どうかな、変じゃないかな」
鏡の前でくるっと回ると、ワンピースの裾がふわりと翻る。
「お可愛らしいですよ」
ジェーンはそう言って目を細めた。目尻に優しくしわが寄る。
今回の視察では、最近ついていてくれる侍女は同行せず、ジェーンがそばにいてくれていた。
ギル様の補佐にはシニストラ卿がついている。
フォレ城の管理は家令に一任してあるが、急ぎの案件や重要な手紙などがあった場合は、転送魔法を使ってギル様の手元に書類が届けられるらしい。
ギル様の開発した転送魔法はすでに魔道具に転用されている。
転送魔道具は箱のような形をしていて、箱の中に物を入れて蓋を閉め、魔力を込めれば、箱に入る小さな物なら自由に転送できるそうだ。
術式が魔道具に組み込まれているため、転移魔法と異なり、魔力さえ持っていれば、誰でもこの道具を扱える。
この魔道具のおかげで、ギル様は王都別邸に滞在していたときも、ある程度仕事をすることができていたのだという。
ただ、希少な材料を使用しているため量産は難しいらしく、今はギル様、シニストラ卿、ジェーンの手元にある三つ、そしてフォレ城のギル様の執務室に外れないよう固定されているものの、合計四つしか存在しない。
「ティーナ、支度はできたか?」
ちょうど良いタイミングで、部屋の外からギル様の声が聞こえてきた。
私が「はい」と返答して扉を開けると、カジュアルな綿のシャツとベストを身につけたギル様が立っていた。
手には帽子を持っており、美しい黄金色の瞳は品の良いカラーグラスで隠されている。
「よく似合っているよ。男共の目を引かないか心配だ」
「ご、ご、ご冗談をっ」
「ふ、冗談ではないのだがな。……さて、そろそろ行こうか」
ギル様は手に持っていた帽子をかぶると、私にすっと手を差し出した。
私はいつものようにそっと手のひらに指を乗せると、ギル様は指を指の間にするりと絡ませ、身体の横に自然に下ろした。
「えっ――」
「折角平民に近い扮装をしたんだ、普段のように貴族式のエスコートでは変だろう? 今日一日は、恋人同士。ただのティーナとギルだ」
「恋人同士……」
ギル様はほろりと甘く微笑んで、空いている手で私の帽子の角度を直す。
私がギル様の手をきゅっと握り返すと、ギル様は嬉しそうに目を細めた。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
「い、行ってきます」
頭を下げて見送るジェーンを部屋に残し、私はギル様に手を引かれて宿を出たのだった。




