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1. 神殿を追い出されてしまいました


「クリスティーナ。大変心苦しいのだが、これ以上君をここに置いておくことはできない。今日中に、荷物をまとめて出て行ってくれ」


 眉間に深い皺を刻んで、悩ましいお顔をしているのは、ここ、王都メリュジオンの神殿で人事を担当している神官様だ。

 申し訳なさそうにこちらを見る神官様の瞳には、背中まである薄ピンクの髪をゆるりと垂らし、垂れ気味の青い目を瞬かせる私の姿が映っていた。

 ついにこの日が来てしまったなあ、と私はぼんやり考えながら、軽く微笑む。


「わかりました。今までお世話になりました」

「餞別も渡せなくて、済まないな。それから……誕生日おめでとう。どうか君に、女神様のご加護が共に在らんことを」

「ありがとうございます。神官様と皆様に、女神様のご加護が共に在らんことを」


 短く祈りを捧げて神官様の執務室を出ると、私はしっかりした足取りで、自分に与えられていた質素な小部屋へと向かう。

 私がこの神殿に拾ってもらってから、十三年。孤児として拾われ、僅かながら聖女の力があることが判明し――けれど聖女としての実績を全く上げられていない私は、十八歳の成人を迎えればここを出て行かなくてはならないことは、以前からわかっていた。


 階段下にある小さな部屋に戻って、聖女のローブから町娘の服装に着替える。淡い桃色の髪をゆるく一つ結びにしたら、ローブを丁寧に折りたたんでベッドの上に置く。

 少ない荷物を手に持つと、扉の前で振り返って空っぽの部屋に一礼し、すぐその場を後にした。


「お部屋さん、今までありがとうございました」


 私自身、誕生日を迎えた今日が期限だろうと感づいていたので、神官様の執務室に呼ばれる前に、すでに荷物をまとめ終えていたのだ。


「……神殿さん、今までありがとうございました」


 神殿の入り口にたどり着くまで、他の聖女様たちに会うことはなかった。誰かに会ったら心がしゅんとしてしまいそうだったから、都合が良い。今は朝の礼拝の最中で、全員、聖堂に集合しているのだ。

 両開きの重たい樫の扉を開くと、扉の外に立っていた神殿騎士が、私の方へ顔を向ける。


「もう行かれるのですか」

「はい。騎士様、今までありがとうございました。騎士様に、女神様のご加護が共に在らんことを」

「聖女様に、女神様のご加護が共に在らんことを。どうか、お元気で」


 名前は知らないが顔見知りの神殿騎士に、小さく頭を下げると、私は神殿を後にした。

 小鳥がさえずり、木々がさわさわと音を立てる。どこからか、パンの焼ける匂いが漂ってくる。空の色は、私の瞳の青よりも少しだけ濃い。

 久しぶりに吸う王都の空気は爽やかで、心地よかった。優しくすがすがしい朝だ。


「さて、とりあえず、冒険者ギルドに行ってみようかな」


 そうして私は、十三年の間暮らした神殿を後にした。振り返ることはしない。荘厳なバラ窓も、立派な鐘楼も、重厚なポータルも、今目にしたら心が鈍りそうだから。


「あ。そういえば、冒険者ギルドって、朝何時から開いてるのかな。誰かに聞いとけばよかった」


 まあ、もし開いていなかったとしても、近くの公園かどこかでゆっくりしていればいいか。私はのほほんとそんなことを考えながら、神殿のある地区から商業地区へと足を進めたのだった。




 商業地区への道をゆっくり歩いていると、段々と街に活気が出始めてゆく。そろそろ、人々が日々の営みを開始する時刻なのだろう。

 私が目的地に到着した頃には、周りの店も続々と開店し始めていた。目的の冒険者ギルドも、ちょうど開いたところのようだ。

 今も、腰に剣を差した軽装鎧の男性と、革のベストを着て弓矢を背負った女性が、入り口をくぐっていく。


 この世界には、魔力を持つ、理性のない生物――魔物が存在する。

 魔物のエネルギー源は魔力であり、魔力を求めて人を襲う。

 人を襲うために街を破壊し、甚大な被害を出すこともある、人の天敵のような存在だ。


 魔物の侵入を防ぐため、王都や各地に点在する都市の多くは城壁に囲まれていて、城壁の内部は常に騎士たちが守っている。

 王宮や城壁を守る魔法騎士、王族を守る近衛騎士、神殿と聖女たちを守る神殿騎士――騎士たちの所属は様々だが、いずれも難しい試験を突破した精強なエリート集団だ。


 一方、城壁外で魔物を間引いたり、別の街に行く馬車を護衛したり、必要な素材や薬草などを採集する役目を担っているのが、主に冒険者と呼ばれる者たちである。

 彼らはギルドという互助組織を作っていて、王都に本部が、各地方の大都市にいくつかの支部が設けられている。

 ギルド間で連絡を取り合える魔道具があり、王国のどこにある支部でも、冒険者ギルド本部と同じサービスを受けられるようになっているらしい。


 冒険者ギルドの仕事は、多岐に渡っている。利用者も、様々な恩恵が受けられる。


 まず初めに、利用者は誰でも、冒険者に依頼を出すことができる。

 採集や護衛、魔物退治の他にも、下水道掃除など便利屋的な依頼、さらには酒場の給仕のアルバイトなんて依頼も出せるのだ。


 次に、冒険者登録をした者が、出されている依頼を受注することができる。

 依頼を達成したら難易度に応じて報酬が支払われるが、危険な依頼はソロでは不可だったり、高ランク冒険者でないと受注できない等の制限がある。

 また、依頼の中には中・長期の雇用契約が可能となっているものもあり、職業斡旋所としての役割も果たしているようだ。


 それから、素材やアイテムの買い取り、販売も行われている。

 魔物退治や薬草採取などの依頼ついでに、買い取ってもらえそうな素材を売ることができるほか、ポーションや解毒薬などの回復アイテムを購入することもできる。



 私の目的は、最後に述べた、アイテムの買い取りサービスだ。自作のポーションをいくらで買い取ってくれるか、確認するためである。


 聖女の仕事の中には、ポーションの作製があった。水を聖属性の魔法で浄化した後に、治癒の魔力を込めていくのだ。

 聖女の力によって作製できるポーションのランクは異なり、普通の聖女なら中級ポーションを安定して作製することが可能だった。中級ポーションは、傷口に振りかければ、比較的新しい切り傷や擦り傷をたちどころに治してしまう効果がある。


 ちなみに、古傷や骨折、切断した手足すらくっつけることのできる、上級ポーションというものも存在する。上級ポーションは、聖女の中でも最も力の強い筆頭聖女がひと月に一本程度しか作ることのできない貴重品で、基本的に王侯貴族の手にしか渡らない。

 本当は魔物退治の前線にいる冒険者たちに渡れば良いと思うのだが、神殿と王宮、貴族たちの権力構造を考えると、仕方のないことなのだとか。


 そして、肝心の私の力だが……五回に一回、初級ポーションの精製に成功したら上出来、という程度だった。私の魔力は、他の聖女に比べてとても微弱なのだ。

 初級ポーションの効果は、浅い切り傷擦り傷の治療や、少し深い傷の止血程度。薬草をそのまま貼り付けるよりはだいぶいいかも、という感じである。

 ただ、ポーションは液体なので瓶に入れて持ち運ぶ必要がある。薬草よりもかさばるので、需要はそんなになかった。


 だから私は、ポーション作製や治癒などで活躍する他の聖女たちが心地よく過ごせるように、率先して神殿内をくまなく掃除したり、洗濯当番を交代してあげたり、食事の用意を一手に引き受けたりしてきた。

 空いた時間にポーションを作る練習をしていたのだが、結局上達することはなく、五本に一本の初級ポーションと、五本に四本のポーションにもなれない何かを生産し続けていたのである。


 ポーションにもなれない何かは、虫刺されや植物の液によるかぶれに塗ればかゆみをしずめてくれたり、筋肉疲労を軽減して炎症をおさめてくれる程度。肩こりや腰痛も、塗っている間だけ一時的に改善してくれる。

 さすがにこちらは冒険者ギルドで販売できるような類いではないと思うが、初級ポーションだけでも売れれば御の字である。


「よし、行こっかな」


 なんとなく入りづらい門構えだから躊躇してしまっていたが、私が気持ちを整えている間に、どんどん冒険者らしき人たちが建物の中に吸い込まれていく。私は意を決して、ギルドの扉をくぐった。


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