39. 領地へ戻るようです
「今後のことなのだが」
晩餐の席で、ギルバート様は自身の考えを説明してくれた。
ちなみに、ジェーンさんは私たちと一緒の席には着かず、そばに控えていた。
椅子が二つしかないのを見て、私が「ジェーンさんのお席は?」と聞いたら、楽しそうに笑って「クリスティーナ様のそのようなところ、わたくしは好きですよ」と言われ、さりげなく断られてしまったのだ。
ギルバート様も、目を細めて「私も好ましく思うよ」と呟き、私は顔が熱くなったのだった。
「もうしばらくしたら、一度領地に戻ろうと思っている」
「そうなのですか?」
「ああ。私が王都に来た理由は主に三つあってな。一つは、甥の成人の式典に参加すること。もう一つは、とある件について調査、および関係者への交渉を図ること。そして最後の一つは、以前も伝えたと思うが、琥珀色の聖女――君を探すことだった」
「こ、琥珀色の聖女」
私は、ギルバート様の視線と言葉に、思わず照れてしまう。
彼は美しく目を細めて、甘い微笑みを向けている。
「探していた琥珀色の聖女はこうして見つかったことだし、調査ももうほとんど済んでいる。関係者への交渉も、結局不要になった。あとは、甥の成人式が終われば、領地に戻っても差し支えない」
「なるほど、そうなのですね。甥御さんの成人の式典はいつ……って、あ」
ギルバート様があまりにも何気なく言うものだからすっかり忘れていたが、そういえば、彼は王弟殿下なのだ。
つまり、ギルバート様の甥というと、彼の兄の息子……すなわち王太子殿下である。
「それって、王太子殿下のご成人式典ってことですよね」
「そうだ。他の王族の慶事ならまだしも、王太子の成人式は、国を挙げての式典になるからな。疎まれている身とはいえ、流石に無視することはできない」
ギルバート様は十三年前、十歳の頃に領地と公爵位を賜り、王宮を出たのだという。
他の王族から疎まれていると彼は言うが、その理由も彼の事情も、触れていい事柄かどうかさえも、私はよく知らない。
彼が王宮を出た表向きの理由は、彼の伯母が急死し、彼女が治めていた領地を急遽誰かに継がせる必要があったからだということだ。
伯母には跡継ぎとなる子がいなかったらしく、直系王族の中でも王位継承権が低かったギルバート様に白羽の矢が立ったらしい。
それ以降、ギルバート様は社交にも出ることなく、領地でほとんどの時間を過ごした。
父親である前国王の葬儀と、現国王の即位式の時以来、王宮へは足を踏み入れていなかったのだそうだ。
彼が優秀で後見人もついていたとはいえ、十歳の子には公爵としての責任は重圧だっただろうし、家族に会えなくなって寂しかったに違いない。
「では、式典の日は王宮へ行かれるのですね」
「ああ。当日は式典が始まる直前に王宮へ行き、パーティーには顔を出さずにそのまま領地へ向かおうと考えている。君も、その際に一緒に私の領地へついて来てくれるか? あるいは、君が王都に留まりたいと考えているのなら、この屋敷をそのまま使っていても構わないが」
「もちろん、領地までお供します!」
「ふ、そうか。安心したよ。実は、断られるのではないかと少し不安だったんだ……ありがとう、クリスティーナ嬢」
ギルバート様は嬉しそうに微笑んだが、すぐにその表情は曇ってしまう。
「ただ……問題は、移動をどうするかだな」
「馬車ではないのですか?」
「それが一番現実的だが、私が治めるフォレ領は辺境に位置する。馬車の旅程で、二週間ほどかかるのだ。そうなると、大地の日を二度挟んでしまう」
ギルバート様は、大地の日の夕方から豊穣の日までの間は、誰にも会いたがらない。長年彼に仕えているジェーンさんも含めて、である。
「二日間の足止めを二度。スムーズにいけば良いが、天候や体調などで旅程が狂えば、移動だけで三週間以上かかってしまう。旅慣れていない君には、厳しいかもしれない」
「遠いのですね……。でも、私のことならお気になさらないでください!」
「そうはいかないよ。君は私にとって大切な人だから」
ギルバート様がこうしてさらっと思わせぶりなことを言うたびに、耐性のない私は赤面してしまう。
そういえば以前ジェーンさんが言っていた。ギルバート様には特定の相手がいないとか、身分を超えて婚姻を結べるとかなんとか。
きっと彼は、色んな女性と関わってきて、口説き慣れているのだろう――そう思って、私は赤面しつつも唇を少し尖らせた。
「もう! そうやって、私をからかわないでくださいっ。ギルバート様は素敵な方なんですから、そういう態度を取ると、女性は勘違いしちゃいますよ」
「い、いや、そんなつもりはなかったのだが」
「分かってます。私はこの通りちゃんと弁えてますから、ご心配なく!」
「あ、いや、そうではなくて……」
私がぷいと背けていた顔を元に戻すと、ギルバート様は形良い目を驚きに見開いて、少し動揺している様子だった。
女性慣れしているのならそのまま軽口を返してくるだろうと思っていたのだが、少し意外な反応だ。
私は「ん?」と小首を傾げたが、深く考える前に、彼は咳払いをして次の話題を切り出した。
「……まあ、とにかく、移動に関しては後で考えるとして。それより、君は先ほど、その力を誰かのために役立てたいと言っていただろう? そのための方法を考えてあるのだが、聞いてくれるか?」
「はい! お願いします!」
私はすぐに頭を切り替えて、元気よく頷いたのだった。




