71. そんなに珍しいでしょうか
私は、ギル様に深く頭を下げるジェーンを見て、ハッとする。
「……もしかして、私がご迷惑を……?」
――ジェーンが止めたにもかかわらず、私が戦場に向かったりしたから。
だから、ジェーンはギル様にこうして頭を下げているのだ。悪いのは、制止を無視した私の方なのに。
「ごめんなさい、ギル様。ジェーンを怒らないでください」
私は、ギル様の背中に向かって、頭を下げた。
「私が、どうしてもって無理を言ったんです。ジェーンは、危険だからって、きちんと私を引き留めてくれました。戦場に向かったのは、私の独断です」
「いえ。引き留め切れなかったのは、わたくしの責任でございます」
「……二人とも、顔を上げてくれ。祝いの空気に水を差しているぞ」
謝罪を続ける私とジェーンに、ギル様は怒った声ではなく、苦笑しながら困ったようにそう言った。
私は慌てて顔を上げる。
「良いんだ。結果的にティーナは無事だったし、彼女の働きのおかげで、むしろこれから私も動きやすくなった。ティーナが戦場の危険性を理解してくれたなら、それ以上、何か言うつもりなんてなかったよ」
ギル様は美しい目元を細めて、柔らかく微笑んでいる。革手袋を外した手で私の頭を優しく撫でると、周囲からまたしてもどよめきが上がった。
「か、閣下が笑ってらっしゃる」
「珍しいものを見た……」
「閣下もあんな優しい顔をなさるんだな」
どうやら、ギル様が笑っているのを見て驚いているらしかった。
彼は普段からすごく優しいし、よくこうやって笑っていると思うのだが……領地では立場もあるし、あまり態度を軟化させることがないのだろうか。
「あの女性は、閣下の恋人? 最近来られた方だよね?」
「いや、それより、さっきのポーションの件……もしかして、聖女様なのでは?」
「もしや、閣下がしばらく領地を離れていたのは、あの人を迎えに行くためだったんじゃないか?」
そこかしこから、私への視線が突き刺さる。
冷たいものではなく、興味や探るようなものがほとんどで、私は少し居心地が悪くなった。
「静かに」
見かねたギル様が、スッと表情を消して、一言放つ。
大広間はあっという間に静かになった。
「彼女については、後ほど正式に紹介の場を設ける予定だ。詮索は無用。皆、仕事に戻るように」
ギル様がぱんぱんと手を打ち鳴らすと、皆すぐに切り替えて、各々の仕事に戻った。
「解体班の人手が不足しているはずだ。手が空いている者は補助を頼む」
「了解!」
「あなたたちは桶と布をかき集めて荷台に積んでちょうだい! あなたは水魔法を使えたわよね、なら――」
騎士たちも使用人たちも、上長の指示のもと、すぐにきびきびと動き始める。
普段から厳しい地に身を置いている彼らは、訓練の賜物だろうか、仕事モードへの切り替えも早い。私は思わず感心してしまった。
「さて、ティーナ。君に、大切な話がある。後で私の部屋へ来てくれないか?」
「わかりました。……あっ、お怪我の治癒は」
「ふ……この程度の怪我など本当に問題ないのだが、それでは君が納得しなさそうだな。では、その時に頼むよ」
「はい、お任せ下さい!」
私が元気よく頷くと、ギル様は再び柔らかく微笑んで、ジェーンを伴い自室へと向かっていった。
「ティーナも、一旦部屋に戻ろ。土と埃まみれだし、血の匂いも付いてるし、お風呂入って着替えた方がいいよ」
「そうね。でも、手伝わなくていいのかな?」
「平気だと思うよ。公爵様も、ポーションで充分って言ってたでしょ? 急ぎじゃないんだし、使った分のポーションはまた明日以降に作ればいいんだから」
「それもそっか。うん、わかった」
私もリアと一緒に部屋へ戻り、ギル様に呼ばれるまでの間、少しだけゆっくりさせてもらうことにしたのだった。
*
私が部屋に戻って身支度を終えたところで、ジェーンが訪ねてきた。
どうやら、ギル様の方も準備が整ったらしい。
「クリスティーナ様、お迎えに上がりました」
「ありがとう、ジェーン。リア、行ってくるわ。リアも休憩してね」
「うん、そうするよ」
あまり表に出さないが、リアもやはり疲れているようだった。
戦場で私が治癒魔法を掛けて回っている間、リアは防衛班の結界維持を手伝いながら、水魔法を使って私の補助もしてくれていたのだ。
ウォードも私の護衛の傍ら、荷物を運んだり怪我をした騎士に肩を貸したり。今は解体班に加わって、そちらのサポートをしているはず。
私は治癒をしていただけだったので、魔力はだいぶ減ってはいるものの、身体への負担は少なかった。こうして廊下を歩いていると、忙しく働く人たちと何度もすれ違うが、私は本当に休憩していて良かったのだろうかと不安になってしまう。
「ギル様は、あれから少し休めたのかしら? 皆さんも忙しく働いていて、お疲れだろうし……」
「ご心配には及びませんよ。貴女様には、貴女様にしか出来ないことを、充分にしていただきました」
「でも……」
それでもやはり、『休んでいると罪悪感が生まれてしまう』という心の癖は治らない。
「あっ」
何か、何でもいいから私にできることはないか――そう考えて、私はひとつ良いことを閃く。
「そうだわ! 琥珀珈琲を作って、皆さんに差し入れするのはどうかな」
「まあ、それは良いお考えでございますね。主様の許可をいただかなくてはなりませんが」
「ふふ、一緒に働くことができなくても、かわりに皆さんの疲れが少しでも癒やせたら嬉しいな。許可、おりるかしら」
「ええ、きっと」
ジェーンとそんな会話をしながら歩いていたら、ギル様の部屋の前に到着した。
ジェーンが声をかけると、すぐさま入室許可が下り、室内にいたシニストラ卿が扉を開けてくれた。




