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無能聖女の失敗ポーション  作者: 矢口愛留
第四部 婚約編

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82. 約束を胸に



 南の街(サウスシティ)が目前に迫り、馬車の外には夕陽に照らされ黄金色に輝く麦畑が広がっていた。

 ウォードと出会ったグリーンフィールド領の街が、フォレ領の南西部の領境近くにあるのに対して、サウスシティはフォレ領南東部にある。


「さて、ティーナ。領南部の特徴は覚えているかな?」

「はい。フォレ領とグリーンフィールド領を隔てる川を水源として、農地や牧草地が広がっていると聞きました」

「その通りだ。この辺りは、北部に比べて魔物が少ない。自然発生する魔物や、我々が取り逃がしてしまった魔物が時折現れる程度だ。各町村に騎士を配置しているほか、冒険者も比較的多いため、問題なく対処可能となっている」


 サウスシティにも教会は存在しないが、イーストシティにはなかった冒険者ギルドの支部がある。


 イーストシティには、騎士学校運営の診療所があり、そこにフォレ城から辺境騎士団を通じてポーションが納入されていた。

 一方、サウスシティには、民間の診療所がいくつかある。

 他の地域よりも魔物も人口も少ないため、ポーションを使う場面はほとんどないが、必要に応じて、冒険者ギルドで薬草やポーション類を購入し処方しているとのことである。


「ティーナが精製してくれた中級ポーションを、城の備蓄分に回すことができたからな。それ以前に王都で購入し備蓄しておいた中級ポーションを、サウスシティの冒険者ギルドに卸そうと思っている」


 私の精製した中級ポーションは、巨大獣(ベヒーモス)との戦いで、一度はほとんど使い切ってしまった。

 けれど、あれから毎日こつこつと精製を続けて、在庫はまた充分な量まで復活を遂げている。

 倉庫にあったポーションと私の作ったポーションを入れ替えてゆき、その余剰分をこうして領内の他の街へ流すことで、ポーション不足を徐々に解消していこうという算段だ。


「ティーナと正式に婚姻が成立したら、君のポーションも問題なく領内に流通できるようになる。だが、面倒なことに、一応兄上……国王陛下に報告する必要があるから、婚姻はそれからだ。機を見て、王宮にも手紙を送らなくては……本当は手続きも何もかも無視して、すぐにでも結婚したいのだがな」

「……ギ、ギル様っ」


 耳元で、髪を弄びながら甘い声でそんな風に囁かれて、私の顔は一気に熱くなった。


「君は本当に可愛い反応をするな」

「も、もう! 私、こういうことに慣れてないんですからっ!」

「慣れていたら、それはそれで困るが……まあ、もしもティーナが百戦錬磨だったとしても、私は君を選んだと思うよ」

「ひゃ、百戦錬磨!?」


 物心ついてから神殿で暮らし、その神殿内でも孤立していた私に、色恋の経験などあるわけがない。

 そういえば、ギル様の方は決まった恋人を作らず、とっかえひっかえ女性と過ごしてきたとか、聞いたような聞いていないような……。

 それを思い出して、私はぷう、と頬を膨らせて目を伏せた。


「……ギル様こそ、手慣れすぎです……」

「私が恋をしたのも、心から愛しいと思ったのも、ティーナが最初で最後だよ」


 その言い方がまさに手慣れた感じ満載である。

 だが、ちらりと上目遣いで彼の顔を見ると、至極真剣な表情で、その瞳にまっすぐ私だけを映していた。


 単純な私は、そんなギル様を見てしまえば最後。

 あっという間に絆されて、あたたかくふわふわした気持ちで満たされていく。


 過去はどうあれ、今は私だけを見てくれているのなら、別にいいか――素直にそんな風に思えた。



 そうして、サウスシティに到着した翌日。

 私は、アンディとリアと、別れの挨拶を交わしていた。


「結局、旅の間はあんまり話せなかったね。前みたいに、一緒の馬車で行ければ良かったんだけど」

「まあ、あたしたちはもう騎士団抜けてて、単なる同行者だったし。そもそも、今回ティーナは公務だしね」

「そうだな。ティーナは未来の公爵夫人だし、ギルさんと一緒に行動するのが当たり前だろ。これまで通りにってのは無理じゃないか?」

「……そっか、そうよね」


 私がしゅんと項垂れたのを見て、リアがアンディの頭をはたいた。

 アンディは、突然はたかれた理由がわかっていないらしく、「何で!?」と喚いている。

 なんだか別れ際でもいつも通りの二人で、私はくすりと笑みをこぼした。


「じゃあ、あたしたちはそろそろ行くね」

「うん。寂しくなるけど、私、これからも頑張るよ。リア、アンディ、本当にありがとう」

「こちらこそ」


 私は、リア、アンディと続けて握手をした。

 アンディとの握手は、今回ばかりはリアも目こぼししてくれるようだ。


「じゃあ、二人とも元気で」

「ティーナもね」

「ティーナ、オレたち、必ずまた会いに来るよ!」

「うん、あたしたちの方から、絶対に行く。約束する」

「約束……、うん、約束ね!」


 名残惜しいが、もう二度と会えないわけではない。

 グリーンフィールド領はお隣さんだし、いつかまた二人と会う機会も巡ってくるだろう。


「リアー、アンディー、またねー!」

「うん、またねー!」

「またなー!」


 私が大きく手を振れば、彼らもまた振り返してくれる。

 「さよなら」ではなく、「またね」。それは再会の約束だ。

 だから、笑って見送ればいい。


 リアとアンディは、私の初めての友人たちだった。

 これから私たちは、別々の道を行く。

 けれど、私たちは、これからも繋がっているのだ。


 約束と、絆で。




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