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【長編版】無能聖女の失敗ポーション〜働き口を探していたはずなのに、何故みんなに甘やかされているのでしょう?〜  作者: 矢口愛留
第四部 婚約編

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70. 叱られちゃいました



「――ナ! ティーナってば!」

「……えっ?」


 どうやら、気を失っていたのはほんの一瞬だったらしい。リアがかけてきた声によって、私は現実に引き戻された。


 実際、私は地面の上にしっかり立ったままだったし、他の人たちも同じ位置で巨大獣(ベヒーモス)の方へ目を向けていた。

 黄金色の光に呑み込まれて、その先で懐かしい神殿の景色を垣間見たような気がするが、もしかしたらそれも気のせいだったのかもしれない。


「ほら、前を見て!」

「前……、って、むぐぅ!?」


 リアに促されて正面を向くと、突然目の前に影が差し、私の視界が覆われた。

 直後、強い力で抱きしめられる。感じられたのは、土と鉄のにおいが少しと、爽やかな香水の香り。

 驚いて小さく声を上げると、私の身体を包む腕の力がわずかに緩み、私はようやく顔を上げることができた。


「ティーナ、無事か?」

「ギ、ギル様? どうして?」


 目の前にあったのは、不安そうに瞳を揺らし、切なる表情で私をじっと見つめる、美しい人のかんばせ。


「無事なのだな? ――ああ、良かった。君に何かあったら、私は……」

「えっと、ギル様……?」


 直前まで命がけで魔物と戦っていたのは彼の方だ。

 なのにまるで私に何か危険があったかのように、ギル様は不安でいっぱいの顔をしていた。

 その声も身体も、小刻みに震えている。


「ギル様、私はここで治癒をしていただけで、何も危ないことは――」

「だが、戦場に来るなんて。運良く怪我をせずに済んだようだが、これがどれほど危険なことか、君は理解しているのか?」

「ご、ごめんなさい」

「……いや。分かれば良い」


 ギル様は、これまでにないほどの強い口調で私を叱った。

 私が素直に謝罪すると、ギル様は小さくため息をついて、私の頭を撫でた。その手は優しくて、けれどやはり小さく震えている。


「公爵様。ティーナは、公爵様が前線に出ているって聞いて、居ても立ってもいられなくなっちゃったんですよ」

「そうっすよ。好きな人のことが心配なのはお互い様じゃないっすか。だから、あんまりティーナのこと叱らないでやってください」


「「す……っ!?」」


 リアとアンディが苦笑しながら口を挟んだが、アンディの言葉に聞き捨てならない箇所があった。

 私とギル様は同時に反応を返す。

 私の顔は一瞬で熱くなったが、ギル様も同じだったらしく、頬をほのかに染めている。


 ギル様は私を抱きしめたままだったことにようやく気がついたらしく、「すまない」と謝罪して、身体を離した。


 ギル様が私を解放したところで、私の視界が広がる。

 あたりから生温かい視線が送られていることに、私たちはようやく気がつき、さらに顔が熱くなった。


「と、ところで、ギル様、お怪我は? というか、さっきまで最前線にいらっしゃったのに、どうしてここに……?」

「ああ、怪我はたいしたことないよ。ここにいるのは、転移魔法を使ったからだ」

「転移魔法……?」

「詳しいことはあとで」


 ギル様はそう言って、優しく微笑んだ。

 それを見てなぜか医療班のメンバーたちがざわついたが、ギル様は再びしゅっと表情を引き締め、彼らの方を向いた。


「皆、後始末は任せて良いな? 医療班、彼女はこのまま貰っていくが、ポーションは足りそうか?」

「副団長のお怪我にもよりますが、微妙に足り……っ、い、いえ、全力で足らします」

「ああ、頼んだぞ。足りなければ、備蓄のポーションも使って構わない」


 医療班の方に向けるギル様の表情は、私からはよく見えなかった。

 だが、再び私の方へ振り返ったギル様は、いつも通り美しく微笑んでいた。


「では、ティーナ。城へ戻ろうか」

「はい。でも、えっと……いいんですか?」

「ああ。医療班も、ポーションなら足りると言っていただろう?」

「ええと……はい」


 私は一瞬迷いつつも頷く。ギル様が言うなら、誰も逆らえないような気がするのだが……まあ、備蓄のポーションを使う許可も下りたのだし、大丈夫だろう。

 ギル様が差し出した手を取って、私は城へと戻ったのだった。


「ところでギル様、お怪我は……」

「先ほども言ったが、たいしたことはない。かすり傷と打ち身が数カ所ある程度だよ。気にするほどのことでは――」

「それでも、痛いものは痛いじゃないですか! 戻ったら、必ず治癒させてください」

「ふ、分かったよ。ありがとう、ティーナ」


 ギル様が再び優しく微笑んだのを見て、私はようやく人心地ついた。

 あれほどの大きな魔物と戦って、結局死者を出すこともなかったし、ギル様もこうして無事だ。


 この目で無事を確認できていない副団長だけ心配だが、もしも彼に命の危機があるのなら、優しいギル様が無視して私を連れ戻すはずもない。

 なら、きっと問題ないのだろう。


 そう結論づけ、私たちは城門をくぐった。


「「「おかえりなさいませ」」」


 城門を抜け、大広間に戻ると、待機していた皆が一斉に頭を下げた。


「危機は去った。皆、ご苦労だった」


 ギル様が皆に聞こえるように朗々と告げると、わああ、という歓声と拍手がそこかしこから上がった。

 私はギル様の一歩後ろで、リアと一緒に拍手を送る。


 ちなみに、アンディとウォードは解体班の手伝いをしに行った。あの大物だ、解体するのはかなり大変だろう。


 皆が喜びをあらわにする中、静かにギル様に近づいてきたのは、一人だけ固い表情をしたジェーンだった。


「主様」

「ジェーンか」

「……大変、申し訳ございませんでした」


 ジェーンは、一度私に目配せをしたのち、ギル様に深く頭を下げた。



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