69. 在りし日を想いて(後編) ★ギルバート視点
引き続きギルバート視点です。
――*――
今から三年前のこと。
私の転送魔法の発明は、最終段階に移行していた。
その頃には手紙だけでなく、無機物有機物問わず、様々な物を領地から王都にまで転送することが可能となっていた。
あと試していないのは一つ――魔力と意思を持つ生命体だけだ。
「ううむ……これ以上、実験を進めるのは難しいか……」
実験のために犬猫や、まして人間を使うわけにはいかない。
魔物も然りだ。そもそも、私の境遇を考えると、魔物を生け捕りにして実験をしているなどという噂が立つのは、かなりまずい。
「なら、やはり――」
いくら悩んだところで、実験体にできるものは、たった一つしかない。
そう――私自身である。
私なら、魔法の発動中になにか不測の事態が起きても対処することができる。
理論も完璧。新鮮な食品も、魔力を持つ植物も、鮮度や魔力を落とすことなく転送に成功している。
魔法薬や魔法道具は、元の魔力と私の魔力が混ざって灰色に変色してしまうが、効果の変動は特に見られなかった。
失敗の可能性は、限りなく低い。
そして私は、大地の日の夜――私が自室にこもっていても不審に思われない日を選んで、実験を決行したのである。
大地の日の夜は、身体構造が変化するためか、神力が異常に高まるからか、チリチリとした痛みと熱に悩まされる。
だが、十年間も経験していると、もう慣れたものだ。魔法を操る上では、その程度の体調不良は、何の障害にもならない。
どうせ痛みで一睡もできないのだ。毎週この呪われた夜は、朝になるまで実験室で過ごし、変化が解けてから昼まで眠るというのが常となっていた。
結論から言えば。
私の転送魔法は、半分だけ成功した。
何が半分かというと、転送自体は難なく成功したのだが、指定の転送場所に飛ばなかったのである。
指定していた場所は、フォレ城の自室と続き部屋になっている施錠済みの実験室だったのだが、なぜか私は、遠く離れた王都の神殿裏に転送されたのだ。
原因は、一体何だったのだろうか。
結局魔法陣の不具合は見つけられなかったし、その後新たに書いた魔法陣での転送は、うまくいった。
それこそ、神の悪戯とでも考えるしかなかった――その当時は。
今になって、私は理解した。
あれはまさに神の御業だったのだと思う。
私の身に流れる女神の血が――番を求めるドラゴンの本能が起こした、不測の事態。あるいは、奇跡か。
神殿の裏に転送され、訳も分からぬまま周囲の気配を探っていた私の耳に届いたのは、若い女性の鼻歌だった。
「るるる〜、愛も巡る、命も巡る〜♪」
聞いたことのない、異国風の曲だ。近づいてくる声の主から離れようと、私は急いで身を翻したが――、
「……っつ!」
自分の姿が異形と化していることを、私はすっかり失念していた。建物の角に強かに翼を打ち、痛みに動けなくなる。
「んん? どなたかいらっしゃるんですか?」
声の主は、私の存在に気がついたようだった。私は慌ててフードを深く被り、マントを身体に巻き付けてしゃがみ込み、姿を隠す。
しかし、願いもむなしく、女性は建物の陰で丸まっている私に話しかけてきた。
「えっと、どう見ても大人の方っぽいし、孤児ではないわよね……もしかして、病気? それとも、怪我でもなさってるの?」
「わ、私は、その……少し疲れてしまっただけだ。しばらく休ませてもらったら、帰るから……」
私はさらに深くうつむいて、顔を隠した。
「でも、すごく具合が悪そう……誰か人を呼びましょうか?」
「そ、それは困る! 頼むから、私のことは放っておいてくれないか。頼む……」
「うーん……そこまでおっしゃるなら」
女性は、フードの中を覗き込んでくるような無礼はしなかった。
自分で言うのも何だが、私はこんなにも不審なのに、彼女は人を疑うことを知らないのだろうか。
うずくまる私のことが、気にかかって仕方がない様子だった。
「なら、せめてこれを。私が作ったもので、売り物にならないポーションなんですけど、飲むと少しだけ体力を回復してくれるんです。ちょっと苦いんですけど……良かったらどうぞ」
そう言って女性は、私の目の前にポーションの瓶を置く。瓶の中の液体は、月明かりを反射して、薄い琥珀色に輝いて見えた。
「それと……しばらく人を近づけないようにしますから、ゆっくり休んでくださいね」
「それは助かる。ありがとう」
「いえ、とんでもないです! では、お気をつけて!」
私は、目の前に置かれたポーション瓶を手に取った。
「――これ、は」
その時私は、今まで感じたことのない、不思議な感覚に陥った。
琥珀色の魔力に触れた瞬間、どくん、と大きく鼓動が跳ねた。
「――欲しい」
震える手で、キュポンと音を立てて、ポーション瓶の蓋を開ける。
私はそのまま迷いもせず、瓶の中の、琥珀色の液体を一気にあおった。
「苦くて、香ばしくて――、ん? 痛みが、消えた……?」
ぶつけたところだけではなく、異形化に伴う痛みまでもが消えたことで、ようやく、その液体がポーションだったことを確信する。
「……私は、初対面の人間から貰ったものを、疑いもせずに」
慎重な行動を心がけている普段の私からしたら、毒の鑑定もせずに何かを口にするなど、あり得ないことだ。
「――何だ、この感覚は。足りなかったものが満たされてゆくような……」
私がポーションを飲み干し、呆然と自身の内側に意識を向けている間に、彼女の気配はもうこの場から離れてしまっていた。
「――もっと、欲しくなる。だが、今は……駄目だ」
痛みが消え、残されたのは、何故だか甘く疼く心と――強い渇望。
もう一度彼女と会い、話がしたい。だが、今の自分は、異形の姿だ。
「再びここに来れば、会えるだろうか」
私は後ろ髪を引かれながら、再び転移魔法の魔法陣を構築し直し、起動させた。
魔法を起動した次の瞬間には、私は自室に立っていた。
空のポーション瓶を、握りしめたまま。
そして。
転送魔法、改め、転移魔法は完成した。
しかし結局、王都とフォレ領間の転移が可能になるのは、大地の日の夜だけだった。
近距離ならともかく、長距離の転移には、神力も組み合わせた膨大な魔力が必要になるのだ。
そういうわけで、再び私が彼女に会える機会は、ついに訪れなかった。
あれから三年。
私は、王都の地に再び足を踏み入れる機会を得ていた。
かつて呪われし叔母が命を落とすこととなった、王家所有の別邸。
事件後は、気味が悪いと言って、王族も含めて誰も近寄らなくなっていることはわかっていた。
煌びやかな物が好きな王族たちが度々利用していた一階、二階は肌に合わず、私は最も質素で実務的な造りとなっていた三階で生活することに決めた。
辺境騎士団に無理を通して、王太子の成人式典よりかなり早い時期に王都入りしたが、それにはいくつか理由がある。
その一つが、三年前に出会った彼女を探すことだった。
神殿に勤める若い女性。
異国の鼻歌。
琥珀色のポーション。
手がかりはそれしかなかったし、あのひとときしか彼女と言葉を交わしていない。
それなのにいまだ、私の心には彼女のくれたあたたかな光が灯っている。
普通なら見過ごすはずの、行き倒れか物乞いと思われる怪しい男に、優しく声をかけてくれた。
売り物にならないものとはいえ、気軽にポーションを施してくれた。
それに何より、ポーションにたっぷりと満ちていた、琥珀色のあたたかい純粋な魔力――。
この時の私は、全く考えていなかった。
まさか探していた彼女が、自ら私の元へやってくるだなんて。
そして、当時どころか、三年もの間、全く気付かなかったのだが――彼女が、「琥珀色の聖女」が、私に流れる女神の血に定められた、唯一無二の番だったなんて。
「焦ったら、きっと指の隙間からこぼれ落ちてしまう。――絶対に、焦っては駄目だ」
そう自戒しながら、ティーナの作った琥珀珈琲で、自らの心を満たす幸福な日々が、訪れるなんて――。
お読みくださり、ありがとうございます!
こちらで第三部「フォレ領編」は完結、次回から第四部「婚約編」に入ります。
第四部開始まで、しばらくお時間を頂戴いたします。
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