20. 冒険者になった理由を教えてくれました
アンディと話を終えた後、ジェーンさんは母屋へと戻っていった。大地の日は忙しいらしく、食事が済み次第、私も手伝ってほしいと言われている。
大地の日の夕方以降はジェーンさんも三階への立ち入りを禁じられているため、温めるだけで食べられる食事を用意しておいたり、必要な物がないか確認して用意したり、普段より早めに掃除を済ませておいたり、やることがたくさんあるのだそうだ。
「さて、食べたらまたお仕事に戻らなくちゃ」
「だな。……なあ、ティーナ、母屋ってさ、どんな感じなの?」
「どんな感じ、かあ……普通に立派なお屋敷だよ」
とはいえ、私は、ここと神殿しか大きな建物を知らない。他の貴族邸がどうなっているかはわからないので、比べることはできないのだけれど。
「……やっぱ、不気味な感じだったりすんの? ほら、甲冑が動き出すとか……絵がこっち見てくるとか……」
「ふふ、そんなわけないでしょ。幽霊屋敷に引っ張られすぎ」
「そ、そっか」
アンディはジェーンさんの話を聞いてもまだ、幽霊屋敷の噂が頭から離れずにいるようだ。緑色の目が、少し泳いでいる。
かと思えば、アンディは突然、深くため息をついた。
「……オレ、ダメだな。ほんとはさ、わかってるんだ……オレが冒険者に向いてないってこと」
「え?」
「前にさ、オレが他の街から来てるって言ったの、覚えてるか?」
「あ、うん」
冒険者ギルドで初めてアンディと会ったとき、確かに彼はそんなことを言っていた。安宿をとって、そこを拠点に生活しているという話だ。
「オレ、王都から馬車で二週間ぐらいのとこにある、小さな村の出身なんだよ。辺鄙な場所でさ……一番近い街へ行くのにも、村で一番早い馬を使って、往復に半日かかるんだ。困ったことがあっても、冒険者ギルドに行くには、その街で馬を替えて、さらに移動しなきゃならなくて」
アンディは一度言葉を切り、スープをずずっと啜る。私も、小さくちぎったパンを口に運びながら頷いた。
「幸い、強い魔物はあんまり出ない場所なんだ。出たとしても角兎とか、大青虫とか、そんぐらい。火を点けた松明でちょっと脅せば、逃げていくような奴らだ。でもな、ある日……猛毒蛾の群れが、村の近くに現れたんだよ」
「猛毒蛾……!」
猛毒蛾とは、その名のとおり、巨大な蛾の魔物だ。猛毒の鱗粉を持ち、それに触れると皮膚が焼けただれ、吸い込めば致死性の毒に体内から蝕まれてしまう。
「どうやら、別の魔物との縄張り争いに負けて、元々住んでいた森から、村近くの森へと移動していたらしいんだ。幸運だったのは、奴らはその争いで傷ついていて人を襲う気力がなかったってことと、村から少しだけ離れた場所を通ってったこと。だから、そのときは村人には直接の被害はなかったんだけど、畑と家畜がやられちまって」
「そっか……毒の鱗粉ね」
私が苦々しく言うと、アンディは頷いた。
「家畜はどっちみちダメだったけど、すぐに解毒草の粉末を撒けば、畑は復活するはずだった。村には備えとして解毒草の粉末も置いてあったんだけど、範囲が広すぎて、それじゃ全然足りなくてさ。それでオレは、村の奴らと一緒に、森に生えてる解毒草を採取しに行こうと思ったんだ。でも、無理だった」
「……無理って?」
アンディは眉尻を下げて、ため息をついた。
「解毒草が生えてるのが、猛毒蛾が移動した先の森だったんだよ。オレたちが森で奴らに出会っちまったら、間違いなく全滅だ。討伐はおろか、解毒草を持った奴を逃がすために、時間稼ぎをする程度の力すらない。それで仕方なく、近くの街まで行って解毒草の粉末を買い込んで、戻ってきたときには……畑はもう、大地ごと腐っちまってた」
「そんな……」
力なく項垂れるアンディを見て、私も思わずうつむいてしまう。
「その冬は、危うく餓死寸前だったよ。領主様が食糧を配ってくれたおかげで、なんとか持ちこたえられたけど。そのとき、オレ、思ったんだ。魔物と戦う力を……せめて、みんなが逃げる時間を稼げるぐらいの力をつけたいって。それで、村に何かあったときに、真っ先に助けられる男になりたいって」
アンディの言葉に力がこもる。彼は、テーブルの上に乗せられたこぶしを、ぎゅっと握った。
「そっか……アンディは、それで冒険者になったのね」
「まあ、そういうこと。成人してすぐ村を出て、最初は村に一番近いギルドで依頼を受けてた。王都まで来たのは、まあ、成り行きだったんだけど、王都の方が依頼料がいいから、そのまま滞在してるってわけ。オレ自身のレベルが上がるまでは、村に物資とか仕送りして、還元しようと思ってさ」
「なるほどね。アンディ、偉いんだね」
「そんなことないって。村を出て一年以上経って、本当ならもう猛毒蛾と戦えるぐらいの力がついてないといけないのに……オレ、ビビってばっかで、足がすくんで。戦いの才能、ないんだよ」
「アンディ……」
そう言って落ち込むアンディが、無能すぎて神殿を追い出されてしまった、かつての私と重なる。
私は彼に何か声をかけようと思ったのだけれど、アンディは、ふるふると頭を横に振り、この話は終わりとばかりに立ち上がった。
「さ、午後も一生懸命働きますか! そろそろ次の仕送りも用意しないとだしな」
アンディは、ニカッと笑って、テキパキとランチボックスを片付けていく。私も、ちょうど食べ終わったところなので、一緒に片付けをする。
アンディはテーブルを拭きながら、思い出したように「あ」と声を上げた。
「そういえばさ、実はティーナの初級ポーションも、売らずに仕送りに回そうと思って取っといたんだ。村に送ってもいいかな?」
「うん、もちろんだよ! そうだ、アンディが必要なら、追加で初級ポーション作っておくね。本数の確約はできないけど、友達価格で譲ってあげる」
「マジ? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。ありがとな、ティーナ」
「ふふ、どういたしまして」
友達価格とは言ったけれど、アンディにはずっとお世話になっているから、無料で譲ってもいいと思っている。彼がもし気にするようなら、何か安価な物と交換でもいいかもしれない。
ギルバート様やジェーンさんが必要とすることもあるだろうし、今日の夜はどうせ母屋に立ち入ることができないのだから、久しぶりにポーション精製をしよう。
そう心に決めて、私はジェーンさんの手伝いに、アンディは庭の整備に戻ったのだった。




