79. 出会いもあれば別れもあります
そして、翌々週の豊穣の日の午後。
私たちは領内の視察のため、フォレ城を発つことになった。
季節は夏の盛りを少し過ぎたところだが、ここは王国最北端。日差しは強いが、王都の夏に比べて暑気も少なく、爽やかで過ごしやすい気候である。
「ティーナ、準備できた?」
「うん、平気よ。リアは……あれ? なんだか、荷物多くない?」
「おーい! リアー! ティーナぁー!」
リアが口を開こうとしたところで、久しぶりに聞く明るい声が響いた。
大きく手を振りながら、城のエントランスから私たちのいる馬車止めの方へ走ってくるのは、解体班に所属しているはずのアンディだ。
アンディも、リアと同様、たくさんの荷物を抱えていた。
「あれ? アンディも?」
「……ごめん、ティーナ。言うの遅くなっちゃったんだけど、あたしたち、故郷に帰ろうと思ってて」
「帰省するの?」
よく見れば、リアもアンディも辺境騎士団の制服ではなく、王都からフォレ領まで旅をしたときに着ていた私服を身につけていた。
私は目をぱちくりと瞬かせる。
「あたしとアンディは、フォレ領の隣、グリーンフィールド男爵領出身なの」
「そうだったの? あ、そういえば、リアが足止めを喰らって、ウォードとパーティーを組んだのもグリーンフィールド男爵領だったっけ」
私がウォードの方を仰ぎ見ると、彼は巌のような顔を縦に振って同意した。
ちなみに、ウォードはいつも通り、辺境騎士団の騎士服を着用している。彼は、男爵領に帰る予定はないようだ。
「そっか、せっかくだから、ゆっくりして来たらいいよ。帰省の期間はどのぐらいなの?」
「あのね、期間は決めてないんだ」
「え……」
リアは、しれっとそう返答した。
特段感情のこもらない平坦な声だが、どこかばつの悪そうな顔をしている。
私が絶句していると、アンディもようやく私たちのところへ到着した。
私は、ぱくぱくと何度か唇を開いては閉じて、ようやくリアに尋ねた。
「あの……それってつまり……」
「うん。あたしたちは、ここでお別れかな」
「ティーナ、世話になったな! あと、たくさん迷惑掛けてごめん」
「迷惑だなんて……そんなこと、ない」
リアもアンディも、いつもの調子だ。
私だけがこんな風にショックを受けているのかと思うと、少し寂しかった。
「リア……アンディ……」
「おいおい、ティーナ、そんな顔すんなよ。もう二度と会えないって訳じゃないんだからさ」
「そうだよ。それに、フォレ領南端の街までは一緒に行くんだし」
「……そっか、そうよね。ごめん」
二人は、元々冒険者。一つの所に留まることは少ない。
色んな所を旅して、たくさんの人々に出会って、そのたびにこんな風に別れを経験してきたのだ。
出会いがあれば別れも必然。
神殿を出るまで一人ぼっちだった私よりも、彼らはきっと、別れに慣れている。
「ティーナと過ごした時間、すごく楽しかったよ。こんなに長い期間、一人の護衛を務めたのも初めてだったしね」
「オレもリアと同じだよ。正直、冒険者やってるより、ここで解体を専門にして働く方がいいんじゃないかって、何度も思った。けど、オレさ、ティーナに話したことあったろ? オレが冒険者になった理由」
「うん」
アンディは、故郷の村が魔物に襲われたとき、役に立つことができなかった自分を悔しく思って、冒険者になったのだ。
今度、故郷に何かあったときに、真っ先に力になれるように。魔物に対抗する力を身につけられるように。
「オレはこの通り、戦う力はあんまり身につけられなかった。けど――」
そう言ってアンディは、リアの方を見た。リアは、アンディの視線に気づいてにっこりと口角を上げる。
「今のオレには、頼りになる相棒がいるからな。リアの力があれば、村が危険にさらされる前に脅威に気づける。オレはその間に村人を逃がして、リアは先手を打って魔物を退治しに行けるだろ?」
「その後は、アンディが、あたしが退治した魔物をササッと解体する。そうすれば村の近くに瘴気がたまらなくなるでしょ。そうすれば、村はこれまでに比べてずっと安全になる」
リアとアンディは、顔を見合わせて頷いた。二人は、心から信頼し合っているし、各々の役割をしっかり理解しているようだ。
「人にはそれぞれ、得手不得手がある。あたしの苦手はアンディが補ってくれるし、アンディの苦手はあたしが補える。あたしたち、冒険者としては未完成かもしれないけど、二人合わせれば一人前なの」
「二人で一人前……。ふふ、なんだか二人が羨ましいかも」
「何言ってんだ、ティーナとギルさんだってそうだろ? ま、オレたちとは規模っつーかレベルが全然違うけどな、はは」
「えっ?」
アンディの言葉に、私は大きく目を見開いた。
私とギル様が二人で一人前……どう考えたってそんなはずはない。
ギル様は一人前どころか常人の何倍もの仕事をそつなくこなすし、一方で私の方は足りないものだらけだ。
アンディの言ったことを受けて、リアも大きく頷いている。
「ティーナ、もっと自分に自信持ちなよ。貴女は自分にいいところなんてないって思ってるかもしれないけど、あたしたちはティーナのいいところ、たくさん知ってるよ」
「そうだぞ」
リアは私の肩に手を置いて、そう言った。
アンディも頷いて私の方に手を伸ばそうとしたが、リアがキッと振り向いたため、伸ばした手は空中で行き場をなくす。
「公爵様って、一見完璧に見えるけど、多分、とてつもなく重いものを、誰にも見せないように抱え込んでる。誰も近寄れない壁の内側に潜り込んで、公爵様を支えられるのは、ティーナだけだと思うよ」
「ああ。ティーナはこれまでギルさんに守られてばっかりだったって感じてるんだろ? でも、もう、ティーナは守られるだけの女の子じゃない。自分の足でしっかり歩き始めてる」
「そゆこと。今度はティーナが、公爵様を支えてあげる番だよ」
「私が……ギル様を……」
私が胸に手を当てると、外出用のローブの胸元に輝く黄金色の飾り石に、指先が触れた。
今も、この飾り石を通して、私はギル様に守ってもらっている。
「……うん」
――今度は、私がギル様を支える番。
リアとアンディの言葉は、胸にすっと入ってきて、私に勇気を分けてくれた。
「私、頑張る」
「そうそう、その意気!」
「さ、ギルさんも待ってるぜ。オレたちは別の馬車で移動するから、また後でな」
「うん! ありがとう、リア、アンディ」
二人にお礼を言って、私はギル様の待つ、ひときわ大きくて立派な馬車へと足を向けたのだった。




