7. 死霊も虫も怖くありません
「そーゆーわけで」
アンディはランチバスケットの布をどけ、テーブルに敷きながら話し出した。話しながら、彼はバスケットの中身を手際よく広げていく。
「オレが買い出し担当になったから、ティーナが必要な物もついでに買ってくるよ。何かほしい物はあるか?」
「そしたら、ポーション用の空き瓶がほしいな」
「お安い御用だぜ。何本?」
「えっと、五本。ちょっと待ってね」
私はそう言って、小部屋の隅に置いてあった鞄から、ポーションを一本取り出した。
失敗ポーションではなく、ちゃんと成功した初級ポーションである。中には、失敗ポーションよりも濃い琥珀色の液体が入っている。
私が戻ると、テーブルの上には、ランチの準備がすっかり整っていた。
パンにサラダに、果物が少し。ジャーの中には、温かいスープ。
「これを売ったお金で、空き瓶五本買えると思うの」
席に着く前に、アンディに瓶を差し出すと、彼は両手で瓶を受け取った。
「これ、初級ポーションか。うん、このぐらいの色味のポーションなら、確かに見たことあるな。よし、任せといて」
「ありがとう! 助かるわ。ポーション精製は、諦めずに続けたいと思ってたから」
せっかく女神様からいただいた聖女の力だ。神殿を出ることになっても、この力は磨き続けるべきだろう。そうすれば、いつか誰かの役に立つかもしれないから。
アンディが自分のナップザックにポーションをしまい、席に着くのを待って、私たちは遅い昼食をとり始めた。
「ところで、ポーションってどうやって作るんだ?」
何故かパンを私の方へ余分に押しつけながら、アンディは尋ねた。
「えっとね、水に魔力を込めていくの。それだけ」
私は、そんなに食べられないよ、とアンディの皿に返しながら、答える。アンディは少し眉尻を下げた。
「魔力を込めるだけ? 薬草を混ぜたりは?」
「薬草? それは特に教わってないけど……」
「ふーん、そうなのか」
ポーションと薬草の効果は、確かに似通っているから、そう思われるのも仕方がない。聖女の魔法と同じ、聖属性の魔力が薬草に宿っているからだと聞いたことがある。
だが、薬草には治癒の効能しかない。ポーションは傷の表面を浄化することもできるし、治癒の効果も薬草より高いのだ――私の失敗ポーションを除いて、だが。
「オレはてっきり、薬草を抽出したものがポーションなんだと思ってたよ。ポーションって青っぽい色が多いし」
「まあ、色は関係ないと思うけど、確かに効果は似てるもんね」
「じゃあさ、明日、瓶を買ってきたら見せてくれよ。その精製の作業」
「うん、いいよ」
私がそう約束すると、アンディは「楽しみだ」と言ってニカっと笑ったのだった。
*
ランチを終えたら、干してあった寝具を取り込む。これで小部屋の清掃は完了である。
あとは、大部屋のキッチンだ。
先ほどのジェーンさんの話を聞いた感じだと、自分で調理をすることはなさそうだ。けれど、湯を沸かしたりはするだろうから、シンクとコンロは使えるようにしておきたい。
食器棚もチェックする。湯沸かし用の鍋やグラスは、生活にもポーション作りにも必要だ。
神殿には空き瓶がまさしく売るほど用意されていたので、規定の瓶でポーションを作っていた。けれど、今は空き瓶をただで入手することができない。
なら、今は規定の瓶ではなくて、鍋やグラスなどで練習すればいいではないか。売り物になるポーションが精製できたときに、瓶に詰めればいい。
食器棚を開けて中を確認していると、ジェーンさんがアンディを呼びに来た。どうやら、もう買い出しに行く時間らしい。
「そっか、もうそんな時間か。なんかあっという間だったな」
「ひいきの店主との顔合わせがございますので、わたくしも同行いたします。早めに戻りますが、クリスティーナ様は、離れから出ないようお願いいたします」
「わかりました! 戻ってくるまでに、大部屋のお掃除も進めておきます」
この建物にはまだまだ掃除する箇所がたくさんある。ジェーンさんに言われなくても、当分離れでの仕事は終わらないだろう。
「無理すんなよ。じゃあ、また明日な!」
「うん、またね、アンディ」
アンディたちを送り出すと、静寂な空間が訪れた。
天井の蜘蛛の巣も取ったし、不気味要素はだいぶ減ったと思うのだが、それでもまだ誰かに見られているような気配が残っている。
本当に不死系モンスターがいるとは思えないが、別の何かが棲んでいるのだろうか。
「ま、いっか」
私は視線の主を探すのを放棄して、キッチンの掃除に戻った。
魔物は怖いが、死霊は怖くない。聖属性の魔力を微量でも保有する私は、彼らにとって天敵だ。遠くから見られはしても、襲われることはない。
小動物や虫も然りだ。こちらから巣を荒らしたり危害を加えたのでなければ、自分が勝てない相手を襲ったりはしないだろう。
あ、でもネズミだったらちょっと嫌だ。色々なところを齧るから。
けれど、掃除しているときに何かが齧られている形跡は見つけられなかったから、ネズミではない……と思う。
「雨は川へ、川は海へと〜、るるる〜」
私は鼻歌を歌いながら、シンクをピカピカに磨き上げていく。
視線を送ってきていた謎の気配が、小さく揺らいだような気がした。




