72. 飾り石の秘密を教えてくれました
「ギル様、お待たせしました」
「問題ないよ。こちらこそ、急かしてしまったか?」
「いいえ、大丈夫です」
ギル様は湯を浴びた後らしい。顔は少し火照っているし、髪の毛も普段よりしっとりしている。
服装もシャツとスラックスという簡易的な装いで、なんだか、いつもよりぐっと色気が増していた。
袖をまくっている部分から、細くも引き締まった筋肉の付いた腕が見えている。
腕にはうっすらと赤く腫れている部分や、擦り傷、切り傷になっている箇所もあって、痛そうだ。
「あの、早速、治癒をしてもいいですか?」
「ああ、頼む」
「じゃあ、失礼します」
私はギル様の向かいのソファーに腰を下ろすと、彼が差し出す腕に手をかざし、次々と治癒魔法を施していく。
本人が言っていた通り、大した傷ではないが、傷になっている箇所が多い。
「この感じだと、怪我してるの、腕だけじゃないですよね?」
「まあ、そうだが、今は腕だけで構わないよ」
「でも……」
私は反論しようとしたが、ギル様が珍しく怖い顔でため息をついたので、言葉に詰まってしまった。
「逆に聞くが、君は他の騎士共にも、そうしたのか? 騎士服を脱がせて、全身の細かい傷にも治癒を施したと?」
「い、いいえ、そんなことしません!」
私が慌てて否定すると、ギル様はふっと表情を緩めて笑った。
「冗談だ。……とにかく、今は腕の傷だけで良い。あとの傷は、君のポーションや薬草で治すよ」
「は、はい……ごめんなさい」
私がしゅんとしながら謝ると、ギル様は治癒を終えた方の腕を私の頭の上に動かし、ぽんと優しく手のひらを置いた。
「今日は、ありがとう。ティーナのおかげで、重傷者を出すことなく、無事に巨大獣を討伐することができた」
「いえ、そんな……それは、ギル様の采配が素晴らしかったから」
「そもそも、私が守りを重視した戦い方を指示したのは、ティーナがいてくれたからだ。君のポーションがあれば、致命傷を負わない限り、あの巨大な魔物相手でも皆で生還できると信じていた」
ギル様は、私の頭を優しくゆっくりと撫でる。彼は時折こうして頭を撫でてくれるが、私はこうされるのが心地よくて好きだった。
「副団長が痺れを切らして特攻しようとしたときは、気を揉んだがな。奴はいつもああだ」
そう言ってギル様は、くす、と控えめに笑った。
「奴はいつもあの技に全魔力を込めてたたき込むと、その後は気絶して、あろうことか、私に自分を回収させるんだ。必ず倒せる自信があるのだろうが、タイミングを見誤ることも少なくなく、少々困っている」
「あのとき、副団長さんは魔力切れで気絶したということですか?」
「ああ。奴の火力は辺境騎士団随一だ。あれで巨大獣が倒れなかったときは、流石に私も焦ったな」
「そうなのですか?」
副団長が特攻する前は、ギル様は確かに焦ったような口調で引き留めていたが、その後は冷静に対処していたように見えた。
焦ったとしても、無事に副団長を回収した上で魔物も倒せたのだから、流石としか言えない。
話しているうちに、もう片方の腕の治癒も終わった。琥珀色の光が静かに消えてゆき、私は腕を降ろす。
私が治癒を終えると、ギル様の手も私の頭から離れていった。
「そういえば、巨大獣を倒した後、ギル様も空中で気絶したように見えました。でも、目を開けたらすぐそばにギル様がいて、驚いたんです。あれはどうなってたんですか?」
「ああ……、実は、君のローブに取り付けた飾り石に、秘密があるんだ」
「これですか?」
私が自らの胸元を指さすと、ギル様は頷いた。
「これに、私の魔力を込めてある。ティーナの『危機反応』に感応し、君の視界を共有できるようにする魔法だ」
「危機反応?」
「ああ。命の危機や、それに近しい強い恐怖を感じると、人は特定の魔力反応を示すんだ。この石は、それに感応して、私に信号を飛ばすようにできている。空間魔法の一種だ」
「なるほど……?」
私は完全には理解できなかったものの、理屈はほんの少しわかったので、とりあえず相槌を打った。
「実際には私は気を失っていたわけではないのだが、飛行用の魔力の解放を急に止めたから、遠くからは気絶して落下しているように見えたのだろう。ティーナは、それに強い恐怖を感じたのではないか?」
「はい、それは確かにそうでした」
「飛んできた信号から共有された視界には、私の姿がはっきりと映っていた。どう見ても、君が戦場にいることは明らかだった。私は、ティーナは無事だろうかと不安になり、一刻も早く君の元へ行かなくてはと……」
「それで、私の近くに転移したんですね」
ギル様は目を細めて、頷いた。
どうやら、私が勝手に戦場へ行ったことで、彼をとても心配させてしまっていたらしい。
「この石が、魔法陣のかわりに、転移の目印としても役立ってくれた」
「あ、そういえばあのとき、この石がすごく強く、ピカーって光りました」
「その際に、私に信号が送られたのだな」
「なるほど、そうなのですね」
今度こそ納得してはっきり頷くと、ギル様は、小さく微笑んだのだった。




