74. ふわり包まれて
「ええと……ギル様?」
「……ティーナ。この魔力が見えるか?」
ギル様は顔を青ざめさせたまま、手のひらから黄金色に輝く球体をふわりと放出させた。
「はい。黄金色の、小さな球です」
「……なら、これは」
輝く球体は細かい光の粒子に変わり、ギル様の手の上で次々と形を変えていく。
木の葉、一輪の花、雪の結晶――私は目に見える全てを、迷いなく答えていく。
回答は間違っていないはずなのに、ギル様の表情は、私が答えるたびにどんどん抜け落ちていった。
「あの……ギル様、大丈夫ですか?」
ギル様が魔力の放出を止めたところで、私はおずおずと声をかける。
しかし、ギル様は憔悴したように両肘を膝に乗せ、自身の頭を両の手のひらで抱え込んだ。
「君は……、やはり、女神の魔力が正確に見えるのだな。つまり、君はあのとき、私の醜いところを」
「醜い……? 一体何を――」
「私は、私は……、醜い、女神の翼を、君に、見られ……っ」
両手で頭を抱えるギル様の、その表情は私からは見えない。
けれど、いつも冷静沈着な彼が、今は自分の感情を隠せないほど、強く動揺していることだけはわかる。
「ギル様は、とても素敵な方ですよ」
私がはっきりと告げると、ギル様はぴくりと反応し、小さく頭を振った。
「ギル様が何を悩んでおられるのか、私にはわかりませんけど……私は、ギル様を醜いと思ったことなんて、一度もありません。その逆なら、数え切れないほどありますけど」
いつも優しいところ。
器の大きいところ。
真面目で、努力家で、強くて、賢くて――けれど誰よりも繊細なところ。
柔らかな内面を隠して、一人で頑張りすぎるところ。
私は、包み隠さず、ギル様の良いところを並び立てていく。
ようやく彼はゆっくりと頭を上げて、私の目を捉えた。
私は、ふわりと微笑むと、彼の目をまっすぐに見つめながら、再度唇を開く。
「ギル様は、醜くなんてありません。私は、ギル様の外面の美しさだけではなく、美しいお心もよく知っています」
ギル様は、確かにとても端麗な容姿をしている。
濃紺の髪と黄金色の瞳、整った顔立ち。背も高く、均整のとれた体躯。凛とした涼やかな声と、気品のある所作、陰のある大人の色気。
けれど、それよりも私は、ギル様の表情や言動に――内面から滲み出る思いやりや優しさにこそ、心惹かれているのだ。
見た目の美しさは、ふとしたことで変化してしまうものだ。年を重ねれば当然変わるし、病気や怪我で突然変わることもある。
一方、積み上げてきた内面の美しさは、きっと、余程のことがない限り、損なわれることがないものだと思うのだ。
「……君は……、ティーナは、私を怖いとか、気持ち悪いとか、思わなかったのか……?」
「そんなこと、一切思いません。ギル様は、すごく素敵な方です」
私はすぐに否定したが、ギル様は納得していないらしい。絞り出すように、質問を続けた。
「だが、あの翼は……まるで魔物のようで、気味が悪かっただろう?」
「いいえ。私、王都からフォレ領への道中で鳥の魔物に遭遇したことがありますが、あれとは全然違いましたよ。ギル様の翼は、しなやかで伸びやかで神々しくて、思わず見惚れてしまうぐらい綺麗でした」
私がはっきり言い切ると、ギル様は美しい瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「本当に……?」
「本当に、です。今すぐにでも、もう一度見てみたいぐらい」
「……怖く、ないのか。気味が悪くないのか」
「はい。だって、いつものお姿も、翼のあるお姿も、等しくギル様ではないですか」
ギル様は信じられないとばかりに、私の顔をまじまじと見ている。私は、彼を安心させるように、微笑みを深めた。
「……今なら…………せる、か?」
「え? 今、何て?」
「……いや、何でもない。それよりティーナ、あの翼をもう一度見てみたいと、そう言ったね?」
「はい! もしかして、見せてくださるんですか?」
「……、ああ」
「わぁ……! ぜひ、お願いします!」
私がそう言うと、ギル様は緊張した面持ちで頷いた。
彼はソファーから立ち上がると、私から少し距離をとって、目を閉じる。
そしてギル様の身体が、神々しい黄金色に包まれてゆき――、
「――これが、女神の翼だ」
「……っ」
私は、あまりの美しさに、声を失った。
遠くから見たときに、鱗に覆われているような艶があると思ったが、近くで見るとその印象は正しかったと感じる。
だが、実際に黄金色の鱗に覆われているのは、翼の外側だけで、翼の内側にはなめらかな黄金色が見えていた。
そのなめらかな部分は、よく見れば細かな金糸の羽毛で覆われていて、柔らかそうだ。
私は口元を抑えて、無言でギル様の背中を見つめた。
ほう、と小さく息をつくと、ギル様が少しだけ翼を畳むように動かして、私は我に返った。
「すみません、ついまじまじと見てしまって」
「……不快なものを見せて、すまない。だが、これは実体のあるものではなく、魔力で模したものであって――」
「――素敵です。本当に、綺麗」
平坦な声で謝罪しつつ、視線を床に落としていくギル様の言葉を、私は熱のこもった声で遮る。
「ギル様、ありがとうございます。良いものを拝見しました……なんだか、ありがたい女神様の御力を分けていただいたような気がします」
「……っ、本気か?」
「はい。あの、触ったりとか……は、流石に無理ですよね」
「さ、触る? これに?」
ギル様は、こぼれんばかりに目を見開いている。
翼とお揃いの黄金色の瞳が、揺れる。
「す、すみません! ダメならいいんです。というか、実体はないんでしたっけ……翼の内側、触ってみたかったなあ……」
流石に不躾だったかと思い、私は残念に思いつつも、頭を下げた。
「……ふ。ふふ、はははっ」
ギル様は、毒気を抜かれたように相好を崩すと、突然声を上げて笑い始める。
「え、えっと?」
「こんな反応が返ってくるとは、思わなかったよ。ありがとう、ティーナ――私の最愛」
「え? さいあ――えっ、何て?」
ギル様は蕩けるような笑みを浮かべて、両腕と、背中の翼をふわりと広げた。
彼はそのまま翼を大きく伸ばし、自分自身と私を包み込むように覆う。
伸ばした腕も、私を優しく捕らえて包み込んだ。
「ティーナ」
「ギ、ギル様……?」
「君が、好きだ。ティーナが愛おしくて、仕方ない」
「――っ」
耳元でそっと囁かれ、ぞくりと身体に甘い痺れが走る。
美しい翼とあたたかな腕に包まれながら、私は小さく身を震わせた。




