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【長編版】無能聖女の失敗ポーション〜働き口を探していたはずなのに、何故みんなに甘やかされているのでしょう?〜  作者: 矢口愛留
第三部 フォレ領編

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68. 在りし日を想いて(前編) ★ギルバート視点


 ギルバート視点、回想回です。


 メリュジーヌ伝説をモチーフとしたお話が出てきますが、作者の独自設定も加えており、実際に残されている伝説の解釈とは異なるところがございますので、ご了承ください。


――*――


 メリュジオン王家には、代々、呪いがかけられている。

 一時代に一人、王族の誰かに必ず発現する呪いだ。


 その呪いは、建国王の時代に端を発する。

 建国王の妃メリュジーヌは、神に連なる女性だったと言われている。

 メリュジーヌの母親は女神であったが、父親は人間だった。


 ある日、メリュジーヌはちょっとした思い違いから、母親の最愛――(つがい)である父親に危害を与えてしまった。

 女神である母親の怒りを買ったメリュジーヌは、呪いをその身に受けてしまうこととなる。

 その呪いとは、毎週、大地の曜日の夜になると、自分の身体の半分が、蛇に変わってしまうというものだ。


 しかし、メリュジーヌの母親は、番に向ける激情の中にあっても、わずかに残されていた親としての情からか――彼女に一筋の光明を残した。

 メリュジーヌの呪いは不完全であり、自身に流れる女神の血に定められた番と、愛し愛され、天寿の最期まで添い遂げることができれば、解けるというものだった。


 ただし、そのためには、呪われた姿を番に一生隠し通すか、半人半蛇の姿を見られた上でも、それを受け入れ愛し続けてもらわなくてはならない。


 ある日、メリュジーヌは、一人の人間の男と出会った。

 彼こそが自身の番――後に、建国王となる男である。

 メリュジーヌは、その身に宿す女神の魔力を番のために惜しげもなく使い、原野を切り拓き、魔を駆逐し、人の住める地を整えた。

 全ては、愛する番のためだった。


 だが。

 メリュジーヌの呪いは、ついぞ解けなかった。


 男が国を興し、メリュジーヌを妃に迎え、子をなし、幸せに暮らしていたある日。

 メリュジーヌは、夫に、自身の秘密を知られてしまった。


 その頃、王には、民からの苦情が相次いでいた。

 苦情の原因は、二人の間に生まれた長子だ。

 持って生まれた激しい気性をコントロールできず、問題行動が多いというのである。

 長子は、魔力も力も強く、暴れると手がつけられない。


 王はほとほと困り、疲れ果てていた。

 そんな時に、変化したメリュジーヌの姿を見てしまったのだ。


 その姿に衝撃を受けた王は、混乱も困惑も痛みも悲しみも全て、怒りの感情に変え、妃にぶつけてしまった。

 彼は、長子の問題行動を全てメリュジーヌのせいにしたのである。


 魔物の血が流れているのか。余を騙したのか。

 王はメリュジーヌを激しく揶揄し、憎み、落胆し、憤慨し――そして、深く傷つき悲しんだ。


 メリュジーヌはみるみるうちに翼の生えた蛇の姿に変わり、そのままどこか遠くへ飛び去ってしまったという。


 王は、彼女を失ってから、自分の行いを後悔した。

 だが、今更後悔しても、メリュジーヌは戻らない。

 王は、自身の治める王国に、妃だった女性から取った国名をつけた。

 メリュジーヌの全身が変化した、翼の生えた蛇の姿は、後に神獣とされ、ドラゴンと名付けられ、王家の紋章のモチーフとなった。



 しかし。

 悲劇は、メリュジーヌが王国を去っても終わらなかった。

 建国王の時代が終わり、王家の血を繋いでいくうちに、呪いもまた王家の血筋に継がれていったのだ。


 王家は、呪いのことを必死に隠した。

 半人半蛇の姿は、メリュジーヌを愛していたはずの建国王であってもそう感じたように、人類の敵である魔物を彷彿とさせる。


 もちろん私たちには理性もあるし、肉体が変化しても精神は変わらない。当然、人を襲ったりもしない。

 だが、人類の王が魔物の仲間であるという噂が流れれば、メリュジオン王家は、これまで庇護してきた国民の手によって、あっけなく滅亡するだろう。


 よって、王家はそれ以降、メリュジーヌの呪いをひたすら隠し続けてきた。

 特に、大地の日の夜は絶対に人目に触れないところで過ごさなければならない。


 そして、メリュジーヌの呪いが厄介なのは、呪いが発現した者が命を落とすと、別の王族に呪いが移るところだった。

 呪い子の死後、すぐ後の大地の日に、年齢も性別も問わず、女神の血が最も濃く受け継がれている者に、呪いは引き継がれる。


 ただ、厄介なものでもある一方で。

 呪いとは、女神の魔力――すなわち神力そのものでもある。

 メリュジーヌの呪いを宿した者は、元々持っていた自身の魔力に加え、女神の神力をもその身に宿すのだ。


 呪い子の持つ圧倒的な戦力を最大限に活かし、かつ最も噂話の蔓延りやすい王都から遠ざけるには、魔境と隣接した戦場、フォレの地へ送り込むのが最適だった。

 そのため、呪いが発現した者は、代々フォレ公爵に任じられ、生涯、領地に封じられることとなる。


 ――私も、そうだった。

 

 呪いが自分の身に降りかかったのは、ちょうど十三年前、春の日の夜。私が十歳だった時のことだ。

 当時呪いを宿していた叔母が、(つがい)に拒絶されたことをきっかけに暴走を起こし、若くして亡くなってしまったのだ。


 女神の血が濃い呪い子には番が存在し、番に拒絶されたり、寿命以外の理由で先立たれたりすると、暴走の末に衰弱死してしまう。

 歴代のフォレ公爵が短命だった理由も、瘴気のせいだけではなく、実は番が関係しているものも多い。


 叔母の死の知らせを受けた次の大地の日。

 夕方になって、王族だけが、王宮の広間に集められた。

 騎士も使用人も、要職に就く者たちも、一切の出入りが禁じられ、物々しい雰囲気が漂う中。

 日が沈むと同時に、私の身体に、変化が起こった。


 ――魔力が乱れ、息が苦しい。

 熱がある時のように、身体中に寒気がして、節々が痛む。


 喉をかきむしり、ようやく苦しみが引いたその時――私は、自分の両足の間から、金色の鱗に覆われた、蛇の尾のようなものが生えていることに気がついた。

 背中には、空を飛べるほどの大きさではないものの、びっしりと鱗の生えた翼が。

 腕も、手の甲も、指先で触れる頬までも、金色の鱗に侵食されている。


 鏡に映る私の姿は――、


「――化け物」


 その言葉を発したのが、他の誰かなのか、私自身なのか。それは、今でもわからない。

 だが、ぽつりと零れ落ちたその言葉を除いて、しばらくの間、誰一人として、何の音も言葉も発しなかった。


 顔を覆っている者。

 異形に変じた私を見て恐れおののく者。

 自分ではなくて良かった、とホッとしている者。


 当時の国王であった私の父も、当時王太子だった年の離れた長兄も、恐怖と嫌悪を滲ませた目で、私を見ていた。

 私の母は既にこの世を去っていたため、私の変貌を見られなかったのは幸いだ。

 母もおらず、父も兄たちも私を忌避している――私はもう、この王宮に居場所がないことを悟った。



 こうして私は、十歳にして王宮を出ることとなった。

 王宮からつけられた従者や侍女は、信頼できる最低限の人数だけ。それも、彼らの主任務は、私の補佐ではなく、監視だ。

 王都から遠く危険な戦いの地に封じられ、公爵位を賜り、官僚に手伝ってもらいながら領主の仕事をこなし、鍛錬と魔物の討伐に繰り出す日々。


 泣き言は、許されなかった。


 そうして日々を必死に生き抜く中でも、フォレ領には魔物が沈静化する季節も存在することがわかった。

 穏やかな凪の時期には、私は、王宮にいた頃から興味のあった、空間魔法の研究を進めることができた。


 私が完成させた中でも特に有用な魔法が、遠隔地に一瞬で手紙を届けることのできる、転送魔法だ。

 研究の末、送受信それぞれの場所に魔法陣を設置すれば、もっと確実に、もっと遠くまで、手紙以外の物も転送が可能になることもわかった。


 そして、今から三年前のこと――。



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